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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第98回                第5話 二つの血
ワインを一口飲むと大前が笑い出した。
「はっはっは、お前達は運が良い」
サシミを食いながら、星を見る男が黙って肯いた。
「牛泥棒は吊るし首だ。だが、あの牛は美味かった。それで俺が鞭打ちに減刑したのだ」
「お前には二度助けられた」
「どうやったら牛の肉が美味くなるのだ?」
「死ぬ前に血をたくさん出す」
「どうだ、俺の牛係りにならんか?」
返事のしようがない二人は顔を見合わせた。大前が真剣な顔に戻ると言った。
「お前達のことは偉大なる知恵の書に書いてある」
「それは何だ?」
「初代の大前様が書いたものだ。お前達は戻って来るだろう、と書いてある」
「お前は文字が読めるのか、すごいな」
「お前と呼ばずに、大前様と呼べ」
そう言いながらも、大前は笑っている。

「俺達は大前と呼んでいた」
「それは初代の大前様のことだな」
「ここで一緒に戦った大前だ」
「その初代の大前様のことを話せ」
蛇を踏んだ女が、大前が命懸けで崖を登った様子を言う。星を見る男が、大前と共に夜襲をした話をする。そして着ていたベストをつまんだ。
「この服は大前に貰った」
「初代の大前様が着ていたのか」
大前が目を輝かせた。
「お前は大前の子孫だ。お前が欲しければ服を返そう」
「その服を俺にくれ」
星を見る男がベストを渡すと、大前は嬉しそうに着込んだ。

「大前は勇気があって頭が良かった。その血がお前にも流れている」
「そうだとも」
「だが、お前にはもう一つの血も流れている」
「治と花音の血か?」
星を見る男が黙って肯いた。
「古い忘れられた血だ。その名を語る者は、大前様に対する反逆者として吊るし首だ。もう、その名を口に出すな」
星を見る男が何か言いかけたが、黙り込み頭を両手で抱えた。大前は静かに待っている。

星を見る男が口を開いた。
「オオカミは何故滅んだ?」
「毒で死んだと聞いた」
「奴等は鼻がきく。毒に気付くはずだ」
「臭いも味もない毒だったらしい」
「らしい?」
「捨てられた技だ。今では誰も知らない」

星を見る男は話を変えた。
「死んだらあの世で治や花音に会えるのか?」
「その前に俺が聞きたい。初代の大前様はあの世があると言ったか?」
「大前はそういう事は何も話さなかった」
「やはりそうか・・・あの世は無い」
「何故だ?」
「大前様の秘密を他に洩らしてはならぬ、その後にあの世が書いてある」
「どういうことだ?」
「二代目の大前様があの世を考えた。あの世は無い、嘘だ」
「町の者にでたらめを教えたのか?」
「大前様になるには偉大なる知恵の書が読めるだけでは駄目だった、ということだ」
「お前の話は判らない」
「この世で力を得るには、あの世があると便利ということだ」
「死んだらどこへ行く?」
「どこへも行かぬ。死ねば終わりだ」
「終わりとはどういうことだ?」
「消えて無くなる」
「・・・」
「お前は勇気ある狩人であり、死を恐れぬ戦士だった。あの世が無いと知って死ぬのが怖くなったか?」
「判らない。お前はどうなんだ?」
「今は狩人も戦士もいない。誰もが死を恐れている」
「俺達が死を恐れなかったのは、死ねば星になると信じていたからだ」
「信仰を棄てたのか」
「正しくないと気付いたのだ」
「同じことだ」

「もう一つ聞きたい。長老様はどこにいる?」
「それも口に出してはいけない古い名だ。三代目の大前様が長老になられた。その後には長老はいない」
「南に行けば、健太の一族の長老様がいる。俺達はそこへ行く」
「南にも長老はいない」
「それは本当か?」
「南ランドも大前様の国だ」
「どういうことだ?」
「俺の爺様、一五代大前様が南を攻め落とした」
「兄弟を攻めた・・・何故だ?」
「奴等は古い教えを信じ、大前様を敬わないからだ」
「・・・嘘だ」
「信じられないなら、自分の目で確かめて来い」

