翌日、大岩の下から少年の叫び声が聞こえた。 「大変だ、ウサイが役人に捕まった」 星を見る男が大岩の上へと走る。 「何をしたんだ?」 「治と花音の名を言ったら役人に捕まった」 星を見る男が大岩を降りようとするのを、集まって来た子供達が止めた。 「また鞭打ちをくらうぞ」 「傷口がすぐ開いちゃうよ」 「治と花音の名で鞭打ちにはならない。何かの間違いだ。俺が行ってウサイを引き取ってくる」
一人の子供が叫んだ。 「行くなら兄さん一人で行きな」 他の子供達も次々に言い出した。 「そうだよ、一人で行きな」 「姉さんは行っちゃ駄目だ」 蛇を踏んだ女は行くつもりは無かった。それを口に出す前に、カワシモが言った。 「ウサイは捕まったんだよ。それはヤバイ名前なんだ。兄さんが鞭打ち覚悟で行くにしても、愛する妻も鞭で打たれて良いのかい?」 星を見る男が蛇を踏んだ女に言った。 「お前はここに残れ」 「愛する妻だと認めたぞ」 「やっぱり結婚してたんだ」 子供達が一斉に叫びと、星を見る男が顔を隠すように大岩を降りた。大岩の下にいた少年がその顔を見ると、うつむいて笑いをこらえた。
蛇を踏んだ女が叫んだ。 「私はお前の妻ではない。お前に命令される覚えはないわ」 そして素早く大岩を降りると言った。 「弓矢はここに置いて行きなさい。また取り上げられる」 星を見る男は黙って弓矢を少年に渡すと足早に歩き始めた。蛇を踏んだ女が離れて後を追う。子供達が二人の後姿を見て言った。 「やっぱりカカア天下だ」
一人の役人が部屋に入ると、国王に礼をして言った。 「あの十二人は海の向こうへ行くとのことですが、空飛ぶ大岩は、まだ牧場に留まっております。声を掛けましたが返事はありません」 「彼等のことは放っておけ」 「実は梯子を掛けて登ってみたのですが、窓が高く中は見えなかったのです」 「そっ、そうか。それは残念であった」 「もっと長い梯子を作れば見えます。梯子を作る許可を頂きたいのですが」 「長い梯子を作っても他には何の役にも立たぬ、無駄になるだけだ。奴等は放っておけ」 「判りました。大前様には何と報告しましょう?」 「大前様はあの者達が去って心を痛めておられる。幸いと言うか、屋敷からは牧場は見えない。報告すれば大前様の痛みを増すだけであろう。様子を見て私から話そう」 「判りました」 役人が礼をして部屋を出た。
続いて別の役人が国王の部屋に入った。 「治と花音の名を語る者を捕らえました」 「南から来た者か?」 「いいえ。この土地の子供です。その名を誰に聞いたのか口を割りません」 「ここへ連れて来い」 両手を縛られたウサイが引きずられるように入って来た。 「ぼうず、その名を誰から聞いた?」 「だから言ってるだろう、町の大人が話してるのを聞いたんだ」 「この町にその名を知っている者などおらぬわ。南から来た者に聞いたのだな?」 「判らないよう、知らない人が話してたんだ」 「どんな風に、何を話していた?」 「知らないよう。二つの名前だけ聞こえたんだ」 「素直に白状しないなら、お前の身体に聞くとするか。服を脱がせろ」 「嫌だよう、鞭打ちは勘弁してくれよう」
そこへ後手に縛られた、星を見る男と蛇を踏んだ女が現れた。それを見てウサイが叫んだ。 「こいつらは知らない。見たこともないぞ」 「もう良いんだ、ウサイ。この子に治と花音の名を教えたのは俺達だ。この子は放してやれ」 「罪人が生意気な口を利きおって」 「おい、こいつ等は牛泥棒の二人だ」 「何っ、そうなのか?」 「この顔は一度見たら忘れない」 「馬鹿者が、二回目のお縄は吊るし首だ」
国王の言葉に、蛇を踏んだ女は愕然とした。私は死ぬのか。嫌だ、死にたくない。何故、来てしまったのだ。本当は来たくなかった。避難所に居るはずだった。あそこに残っていれば・・・。 突然、蛇を踏んだ女の脳裏に一つの光景が映った。自分は避難所に居る。子供が叫んだ。「兄さんが吊るされた」。それを聞いて、行かなくて良かったと安堵する姿。 いや、違う。星を見る男を失い、一人で不安に怯えている・・・。蛇を踏んだ女は星を見る男を見た。この男は私にとって、かけがえのない者だと知る。 星を見る男は蛇を踏んだ女を見た。蛇を踏んだ女が真っ直ぐに、星を見る男の目を見返した。その目が何か訴えている。それは不安や恐怖と同時に、何か熱いものも感じられた。同じ思いで星を見る男も見つめ返す。
「大前様のおなりー」 二人は棒で額が床につくまで押さえられた。 「面を上げろ」 棒が外され、二人が顔を上げる。大前が二人の顔を見て驚いた。 「名を言え」 「星を見る男だ」 「蛇を踏んだ女です」 大前が大きく肯くと言った。 「この二人の縄を解け」
大前が立ち上がって言った。 「私の部屋へ行く。二人は付いて来い」 国王が慌てて言った。 「大丈夫でしょうか?大前様に危害を・・」 「心配ない」 「私も一緒に・・」 「その必要はない。お前にはあずかり知れぬことだ」 そう言うと大前が歩き出した。星を見る男と蛇を踏んだ女が縄目のあとをこすりながら同時に言った。 「この子を放してやってくれ」 「この子を放してやってください」 大前が振り返って言った。 「その子を放してやれ」 大前が足早に歩きながらパン、パンと大きく手を叩いた。 「飲み物を用意しろ、肉のサシミも出せ」
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