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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第93回                第13話 船長の死
翌朝、船長は市長と整備工場に向かった。責任者の老人が二人に説明する。
「時空船アスカか、良い船だ。亀裂部分はカーボン複合材で補強した。耐熱シールドの代わりに核融合炉の内部に使う耐熱タイルを張った。耐熱性は保障済みだが問題は接着力だ。融合炉の内部圧はタイルを圧着する方向に働くが、大気圏突入は剥がす方向だ。接着剤が耐えられるか、やや不安がある。だが、ここで我々が出来る最善を尽くしたつもりだ」
 聞きながら船長が見上げると、翼に白い絆創膏を張ったようだ。振り返って老人に向き合った。
「夜を徹しての修理に感謝・・・」
 その言葉の途中に叫び声が入った。

「兄さんの仇だっ」
 翼から若者が船長の上に飛び降りた。もつれあったまま二人が地面に転がると、土が赤く染まった。船長の首にナイフが刺ささっている。
「馬鹿者っ!」
 市長が若者に叫んだ。数人が駆け寄り若者を押さえる。
「すまん、大尉。こんなことになるとは」
「僕は・・・イズモで死ぬはずだった」
 出雲に死ぬために来たのか?市長が混乱する。
「ここで死ぬのも、運命・・・」
 そう言うと船長は息絶えた。市長がナイフを静かに抜いた。その手が怒りのためか震えだした。
「罪を犯した者は自らの死をもって償え」
 市長はナイフを手に若者に歩み寄る。若者が小さな声で言った。
「父さん」
 市長が息子を刺そうとした時、叫び声が響いた。
「止めろ!これ以上死人を出すな」

 星を見る男が若者に言った。
「お前は、長野にいた小さな男の弟か?」
 若者が涙を流しながら肯いた。
「あの男を殺したのは俺だ。お前は向ではなく俺を殺すべきだった」
 そう言うと星を見る男は船長の遺体に跪いた。市長が血だらけのナイフを手にしたまま、星を見る男の背後に歩み寄った。周りの男達が息をのんで見詰める。気配を感じて星を見る男が振り向いた。
「息子の仇を取りたいか」
 星を見る男が跪いたまま身体を市長に向けた。
「ならば、俺を殺せ」
 そう言うと星を見る男は鋭い視線を市長に投げつけた。市長の手が震えだすと血だらけのナイフを落とし、その場に崩れるように座り込んだ。

星を見る男は静かに身体を反転すると、船長の手を取り胸の上で組み合わせた。その手に一本の矢を握らせる。蛇を踏んだ女が遺体の横に歩み寄った。星を見る男が立ち上がった。美貴の歌と弦の響きが静まり返った工場に流れる。大勢の市民が集まってきた。誰も何も言わない。星を見る男が独り言のように言った。
「向を埋めよう」
 それを聞いて周囲が動き出した。遺体が白いシーツに包まれ、数人の男がシャベルを持った。整備工場を出ると、立ち枯れた大木があった。男達が黙々と土を掘る。穴に横たわった遺体に、星を見る男が両手で土をかけた。蛇を踏んだ女がそれに続くと、次々に人々が土をかけた。
星を見る男が弓を鳴らす。人々が合掌した。星を見る男が踵を返すと整備工場へ歩き出した。それで葬儀は終わった。無言のままの簡素な葬儀だったが、居合わせた人々は深い感銘を受けた。

 市長は一人で座り込んだままだった。老いて牙を失ったオオカミだ、と星を見る男は思った。
「向と何を話した?」
 市長が顔を上げた。しばらくして星を見る男だと気付く。市長が小さな声で話し出した。星を見る男は片膝をついて聞く。葬儀から人々が戻り、二人を遠巻きに囲んだ。

星を見る男が立ち上がった。アスカに向かって歩き出すと、彼を迎えるようにタラップが開いた。人々が顔を見合わせた。あちこちでささやき声がする。「リモコンか?」「いや、何も持っていない」「センサー?」「違う、俺達もあの場所にいた」「中には誰もいない、どうやって開いたんだ?」
人々のざわめきを背に星を見る男はタラップを昇る。ささやき声が風のように人々の間を吹き抜けた時、星を見る男が振り向いた。
「女を四人乗せろ。高知の四人も乗れ」
娘達がタラップに駆け寄った。紅潮した顔でタラップを昇る。高知の二組の男女もそれに続いた。
「すぐに出発する。全員、退避しろ」
人々は急いで広場から離れた。垂直に離陸したアスカは墓標代わりの枯れ木の上で翼を振ると南へ飛び去った。

