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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第95回                第2話 大前様の秘密
「大前様のおなりー」
若者達が背筋を伸ばす。通信機を持った若者がスィッチを入れた。奥の一段高くなった床に、小さな男が現れた。国王よりも大きな身体を想像していた若者達は呆気に取られる。そして小柄なせいか誰よりもサルに似ている。一人の娘が下を向いて笑った。
「私が第十七代の大前だ。何が可笑しいのだ?」
大前の言葉に若者達はうろたえた。いきなり偉い人を怒らせてしまった。恐る恐る顔を上げると大前は笑っている。
「私の顔が面白くて笑ったのか?私はお前達の顔が面白くて笑っている。笑いたい時には笑え」
その言葉に若者達が一斉に笑う。場が一気になごんだ。

「お前達は、全員がチキュウで生まれか?」
「はい、我々は地球で生まれました。そして、第三回惑星移住計画でこの星に派遣されました」
ガチャ、ガチャと食器のぶつかり合う音をたて女中達が食事を運んできた。
「チキュウから来た者達の未来を祝して乾杯!」
大前が叫んだ。若者達が湯呑みを覗き込んだ。赤い液体が入っている。
「まさか、牛の血じゃないよね?」
一人の娘が小声で言う。誰も返事をしない。
「飲まないのか?山ぶどうの血から作ったワインだ」
若者達は大前の皮肉に苦笑して一口飲んだ。甘いふくよかな香りが口に広がる。
「こんなに美味しい飲み物は生まれて初めてです」
「肉はサシミとバター焼きだ。好みでソースを付けろ」
若者達はバター焼きを食う。生まれて初めて食う本物の肉に夢中だ。八種類の野菜を煮込んだというソースも美味だ。酔った勢いで一人の男がサシミを試す。
「バター焼きも美味かったが、こっちの方が柔らかくていけるぞ」
その言葉に男達が生肉に箸を伸ばす。娘達も生肉を食べると顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「はっはっは、サシミは美味いだろう。特に今日の肉は美味い。どうしてだ?」
大前が給仕している女中に聞いた。

女中は奥に引っ込むと、国王を呼んできた。彼が大前に小声で報告すると、大前が言った。
「お前はすぐに吊るしたがる、良くないことだ。鞭打ちに減刑しろ」
国王が大きな身体を折りたたむようにして、小さな大前に深々と頭を下げて出て行った。一人の若者が大前に聞いた。
「何故、僕達が来ると知っていたのですか?」
「お前達が来ることは偉大なる知恵の書に書かれておる。初代の大前様が書かれたものだ。それを読むのが子孫である私の務めだ」
「それには何が書かれているのですか?」
「様々な知恵じゃ。ワインとソースもそこに書かれた通りに作ってある。他にも米、小麦、イモなど作物の育て方、陶器や鉄の作り方など、たくさんある」
「初代の大前様は地球の人間でした。地球の知恵を書き残したのですね」
「そうだ。そしてお前達もチキュウの人間だ。お前達に聞きたい。ガッコウとはどんな食い物なのだ?」
「それは、子供達に勉強を教える所だと思います」
「ベンキョウとは何だ?」
「文字や計算などを教えることです」
「なんと!チキュウでは子供達に文字を教えるのか」
「地球では誰もが読み書き出来ますが、ここでは違うのですか?」
「アイウエオは大前だけの秘密、他に洩らしてはならぬと書かれている。だが、大前様は皆に文字を教えるつもりだったのか?」

無線機に耳を傾けていた若者が手を上げた。
「その大前様だけの秘密とは、ガッコウを作れと書いた後に書いてありませんか?」
「おお、その通りだ。何故、判った?」
「秘密と書いたのは初代の大前様ではないからです」
「では誰が書いたのだ?」
「二代目の大前様が書いたのでしょう」
「何故だ?」
若者が迷っている。
「・・・それは、判りません」
大前が考え込んだが、顔を上げると話題を変えた。
「お前達はここに住むために来た。どこに住むか決めたのか?」
「この町に住むか、海を越えた別の土地へ行くか迷っています」
「ここは良い場所だ。土地は豊かで海にも近い」
「でも、僕達は子供を産んで増えます」
「それなら町を広げれば良い。おお、暗くなってきた。今夜は屋敷に泊まれ。話の続きは明日にしよう」

