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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第92回                第12話 出雲
 高知に着いたのは夕暮れだった。翌朝、船長はアスカを点検した。翼端の耐熱シールドは剥がれ小さな亀裂も入っている。船長は修理することにした。補修キットは粘土細工に似ている。白い粘土はナノ粒子の特殊金属だ。黒い粘土と混ぜると硬化する。耐熱性も強度もあり、翼と同じ銀白色になる。
備品棚を開いた船長は愕然とする。補修キットの封が破られ、稚拙な裸像が転がっていた。大江組の仕業だ。船長はとりあえず亀裂を何とかしようと思った。しかし、高知には機材も技術者もいない。宮崎にあるとも思えない。考えた末、船長は決断した。修理出来るのは大型ヘリのあった出雲だけだ。燃料も七トンある。

 出雲市長は考え込んでいた。長野作戦を決めたのは自分の独断だった。時間が無かったとはいえ、幹部を招集しなかったのを責められても仕方ない。二十二名の若者、大型ヘリ、二台のトラック、失ったものは大きい。そして、実行責任者は市長の長男だ。
作戦失敗の責任は自分一人にある。幹部達は別室に集まって市長解任の相談をしているだろう。それに自分は従うしかない。幹部達が慌しく市長室に集まった時、市長は背筋を伸ばし威厳を正した。

「市長、アスカから機体修理の依頼がきました。長野で破損した翼をここで直せないかと」
「ふざけた話です。二十二名が殺されたのは昨日です。市長、断りましょう」
 市長は五人の幹部の顔を順に見渡した。
「全員同じ意見かね?」
「私は受け入れるべきだと思います。アスカは惑星移住計画を発表しました。今、アスカは出雲の敵ではなく、全三十一シティの共有財産となったのです」
 市長は肯くと言った。
「私もそう思う。独立シティ連合は解散した。出雲連合も解体する。今後、出雲は一シティとして生き延びねばならない。だが、陛下が出雲に居られる限り、出雲が滅びることはない。その陛下が本物だと証明したのはアスカだ」
「私も市長に賛成です。アスカの修理を断れば惑星移住計画は破綻する。それは出雲の責任となる」
「そうなれば出雲は安泰とは言えなくなる。他のシティが出雲を攻め、陛下を奪還することも考えられる」
「そうだ。出雲は全シティと共存せねばならない。アスカを受け入れねばならない」
 市長が断言すると二人の幹部が反対した。
「理屈の上ではそうだろう。しかし、昨日の今日だ。人間には感情というものがある。下手をすればアスカは破壊されるぞ」
「技術者は機械に対しては謙虚だ。その心配は無用だろう」
「判った。アスカを受け入れに同意しよう。ただし、何か不手際があれば、今度こそ市長に責任を取ってもらう」
「判っている」

アスカは大型ヘリの整備工場に着陸した。アスカを迎える視線は複雑だ。船長はすでに腹をくくっている。出雲で修理出来なければ、アスカは宇宙へ行かれない。万一、報復を受けたとしても、それによって失うものはない。船長は市長室へ向かった。
「アスカ船長、向大尉。入ります」
「陸軍第三連隊空挺大隊第一中隊長、谷大尉だ。入りたまえ」
 船長の敬礼に対して、谷市長が陸軍式の敬礼を返す。市長室での敬礼に船長は意表をつかれる。そして、思った。握手を拒否するための敬礼だ。一方、谷市長は軍人として振舞うことで感情を抑えようと考えた。

「向大尉には事実を話しておこう。私の部隊は青森の津軽にいた。暴徒排除の命を受けヘリで札幌に向かった。相手は民間人とはいえ数万人だ。我々は全員、死を覚悟していた。札幌に着くと天皇陛下救出の命令が下った。私は医者と六名の部下を連れて飛び立った。
墜落現場に着けば天皇御一家は全員死亡していた。私は御遺体を積むと基地に向かった。御遺体を埋葬してから札幌に戻るつもりだった。私は希望や未来ではなく死に場所を求めていたからだ。

津軽に戻ると基地は壊滅していた。暴徒に襲われたのだ。死体で足の踏み場も無い状態だった。そこで私は泣き声を聞いた。幼い子が母親の死体にすがりついて泣いていた。私は妙な仏心を起こした。悲しみながら飢えと寒さで死ぬより、今すぐに楽にしてやろう。そんな無慈悲な気持ちになっていた。近寄って見れば、その子は春姫皇女と同じ年頃だった。私は自分の心が荒んでいたのに気付いた。幼子に愛おしさを感じ、ヘリへ連れ帰った。
満腹して眠った子供と春姫皇女の御遺体を見比べるとそっくりだった。例のホクロ以外は。医者が提案した。この子が日本の未来と希望となるだろう。御遺体を基地に埋め、燃料を補給して我々は飛び立った。春姫皇女の受け入れ先を探したが、我々を信じるシティはなかった。出雲だけが我々を受け入れた」

 船長が無言で肯いた。市長が言葉を続ける。
「もう一つ重要なことがある。その子は英語しか知らなかった」
「日本人ではないのか?」
「サハラ難民だ。それが私の決断した理由の一つだ」
「どういうことだ?その前にサハラ難民とは何だ?」
「百年以上前からサハラ移住が盛んだった。日本だけでなく世界中からだ。だが、緑のサハラが乾燥化して移民の四世、五世が出身国に戻って来た。大寒波の二、三年前からだ。
最後の帰還船は青森港に入る予定だったが、津軽半島の西海岸で座礁した。暴動の一ヶ月前だ。流氷が押し寄せていた。船での救出を諦めた政府は難破船に食料を空輸した。しかし、食糧事情が悪化して回数は徐々に少なくなった。
そして各地で暴動が起きた。難破船への空輸は途絶えた。難民は凍った海を渡り津軽平野に押し寄せ暴徒と化した。あの母子を見た者は全員津軽平野で死んだ。我々以外は」
「秘密は保たれた。だが、日本語を知らなかった。父親は外国人だろう」
「サハラでは英語が共通語だった。日本人も英語を話していた」
「百年の間に混血したかもしれない。DNA検査の結果は?」
「検査機器は壊れ技師もいなかった」
「そうか・・・」
「顔は完全に日本人だ」
「青い目や黒い肌の赤ん坊が産まれたらどうするのだ?」 
「すり替えるしかない」
「仕方ないな」
船長がため息をついた。

市長が話題を変えた。
「惑星に着いたらアスカの冷凍精子を使うのか?」
「精子は破壊した」
「持ち出せと命令したのは陛下の物だけだ」
「僕個人としては不自然なことは好まない。だから今回は男女同数だ。冷凍精子は使わない」
「では出雲に置いていってくれないか。陛下には優秀な遺伝子を使いたい」
「アスカの修理代にしてくれ」
「修理は無料だ。その代わり若い女をアスカに乗せないか。今、娘が余っている」
「あっ・・・」
「ヘリに乗っていた者の身内は避けて人選した」
「・・・」
「宮崎、鹿児島は男だけを乗せれば良い。向こうにも好都合だ」
「シティの良いようにしてくれ」
「最後にもう一つある。陛下は君を望んでいる。君の精子を提供してもらいたい」
「冷凍精子があるだろう」
「最初は使いたくないそうだ」
「なに?」
「陛下は電話で君に関心を持たれた」
「どういうことだ?」
「失礼のないようにシャワーを浴びてくれ」
「ちょっと待ってくれ。僕は・・・出雲の若者を殺してしまったんだ」
「その事で君の優秀さが証明された」


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