星を見る男と蛇を踏んだ女の弓と槍は取り上げられた。役所から追い出され、よろよろと歩く姿に町人が避けて通る。二人は山に向かった。星を見る男は上着を脱いだ。背中には何本ものミミズ腫れの線がある。線が交差する箇所は皮が破れ、血が流れている。 「お前も服を脱げ、楽になる」 蛇を踏んだ女が脱いだ服を抱えて胸を隠した。二人は痛みに耐えながら、ゆっくりと歩く。二人が近づくと、大岩の上に弓を持った男が現れた。
「止まれ!何の用で来た?」 その声が甲高い。見れば十二、三歳の少年だ。 「薬草を探しに来た」 「鞭打ちか、何をしでかした?」 「牛を倒しただけだ」 「大前の牛を殺したのか。よく鞭打ちで済んだな、これもんだぞ」 少年が自分の首に手を当てて言った。 「心臓しか食わなかったからだろう」 もう一人同じ年恰好の少女が顔を出すと言った。 「そういう問題じゃないよ。身体はでかいけど、おつむはアタイたち以下だね。どうする、入れてやるか?」 「薬草はどこにある?」 「洞窟の先だ」 「ふーん、前にもここに来たのか?」 「そうだ。この辺りは良く知っている」 「ガキの頃ここに居たのか。仲間に入れてやろう」
少年がロープを下ろした。 「みんなで引っ張り上げてやる。おーい、みんな集まれ!」 大岩の上から子供達の掛け声が聞こえると、少しずつロープが上がる。上りきると二十人ほどの子供がいた。 「ここにいるのは子供だけか?」 「親のいない子が集まって暮らしているのさ。もう一人、上げるぞ。みんな、引っ張れ」 蛇を踏んだ女が上ると服がずり落ちた。二歳くらいの子が駆け寄ると、あらわになった胸に手を伸ばして言った。 「お乳、出る?」 胸を隠しながら蛇を踏んだ女が答えた。 「ごめんね、出ないの」 「ちえっ!」
「俺はウサイだ。おっとうは米を盗んで吊るし首になった。おっかあは病気で死んだ」 「アタイの親は年貢が払えなくて鞭打ちで死んだ」 「鞭打ちでは死なないはずだ」 「当り所が悪かったんだ」 「どこに当って死んだ?」 「知らないよ。だって死体も返してもらってないもの」 「あんた等はカワシモの親と違って運が良かったんだ。薬草があるって本当か?」 「前はあった。カワシモとは何だ?」 「アタイの名だよ。おっかさんが川下の田んぼにいる時に産気づいた。それでカワシモさ」 「俺は夏に産まれた。カエルの鳴き声がうっさい夜だった。それでウサイだ」 「お前達の名は長老様が決めたのではないのか?」 「それは何だ?名前は親が適当に決めるのさ。それより薬草を探そう」
二人が歩き出すと子供達が付いてくる。洞窟まで来て、星を見る男が「あっ」。と声を上げた。奥の崖が崩れて急斜面になっている。その斜面にはすでに太い木が何本も生えている。薬草のあった場所は百年以上前に埋もれてしまった。 「どうした、何を驚いている?」 「崖が崩れている・・・」 「あの薬草は日陰に生えるのよ」 蛇を踏んだ女が斜面を上りだした。ウサイが胡散臭げに二人を見つめる。小さい子供達が斜面を駆け上がると、次々に葉を取ってきては蛇を踏んだ女に見せた。一人の子が持ってきた葉を見て蛇を踏んだ女が叫んだ。 「これよ!これが薬草よ」 「あっちに、いっぱい生えてるよ」 子供達が競って薬草を取ってきた。星を見る男がそれを石で叩き潰す。さらに手で揉むと蛇を踏んだ女の傷に貼る。黙って見ていたウサイが薬草を潰すと星を見る男の背中に貼った。
ウサイが弓を持ってくると星を見る男に見せた。 「傷が治ったら、これで鹿を取れないか?」 「ここに鹿がいるのか?」 「前の大前が南から連れてきた。牧場で飼っていたが柵を飛び越えて山に逃げた。今ではけっこう増えてる。だけど素早しこくって矢が当たらない」 「この弓では無理だ。傷が治ったら弓を作ろう」 「やったぞ、鹿が食える」 「今は何を食べているの?」 蛇を踏んだ女の質問に子供達が一斉に答える。 「夜になったら牧場に行って牛の乳を飲むの。そっと行ってお腹をなぜると飲ましてくれるの」 「だけど、牛に蹴られて死んだ子もいる」 「町に行って食い物をかっぱらってくるんだ」 「ゴミ捨て場を漁れば、食える物がけっこうあるんだぜ」 星を見る男が聞く。 「山の物は食わないのか?若葉が食える草や、根っこが食える草もある。枯れ木の中にいる虫は美味いぞ」 「兄さん良く知っているな」 「アタイ達が面倒見るからさ、傷が治ったら食い物を頼むよ」