案内された部屋で若者達が話し合う。
「ねえ、さっきは何故、言うのを止めたの?」
「チヒロの話は筋が通っているけど、本人を前にしては言えないよ。大前様は特権を得るために知識を一人占めしたという事さ」
「でも、学校を作れと書いたんでしょ?」
「それを書いたのは初代の大前さんだ。彼は地球の知識を持っている特別な存在だった。だが、彼の息子にその知識は無い。息子が特別な存在になるには、学校があっては困る」
「僕達も学校と同じだ。読み書きの出来る人間は大前様だけだ。明日、海の向こうへ行こう」
「でも、大前様はここに住めと薦めてくれたわ」
「私、思うんだけど・・・大前様は学校を作るんじゃないかしら」
「まさか」
「僕もそう思う。あの人は賢い。初代の考えに気付いたはずだ。それで、僕達を引き止めた」
「どうして?」
「学校を作れば教師が必要だろう」
その言葉に他の十一人が顔を驚いて見合わせた。

沈黙が続いた後で一人が口を開いた。
「アイウエオは大前だけの秘密と言っていた。知恵の書は漢字無しの、ひらがなだけか?」
「いや、かたかなの方が簡単だ」
一人の若者が指を折りながら言った。
「アカサタナハマヤラワン・・・十一文字だ。これにアイウエオを加えて十六。これさえ知っていれば・・・」
無線機からチヒロの声が流れた。
「それは大前だけの秘密です。軽々しく口に出してはいけません。スィッチを切って、もう寝なさい。次にオンにするのは明日の会見の時です」
「はい。判りました」
若者は頭を掻いてスィッチを切ると干草のベッドに潜り込んだ。

翌朝、国王が白い壷を抱えて屋敷の奥に向かった。そこには十二人分の食事が用意されている。国王は壷の蓋を取った。中には透明な液体が入っている。木匙半分を慎重に掬いながら十二のカップに入れていく。遠くに足音が聞こえる。国王は壷を隠すと、部屋に入って来た若者達に声を掛けた。
「昨夜は良く眠られたかな?」
「お蔭様で、干草のベッドはフカフカで良い匂いでした」
「それは良かった。朝食はお茶とパンだ。初代の大前様が好まれたお茶だ。お前達の口に合うだろう」
「頂きます」
「ほうじ茶みたい、美味しいわ」
パンにバターを付けて食う。途中からパンが硬くなった気がする。変だなと思う間もなく口が痺れてきた。呼吸が苦しくなる。やがて若者達は床に倒れて苦しみだした。国王は壺を出すと、一人の若者に言った。
「苦しいか?今、毒消しを飲ませてやるぞ。だが、その前にアイウエオの秘密を言え」
「くっ、苦しい・・」
「さあ、言え」
「あっ・・い・うっ、え、おっ・・か、き・・くっ、く、薬をくれ」
「薬が欲しければ続きを言え」
「け・・・こっ、さ・・・し・・・・」
そこまで言うと若者は死んでしまった。
「おい、死んだのか?」
驚いた国王は横にいた娘を見た。それも死んでいる。その隣もだ。慌てて立ち上がると、まだ生きている者を探した。一人の娘が両手を突き上げて痙攣している。
「毒消しがあるぞ。その前に、カキクケコ、サシの続きを言え」
娘は虚ろな目で国王を見上げると、そのまま息絶えた。
「何ということだ。こんな薄い毒で死んでしまうとは。姿かたちは似ているが、やはり種族が違うのか」

頭を振って死体を眺めると国王が憎々しげに言った。
「姿かたちは大違いだ。醜い奴等め。くそっ、骨折り損のくたびれ儲けか」
国王は外に出ると、水の涸れた古井戸の蓋から大きな石を抱えて下ろした。部屋に戻って二つの死体を引きずり出すと古井戸に投げ込んだ。四往復すると汗ばんできた。一休みしながら死体を見ると目の回りが紫だ。国王は一つの死体の衣服をめくり上げた。全身に紫の斑点が浮かび上がっている。
「種族は違っても、これは同じか」
残りの死体も投げ捨てると古井戸に蓋をした。その上に重い石を載せる。

国王は大前の部屋に向かった。
「大前様、チキュウの若者達は出て行きました」
「どこへ行ったのだ?」
「海の向こうへ行くと言っておりました」
「何時だ?」
「朝食の後です。私がちょっと席を外して戻ると、もう居ませんでした」
「そうか・・・・」
大前はがっかりした様子だった。


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