星を見る男が無言で立ち上がった。
「気の早い奴だ。一つ忠告してやろう」
「何だ?」
「四百年を経てお前達は同じ町に戻って来た、そう思っているだろう」
「そうだ。変わりはしたが同じ場所だ」
「お前達が戻ったのは違う世界だ。同じだと思っていると吊るされるぞ。気をつけて行け。この服は俺には大きい、お前に返そう。旅をするには便利だろう」

 女中の案内で庭の東屋へ行く。やがて中年の女中頭が現れた。
「お待たせしました。これは大前様よりお二人に下された物です」
 女中頭がテーブルに品物を並べだした。
「マッチ、肉のサシミ、薬草でございます。薬草は包みに効く所の絵が描いてあります」
 星を見る男が薬草の包みを見た。頭の絵がある。腹の絵、指先から血の出た絵、それ等をポケットに入れていく。一つの包みを見て笑うとテーブルに戻した。
「これは要らない」
 その包みには、上を向いた男の一物が描かれていた。
「まぁ、なんてお下品な!」
 女中頭はそう言って星を見る男を睨んだ。その剣幕に星を見る男が背を向けると、女中頭は薬草を素早く自分の懐に入れた。星を見る男が後ろを向いたままで言った。
「大前に礼を言っておいてくれ」
「なんと!大前様を呼び捨てにするとは、吊るされたいのか。出口は向こうじゃ、さっさと行け」
 女中頭は怒って行ってしまった。

「さっき、大前様に言われたでしょ。気を付けろと」
 蛇を踏んだ女が文句を言った。
「口が勝手に大前と言ってしまう」
「口に覚えさせなさい」
 星を見る男が「大前様、大前様」。と呟きながら出口に向かうと、国王が立っていた。片手に持った弓矢と槍を掲げて言った。
「これはお前達の物だな」
「そうだ」
「これを返してやろう」
 二人が近寄って手を伸ばすと、国王が弓矢と槍を持った手をひょいと引っ込め、小さな声で言った。
「返して欲しければ、秘密の言葉を言え。サシで始まる五つの言葉だ」
「秘密の言葉とは何だ?」
「大前様が言っただろう、サシ何とかと」
 星を見る男が考えている。やがて指を折りながら言った。
「サシキダヨ」
「サシキダヨ、それは本当か?」
「大前様が俺に言った。鬼の秘密は挿し木だよ」
「オレの秘密はサシキダヨ。良し、これを返してやる。それと肉もやろう。味付きの焼肉だ。美味いぞ、持って行け」

 門を出ると星を見る男は弓をブンと鳴らした。
「この弓が戻ってきて良かった。やはりこっちの弓が良い」
 蛇を踏んだ女も槍を握ると笑って肯いた。
「兄さん、姉さん」。カワシモが家の陰から二人を呼んでいる。
「よく無事で帰って来たね」
「ウサイも無事に戻ったか?」
「ウサイは裏口で兄さんと姉さんを待っている。アタイは表で待ったのさ」
「どうして表から出ると判った?」
「吊るされる者は表から出るんだよ。それが二人だけで出て来たから、びっくりだよ」
「俺達はこれから南に行く」
「南って、南ランドかい?」
「そうだ。ウサイや皆に元気でな、と伝えてくれ。これを皆で食え。牛のサシミだ」
「そうかい、もう二度と会えないね。アタイ達は兄さんと姉さんが好きだったの」
「治と花音の名を口にすると吊るし首だ。長老も口にしては駄目だ。皆に伝えておけ」
「判ってるよ。兄さん、姉さん、さよなら」
 二人が歩き出すと、カワシモがサシミの包みを持ち上げて叫んだ。
「兄さん、ありがとう。姉さん、元気な赤ん坊を産みなよ」
 並んで歩いていた二人は振り返って手を振ると、少し離れて歩き出した。


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