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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第96回                第3話 山の子供たち
星を見る男と蛇を踏んだ女の弓と槍は取り上げられた。役所から追い出され、よろよろと歩く姿に町人が避けて通る。二人は山に向かった。星を見る男は上着を脱いだ。背中には何本ものミミズ腫れの線がある。線が交差する箇所は皮が破れ、血が流れている。
「お前も服を脱げ、楽になる」
蛇を踏んだ女が脱いだ服を抱えて胸を隠した。二人は痛みに耐えながら、ゆっくりと歩く。二人が近づくと、大岩の上に弓を持った男が現れた。

「止まれ!何の用で来た?」
その声が甲高い。見れば十二、三歳の少年だ。
「薬草を探しに来た」
「鞭打ちか、何をしでかした?」
「牛を倒しただけだ」
「大前の牛を殺したのか。よく鞭打ちで済んだな、これもんだぞ」
少年が自分の首に手を当てて言った。
「心臓しか食わなかったからだろう」
もう一人同じ年恰好の少女が顔を出すと言った。
「そういう問題じゃないよ。身体はでかいけど、おつむはアタイたち以下だね。どうする、入れてやるか?」
「薬草はどこにある?」
「洞窟の先だ」
「ふーん、前にもここに来たのか?」
「そうだ。この辺りは良く知っている」
「ガキの頃ここに居たのか。仲間に入れてやろう」

少年がロープを下ろした。
「みんなで引っ張り上げてやる。おーい、みんな集まれ!」
大岩の上から子供達の掛け声が聞こえると、少しずつロープが上がる。上りきると二十人ほどの子供がいた。
「ここにいるのは子供だけか?」
「親のいない子が集まって暮らしているのさ。もう一人、上げるぞ。みんな、引っ張れ」
蛇を踏んだ女が上ると服がずり落ちた。二歳くらいの子が駆け寄ると、あらわになった胸に手を伸ばして言った。
「お乳、出る?」
胸を隠しながら蛇を踏んだ女が答えた。
「ごめんね、出ないの」
「ちえっ!」

「俺はウサイだ。おっとうは米を盗んで吊るし首になった。おっかあは病気で死んだ」
「アタイの親は年貢が払えなくて鞭打ちで死んだ」
「鞭打ちでは死なないはずだ」
「当り所が悪かったんだ」
「どこに当って死んだ?」
「知らないよ。だって死体も返してもらってないもの」
「あんた等はカワシモの親と違って運が良かったんだ。薬草があるって本当か?」
「前はあった。カワシモとは何だ?」
「アタイの名だよ。おっかさんが川下の田んぼにいる時に産気づいた。それでカワシモさ」
「俺は夏に産まれた。カエルの鳴き声がうっさい夜だった。それでウサイだ」
「お前達の名は長老様が決めたのではないのか?」
「それは何だ?名前は親が適当に決めるのさ。それより薬草を探そう」

二人が歩き出すと子供達が付いてくる。洞窟まで来て、星を見る男が「あっ」。と声を上げた。奥の崖が崩れて急斜面になっている。その斜面にはすでに太い木が何本も生えている。薬草のあった場所は百年以上前に埋もれてしまった。
「どうした、何を驚いている?」
「崖が崩れている・・・」
「あの薬草は日陰に生えるのよ」
蛇を踏んだ女が斜面を上りだした。ウサイが胡散臭げに二人を見つめる。小さい子供達が斜面を駆け上がると、次々に葉を取ってきては蛇を踏んだ女に見せた。一人の子が持ってきた葉を見て蛇を踏んだ女が叫んだ。
「これよ!これが薬草よ」
「あっちに、いっぱい生えてるよ」
子供達が競って薬草を取ってきた。星を見る男がそれを石で叩き潰す。さらに手で揉むと蛇を踏んだ女の傷に貼る。黙って見ていたウサイが薬草を潰すと星を見る男の背中に貼った。

ウサイが弓を持ってくると星を見る男に見せた。
「傷が治ったら、これで鹿を取れないか?」
「ここに鹿がいるのか?」
「前の大前が南から連れてきた。牧場で飼っていたが柵を飛び越えて山に逃げた。今ではけっこう増えてる。だけど素早しこくって矢が当たらない」
「この弓では無理だ。傷が治ったら弓を作ろう」
「やったぞ、鹿が食える」
「今は何を食べているの?」
蛇を踏んだ女の質問に子供達が一斉に答える。
「夜になったら牧場に行って牛の乳を飲むの。そっと行ってお腹をなぜると飲ましてくれるの」
「だけど、牛に蹴られて死んだ子もいる」
「町に行って食い物をかっぱらってくるんだ」
「ゴミ捨て場を漁れば、食える物がけっこうあるんだぜ」
星を見る男が聞く。
「山の物は食わないのか?若葉が食える草や、根っこが食える草もある。枯れ木の中にいる虫は美味いぞ」
「兄さん良く知っているな」
「アタイ達が面倒見るからさ、傷が治ったら食い物を頼むよ」

