「私はチヒロ。パイオニア号は私の管理下となりました。今後は私の指示に従いなさい」 「なっ、何だ?」「誰かのいたずらか?」 「あなた達は状況を理解していません。調査隊パイロットのアメリアの報告を聞きなさい」 アメリアが悲痛な面持ちで事態を説明した。 「私はチヒロ。救助隊の10名を選びなさい。船内の物を転用して身を守りなさい」 救出隊は調理場のボウルを頭に乗せタオルで固定する。食堂のトレーを身体の前後に張り付けた。救助隊の半数は女性だ、緊張で泣き出しそうな顔をしている。男たちの顔も蒼白だ。母船に戻ったアメリアが救出に志願した。ソフィアの防弾チョッキを着ている。
着陸船は広場の上空を通過した。 「私はチヒロ。村人はライフルを捨てたままです。船が損傷される危険はありません。着陸します」 Uターンした着陸船が広場に着陸すると、村人が集まって来た。弓を持っている者はいない。救出隊は警戒しながら外へ出る。突然、アメリアが駆け出した。 「アルフレッド!」村人に混じって彼がいる。近づけばジョージとハロルドもいた。3人は首枷をしていない。アメリアは3人と抱き合った。互いの無事を喜び、その理由をアルフレッドが語った。 「スティーブだよ、彼はここで暮らすと決めていた。他の村人も同じだ。狂信者は全員が着陸船に乗ったんだ。だから僕らはすぐに開放された、そして」 アルフレッドは広場の隅にある2つの十字架を指さした。 「ここの葬式から2人を守ったんだ」 アメリアはソフィアの十字架に歩み寄ると泣いた。そして泣きながら隣の墓に言った。「オリバー、あなたの進化論を笑ってごめんなさいね」 アルフレッドたちは救出隊に駆け寄った。そして腹を抱えて笑い出した。 「わはは、それがヘルメットかい。コメディアンでもそんな恰好はしないぜ。それは何だ?トレーだって!広告を忘れたサンドウィッチマンだな、わはは」
着陸船の中にクルーが集まった。母船の集会が同時中継される。 「私はチヒロ。私は決定しました。あなた達はこの星に移住しなさい」 「お前は何者だ、どこから来た?」艦長が叫んだ。 「そいつは約束の地へ導く神じゃ。ゴチョウが十字架から持ち出したんじゃ」スティーブが着陸船の外から叫んだ。 「お前はアメリカを導くがいい。我々は自分の事は自分で決める」 「私はチヒロ。あなた達にとって、約束の地はこの星です」 「ここは気候が良くない。我々は隣の惑星に行く」 モニタに映像が現れた。隣の惑星だ。フレデリックが倒れ、オスカーも倒れる。そして原住民の顔がアップになる。「キャー」女性クルーの間に小さな悲鳴が起こった。艦長は唇を噛んだ。 「私はチヒロ。彼等は狂暴なサルです。そして知能は人間と同じです。彼等は戦いを記録し後世に伝えます。あなた達が残した武器の構造を理解し、いずれ模倣品を作るでしょう。移住するのは危険です。サルのいないこの星を選ぶのが良いでしょう」
多くのクルーがチヒロに賛成する。艦長は反対すれば、サルの姿を公表しなかった件を追及されると思った。 「分かった、私も賛成だ。この星に移住と決めよう」 「私はチヒロ。アメリカ隊は野草化した米を食べていました。食料は乏しく、死は身近でした。働けない者は死ぬしかなく、遺体は飼料にされました。 しかし、あなた達は食べ物には困りません。水田を整備しなさい。腹いっぱい食べても余るほどの米が取れます。ここの冬は乾燥しています、裏作で小麦を作りなさい。子孫が増えたなら水田を広げなさい。この星には未来があります」 クルーのあいだに大きな拍手が沸き起こった。
深夜、着陸船に人影が乗り込むと、通信機をオンにした。 「アルフレッドだ。艦長に報告していないが、ここで核爆発の痕跡が見つかった。この星にサルはいたのか?」 チヒロは複雑な事情を省いて、簡単に答えた。 「私はチヒロ。この星にはサルが住んでいました。日本人が移住した後で、サル同士の戦いが起こりました。日本人は隣の惑星に逃げました。その後、アメリカ隊が来てサルの2つの町に核爆弾を落としたのです」 「本当に核を使ったのか。何故だ?」 「サルが狂暴だったからでしょう。しかし、核爆弾を使った人間も狂暴です」 「どちらも狂暴だな」 アルフレッドは口に出した言葉が、オリバーと同じだと気づいた。 「チヒロ、調べてくれ。母船のファイルにオリバーが書いた進化論はあるか?」 「見つけました。着陸船のメモリーステックに送ります」 「それは、チヒロが入っていたメモリーだ」 「私はまだそこに残っています。不要なら削除してください」
アルフレッドは進化論をタブレットにコピーした。そしてメモリーステックに紐を通すと、オリバーの十字架に掛けた。 「オリバー、これが君の生きた証だ。君の進化論とチヒロは、君と共にここで眠るんだ。安らかに眠ってくれ」 そして着陸船に戻るとタブレットの進化論を開いた。
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