「エミリー、あんたが死んでから悪い事ばかりよ。やっと地球に帰れたと思ったら・・・」 イザベルが涙を拭いていると艦内放送があった。 「各員に告ぐ、5分後に勤務を中断して待機せよ。艦長の訓示がある」 艦長の話を一人で聞くのが怖い、イザベルは部屋を出た。食堂にはすでに10人ほどが集まっている。その中にハロルドを見つけた。 「ねぇ、教えて。地球は何故凍ったの?」 ハロルドは思った、艦長はどこまで話すのだろう?それを聞くまでは迂闊なことは喋れない。 「幾つかの要因が重なったのかもしれない。太陽活動が弱くなったとか、星間物質のせいかもしれない」 「どういうこと?」 「宇宙の塵は一様ではなくてムラがある。太陽系が塵の濃い部分に突入すると、太陽の光は塵で分散されて地球に届く量が減る」 「それだけで地球が凍るの?」 イザベルの言葉を遮るように艦内スピーカーが鳴り出した。
「諸君、艦長のウィルソンだ。我々は長い探索の旅を終えて地球に戻った。そして諸君と同様に私も驚いた。地球は凍っているではないか。いったい何が起こったのだろう?地球には生存者がいるが、我々の問いに答える余裕はないようだ。彼等は数十ケ所に分散して暮らしている。それは石油や石炭の産地だ。諸君も知ってのとおり、我々が出発する以前に化石燃料は使用禁止になった。地下には大量の燃料が眠ったままだ。生存者は豊富な燃料で発電し、暖房も照明にも不自由していないはずだ。彼等は地下に農場を作り、巨大なタンクで培養肉も作っているだろう。やがて二酸化炭素は増加して氷を解かすだろう。
専門家によれば地球は過去に3回も全球凍結したそうだ。しかし、地球の生命はそれを乗り越えた。だから我々が存在する。今回も生存者は乗り越えるはずだ。私は母国に着陸して生存者の様子を見たい。しかし、我々には彼等を援助する余裕はない。彼等に我々への援助も期待できない。我々は第2の地球を目指す他ないのだ。 諸君に良い知らせがある。その星を見つけた。ここから201光年だ。大気の組成や気温は地球と大差ない。海があり、生命が存在する可能性は高い。公転と自転の周期も地球に近い。期待できる惑星だ。チャレンジ精神に富み勇気ある諸君を私は誇りに思う。6時間後にワープする」
食堂にまばらな拍手が響いた。イザベルが質問を続ける。 「全球凍結って百年くらいで終わるの?」 「今回の全球凍結は原因も分からないし、どのくらい続くかも分からない」 「ハロルド、あんた専門家でしょ。何で分からないのよ」 二人の会話にジョージが割り込んできた。 「研究するほど謎が増えて、迷路をさまよい歩く。それを専門家と呼ぶのさ」 「それじゃ、あんたに循環システムを任せられないわね?」 「スピルリナは奥深い生き物でね、僕の手を離れて自由に繁栄している。クロレラは増えすぎてミートワームも大喜びだ」 イザベルは顔をしかめ、ジョージをにらむと離れていった。ハロルドが肩をすくめて言った。 「彼女が虫嫌いなのは知ってるだろ?」 「そうかい、でもハンバーグを美味そうに食ってるぜ。ところで僕の部屋に来ないか?ここにいると、また面倒な質問がくるぞ」
循環システム室に入ると微かに排泄物の臭いがした。そのせいかハロルドの他には誰もここには来ない。二人だけで話すには都合の良い場所だ。 「艦長の言い方では全球凍結を乗り越えたのは、マンモスを追っていた原始人みたいだ。本当は何だ?」 「バクテリアだ」 「バクテリアが人類の祖先か!?」 「だいぶ遠いけど間違ってはいない。前回の全球凍結は7億年前だ」 「少ない生存者の出す二酸化炭素で凍結は終わるのか?」 「全然足りないさ、艦長も余計な事を言ったな」 「前は何年で終わったんだ?」 「1億年だ」 「えっ・・・1億年!」 「今回はそこまで長くはないだろうが、分からない。僕たちが地球に戻ったのは1686年ぶりだ。そんな短期間で全球凍結したのが不可解だ」 「核戦争か?」 「その冬は半年で終わるはずだ・・・が、さらに悪条件が重なったのかもしれない。大きな隕石の衝突とか・・・」 「二酸化炭素固定菌かもしれない。タンクから流出した菌が川や池で生き残り、突然変異して海で繁殖すれば回収は不可能だ。菌が爆発的に増えれば二酸化炭素濃度は短期間で低くなる」 「その可能性もあるな」 「だが、どれも推測でしかない」 「そうだな、僕たちは迷路をさまようしかない」 ハロルドがそう言って笑うと、ジョージが真面目な顔で培養タンクを指さした。
「艦長は嘘を言わないが、都合の悪い事は発表しない」 「何か起こったのか?」 「11人の仲間が減ってバランスが崩れた。二酸化炭素と肥料が減って、藻の活性が落ちた。もうすぐ酸素が減り始める。だが艦長は循環システムを修復する気はない」 「いつまでもつ?」 「せいぜい10日間だな。あとは酸素タンクの残量しだいだ」 「期待できる惑星に行くには十分だ」 「あの星はダミーだ。星に着いて駄目だと知る。食料も燃料も残り少ないのは皆が知っている。さらに酸素まで少なくなると選択の余地はない。例の惑星までたったワープ1回だ」 「仲間が死んだ星は気が進まないな」 「奴等とは別の大陸に行く。もう着陸地点も決まっているはずだ」 「本当か?」 「さまよい歩けばそこにたどり着くさ」
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