子供達が日に三回、薬草を貼りかえる。二人はうつ伏せのまま、子供達から町のことを聞く。町で一番偉いのは大前だ。秘密の技を持っているからだ。その技を盗もうとする者は吊るし首だ。 牛も田んぼも畑も、全て大前のものだ。町の人は田んぼや畑を大前から借りて耕す。そして年貢を払う。冬になってもオオカミの群れは来ない。オオカミは大昔に死に絶えた。
三日経つと傷口が固まった。蛇を踏んだ女は子供達を連れて山に入り、食べられる物と薬草を教える。星を見る男は急斜面を登り尾根に出た。そこを伝って昔の家に行く。僅かに残っていた黒い石を持って戻る途中で鹿の足跡に気付いた。それを辿ると避難所の斜面に出た。 星を見る男は弓矢と槍を作りながら、ウサイに鹿のことを聞いた。 「いつも、あっちから来るんだ。三十匹くらいで斜面の草を食う」 「今度、来るのは?」 「明日あたり来ると思うよ」
翌日、星を見る男と蛇を踏んだ女は藪に隠れて鹿を待った。ウサイの言った通り斜面に鹿が姿を現した。星を見る男が先頭の鹿に弓を放った。矢を受けた鹿が斜面を転げ落ちた。すぐに蛇を踏んだ女が二番目の鹿に槍を投げる。腹に槍を受けた鹿が倒れる。 後ろの鹿が慌てて逃げ出す。そこへ二の矢が飛んだ。後ろ足に矢を受けた鹿が斜面を上ろうともがいている。星を見る男が藪から飛び出すと止めを刺した。斜面の下では鹿が立ち上がろうともがいている。ウサイが走りよって矢を射った。
三匹の鹿を前に、子供達は大はしゃぎだ。中でもウサイは興奮が収まらない。 「この鹿は俺が倒したんだ」 「あんたはひっくり返った鹿に矢を射っただけだろう。それを倒したのは兄さんだよ」 カワシモの言葉にウサイが下を向いた。星を見る男がウサイに言った。 「いや、違う。止めを刺したのはウサイだ。これはウサイが仕留めた鹿だ」 「そうだよ、俺が仕留めたんだ」 ウサイの叫びに、カワシモが笑って肯いた。蛇を踏んだ女が、鹿の皮を剥ぎ解体を始めた。星を見る男が黒い石のナイフをウサイに渡した 蛇を踏んだ女が肉を小分けした。子供達は肉にかぶりつく。一人、ウサイだけがナイフを手に鹿と格闘している。カワシモがそっと近寄ると、ウサイの口に肉を突っ込んだ。
夜になって鹿肉を燻す。星を見る男が、焚き火の明かりに矢の先を示して言った。 「黒い石を島から持って来たのは治だ。治のおかげで鹿が取れた」 「治?それは誰だい」 「知らないのか?」 「そんな名前は聞いたことがないよ」 「花音の名は?」 「それも知らないな」 星を見る男と蛇を踏んだ女が顔を合わせてため息をついた。二人の様子にウサイが慰めるように言った。 「明日、町に行ったら大人に聞いてきてやるよ」
夜が更け子供達が寝静まると、星を見る男は外に出た。それに気付いた蛇を踏んだ女が後を追う。 「どうしたの?」 星を見る男が夜空を見上げて言った。 「蛇を踏んだ女よ、俺達は死んだら星になる。そうだったな?」 「そうよ」 「それは違う」 「どうして?」 「向が言っていた、日本では六千万人が二十万人に減った。大勢死んだが星の数は増えていない」 「それは地球のことでしょう」 「ここの空と地球の空は繋がっている。見える星も同じだ。位置が違うだけだ」 「ここでも四百年の間に大勢生まれて、大勢死んだわ」 「だから死んでも星にはならない」 「じゃあ何になるの?」 「・・・判らない」 「フフフ、あんた達、本当に何も知らないんだね」
カワシモは笑いながら洞窟から出ると言葉を続けた。 「死んだらあの世に行くんだよ」 「あの世とは何だ?」 「死人に口無しって知ってるかい、死んだら食い物の心配はいらないんだよ。だからあの世は気楽な所さ。おっとうとおっかあもそこに居る。アタイも死んだら二人に会えるのさ。だからって早く死にたいとは思わないけどね」 「親は死んだら星になって子供を見守ると聞いていたわ。でも、あの世で親子が会えるのね」 「そうだよ」 「治や花音にも会えるのか?」 「それは誰だい?」 「何百年も前に死んだ人だ」 「アタイは大人が話してるのを聞いただけだよ。知りたかったら大人に聞きな。あんた等、夜中に二人きりでどんな話をするのかと思ったら、がっかりだよ。アタイはもう寝るよ」 「私も寝るわ、おやすみなさい」 カワシモと共に蛇を踏んだ女も立ち上がった。星を見る男は黙ったまま夜空を見つめていた。
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