子供達が日に三回、薬草を貼りかえる。二人はうつ伏せのまま、子供達から町のことを聞く。町で一番偉いのは大前だ。秘密の技を持っているからだ。その技を盗もうとする者は吊るし首だ。
牛も田んぼも畑も、全て大前のものだ。町の人は田んぼや畑を大前から借りて耕す。そして年貢を払う。冬になってもオオカミの群れは来ない。オオカミは大昔に死に絶えた。

三日経つと傷口が固まった。蛇を踏んだ女は子供達を連れて山に入り、食べられる物と薬草を教える。星を見る男は急斜面を登り尾根に出た。そこを伝って昔の家に行く。僅かに残っていた黒い石を持って戻る途中で鹿の足跡に気付いた。それを辿ると避難所の斜面に出た。
星を見る男は弓矢と槍を作りながら、ウサイに鹿のことを聞いた。
「いつも、あっちから来るんだ。三十匹くらいで斜面の草を食う」
「今度、来るのは?」
「明日あたり来ると思うよ」

翌日、星を見る男と蛇を踏んだ女は藪に隠れて鹿を待った。ウサイの言った通り斜面に鹿が姿を現した。星を見る男が先頭の鹿に弓を放った。矢を受けた鹿が斜面を転げ落ちた。すぐに蛇を踏んだ女が二番目の鹿に槍を投げる。腹に槍を受けた鹿が倒れる。
後ろの鹿が慌てて逃げ出す。そこへ二の矢が飛んだ。後ろ足に矢を受けた鹿が斜面を上ろうともがいている。星を見る男が藪から飛び出すと止めを刺した。斜面の下では鹿が立ち上がろうともがいている。ウサイが走りよって矢を射った。

三匹の鹿を前に、子供達は大はしゃぎだ。中でもウサイは興奮が収まらない。
「この鹿は俺が倒したんだ」
「あんたはひっくり返った鹿に矢を射っただけだろう。それを倒したのは兄さんだよ」
カワシモの言葉にウサイが下を向いた。星を見る男がウサイに言った。
「いや、違う。止めを刺したのはウサイだ。これはウサイが仕留めた鹿だ」
「そうだよ、俺が仕留めたんだ」
ウサイの叫びに、カワシモが笑って肯いた。蛇を踏んだ女が、鹿の皮を剥ぎ解体を始めた。星を見る男が黒い石のナイフをウサイに渡した
蛇を踏んだ女が肉を小分けした。子供達は肉にかぶりつく。一人、ウサイだけがナイフを手に鹿と格闘している。カワシモがそっと近寄ると、ウサイの口に肉を突っ込んだ。

夜になって鹿肉を燻す。星を見る男が、焚き火の明かりに矢の先を示して言った。
「黒い石を島から持って来たのは治だ。治のおかげで鹿が取れた」
「治?それは誰だい」
「知らないのか?」
「そんな名前は聞いたことがないよ」
「花音の名は?」
「それも知らないな」
星を見る男と蛇を踏んだ女が顔を合わせてため息をついた。二人の様子にウサイが慰めるように言った。
「明日、町に行ったら大人に聞いてきてやるよ」

夜が更け子供達が寝静まると、星を見る男は外に出た。それに気付いた蛇を踏んだ女が後を追う。
「どうしたの?」
星を見る男が夜空を見上げて言った。
「蛇を踏んだ女よ、俺達は死んだら星になる。そうだったな?」
「そうよ」
「それは違う」
「どうして?」
「向が言っていた、日本では六千万人が二十万人に減った。大勢死んだが星の数は増えていない」
「それは地球のことでしょう」
「ここの空と地球の空は繋がっている。見える星も同じだ。位置が違うだけだ」
「ここでも四百年の間に大勢生まれて、大勢死んだわ」
「だから死んでも星にはならない」
「じゃあ何になるの?」
「・・・判らない」
「フフフ、あんた達、本当に何も知らないんだね」

カワシモは笑いながら洞窟から出ると言葉を続けた。
「死んだらあの世に行くんだよ」
「あの世とは何だ?」
「死人に口無しって知ってるかい、死んだら食い物の心配はいらないんだよ。だからあの世は気楽な所さ。おっとうとおっかあもそこに居る。アタイも死んだら二人に会えるのさ。だからって早く死にたいとは思わないけどね」
「親は死んだら星になって子供を見守ると聞いていたわ。でも、あの世で親子が会えるのね」
「そうだよ」
「治や花音にも会えるのか?」
「それは誰だい?」
「何百年も前に死んだ人だ」
「アタイは大人が話してるのを聞いただけだよ。知りたかったら大人に聞きな。あんた等、夜中に二人きりでどんな話をするのかと思ったら、がっかりだよ。アタイはもう寝るよ」
「私も寝るわ、おやすみなさい」
カワシモと共に蛇を踏んだ女も立ち上がった。星を見る男は黙ったまま夜空を見つめていた。


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