 アスカのタラップが開くと鹿児島市長は叫んだ。
「船長が死んだのは本当か?」
 星を見る男は市長を一瞥すると二人の若者に言った。
「俺が向の代わりをする。早く乗れ」
「船長無しで宇宙を飛べないぞ、乗っている若者を降ろすんだ」
「お前は船のことを知らない。俺は知っている」
「しかし・・・」
 その時、蛇を踏んだ女が顔を出すと若者を手招きした。その瞳に吸い寄せられるように若者がタラップに足を掛けた。するとタラップが閉じ始め、若者が駆け上がる。市長が慌てて叫んだ。
「待て!」
「すぐに飛び立つ。退避しろ」
 アスカのエンジン音が高まった。市長は急いでアスカから離れた。

船内には異様な雰囲気が漂っていた。六人の娘は美男子で野性的な星を見る男に関心を持っていた。さらに、出雲での異様な雰囲気に感化され、彼に強く魅かれた。しかし、宇宙人との結婚を望みはしなかった。熱い視線を彼に送りながらも、六人の若者を冷静な目で観察していた。
ところが、その六人全員が蛇を踏んだ女に夢中になっている。娘達は蛇を踏んだ女に強い嫉妬心を持った。異性からの憧れ、同性からの嫉妬の渦の中に二人は巻き込まれていた。

種子島宇宙センターで給油を終わらせ、地球での最後の食事になった。若者達は持ち寄った食事を互いに分け合って食べる。しかし、解凍した生肉に手を出す者はいなかった。皿には肉から出た水分が真っ赤にたまっている。
蛇を踏んだ女が生肉を手掴みにして噛むと、若者達の顔色が変わった。娘達は顔をそむけた。星を見る男も生肉に手を伸ばすと言った。
「美味いぞ、食え」
「いや・・・僕達は生では」
「こっちの御飯も食べたら?」
「米はいらない」
「御飯はアレ似ているわ」
「そうだな。だが、アレの方が美味い」
「アレって何?」
「白い小さな虫だ。春になって牛が戻る前に食うんだ」
「枯れ木を割ると、中にぞっくり詰まっているのよ。それを手ですくって食べるの」
「握り飯みたいなもんだ」
「うっ」
一人の娘が口を押えた。が、こらえきれずにテーブルの上に吐いた。強い異臭が漂う。もう一人の娘が口を押えてトイレに駆け込んだ。
「変なこと言わないでちょうだい」
娘達が蛇を踏んだ女を睨みつけて叫んだ。
「食事時に何を言うんだ」
若者達は星を見る男に抗議した。二人は訳が判らない。娘達が嘔吐した者を介抱する。若者達がテーブルの片付けと清掃を始めた。二人は何もせずに立っていた。その二人を十二人が白い目で見た。

宇宙に出てからは、自然と分かれて過ごすようになった。コントロール・ルームは星を見る男、医務室が蛇を踏んだ女の部屋になった。十二人は後部の居住室と食堂だ。やがて船を操縦しているのはコンピュータだと若者達は知る。二人が文字を知らないのも判った。二人に対する当初の畏敬の念と憧れは、軽蔑と嫌悪へと変わった。

 アスカが出航して十日後、アメリカの宇宙船が地球に戻って来た。移住計画に失敗したアメリカだが絶望はしなかった。大寒波の中でアメリカのコンピュータは稼動していたからだ。2610年のアスカ改造時にM−1プログラムを採用した、この極秘情報をアメリカは入手していたのだ。アメリカは日本が国際条約に違反しマザー・システムを採用したとみなしていた。

 鹿児島市長は僅かな希望を持っていた。ワープが出来ずにアスカは戻って来るだろう。だが何の連絡もないまま数日が過ぎ、希望は絶望へと変わりつつあった。十二名の若者は宇宙で虚しく死に、アスカは二度と地球に戻らないだろう。
その時アメリカから通信が入った。日本を代表して鹿児島市長が応対する、船長は死亡し計画は失敗だ。アメリカが反論する、アスカを操船するのはマザーだ。それを知り鹿児島市長は喜んだ。十二名は無事にイズモに着く。安堵と共に新たな不安に襲われる。イズモには危険生物がいるのだ。
アメリカはマザー協定違反を見逃す代わりに、イズモ移住計画への参加を希望した。日本は十二名の保護を条件にそれを了承した。アメリカの記録していたアスカ暗号が転送されると、日本が解読してイズモの位置を伝えた。アメリカは危険生物に備え武装すると決めた。


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