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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第91回                第11話 大江組の真相
「徳寺家は松江の出だったな?」
「名前の由来となった法徳寺は松江市内です。松江城から南に二キロ、玉造温泉まで五、五キロです」
「大金が入った徳寺の曽祖父は法徳寺に石灯籠でも寄進しただろう。いや、本堂を建替えるくらいしたかもしれない。玉造に近ければ寺の帰りに洞窟温泉にも寄っただろう」
「洞窟が発見されたのが2108年、ホテルが建ったのが2115年です。徳寺治の祖父の時代です」
「珍しい温泉だ。孫の治を連れて行ったかもしれない」
「その可能性はあると思われます」
「大倉局長の寺はどこだ?」
「大蔵寺は出雲市です。玉造温泉とは二十五キロ離れています」
「局長は父親を亡くし苦学生だった。故郷の温泉に行ったのは出世してからだな」
「洞窟温泉は高級ホテルの中でした」
「信濃大学は十勝大の前身で法学部は超一流だ。奨学金で学費は足りただろうが、生活費はアルバイトで・・・待てよ、長野には徳寺がいた。どちらも中八族なら」
「徳寺家が大倉氏を援助したと思われます」
「治の盗撮ビデオをもう一度見せてくれ。父親が何か言っていた」

 チヒロが最後の家族団らんのビデオを映す。
「今のセリフだ。『恩をあだで返されたんだ。徳寺家は父さんの代で終わりにするさ』。最初は意味が判らなかった。これは大倉局長のことではないか?徳寺家は苦学生を援助した。学生は出世して航空宇宙局長になり、徳寺家の一人息子をアスカの乗員に選んだ。徳寺家は跡取りを奪われたんだ」
「先生の推測では、徳寺治の論文が政府の食料増産計画を縮小させた。打撃を受けた政府は治を危険人物とみなし宇宙に送り出した」
「決定したのは政府だが、局長はそれに従い中八族の結束を破った。徳寺家にとっては裏切り行為だ」
「飛躍していた船長の論理が繋がり始めました」

「徳寺高弘はスポーツ万能で水泳も得意だった。さらに東京の漁師生活で素潜りの腕を上げた。洞窟温泉には子供の頃から何度も行った可能性がある。局長は漁師の仇であり、徳寺家の仇でもあった。殺害する動機はある。だが・・・」
「何でしょう?」
「局長が洞窟温泉に行くのを知っていたとしても、深夜に一人で温泉に入るのを知らなければ犯行が成り立たない。特捜部の発表はどうなっている?」
「何も触れていません。特捜部は局長の身辺捜査のために殺人事件をでっちあげただけです」
「深夜の入浴が局長の習慣だったとしたら・・・八族祭で集まった者はそれを知っていた、高弘は父か兄に聞いていた」
「十二年毎の集まりです。歳を重ねれば習慣も変わると思いますが」
「八族祭は前の年だったかもしれない」
「局長が死んだ2156年は辰年です」
「祭りの年に死んだのか。八族祭はいつやったのだろう?」
「中江氏は日付を言いませんでした」

「三つの祭りがあった。新嘗祭、神在祭、八族祭。一つの祭りから派生した三つの祭りだ」
「天皇が即位して初めての新嘗祭は、大嘗祭と特に区別されています。厳密に言えば四つの祭りです」
「他の祭りはいつやるのか判るか?」
「新嘗祭は旧暦11月の二回目の卯の日でした。神在祭は旧暦10月10日に神迎祭で始まり一週間後の神等去出(からさで)祭で終わります」
「同じ出雲の祭りだ、八族祭も10月10日だろう。局長が死んだのは11月22日だ。深夜の入浴を徳寺高弘は知っていた」
「日付の条件が異なります。神在祭は旧暦、局長の死んだ日は新暦です」
「そうか」
「局長が死んだ11月22日は旧暦10月10日です」
「なにっ、局長は祭りに出なかったのだろうか?」
「神迎祭は旧暦10月10日の夜に稲佐の浜で龍神と八百万の神々を迎えます」
「辰とは龍のことだ。辰年に行う八族祭も龍神を迎えるはずだ」
「局長は龍神を迎えず温泉洞窟にいました」
「洞窟温泉で龍神を迎えたのではないか?宍道湖は汽水湖だ」
「しかし、海からは遠く離れています」

 チヒロが地図を映した。宍道湖は中海を通して日本海に繋がっている。龍神を迎えるには海から遠い。次にモニタに気味の悪い生き物が映る。
「龍神のデータを調べました。この季節になると海ヘビが対馬海流に乗って出雲の海岸に流れ着きます。それを神の使いとして崇めた、とのことです」
「そうだったのか、宍道湖に海ヘビが流れ着くことはないな。しかし、龍神が海ヘビだったとは意外だな」
「陸に上げても一週間も生きている生命力が崇拝の理由です」
「魚は水が無ければすぐに死ぬ。だが爬虫類の海ヘビは肺呼吸だ。それを知らない古代人は驚いただろう」
「洞窟温泉に関して他に記載はありません。案内板の写真があるだけです」
 チヒロがモニタに洞窟の見取り図を映した。
「判ったぞ!細長い洞窟が左右にうねっている。洞窟を龍に見立てたのだ」
「船長の推測に同意します」

「局長は儀式をするために深夜に温泉に入った」
「しかし、儀式の時刻が一致しません。神迎祭は夜の七時からです」
 モニタに松明に照らされた神主の姿が映った。その後に大勢の見物人がカメラを手にしている。
「他の祭りは?」
「新嘗祭は夕(よい)の儀が午後六時から、暁の儀が午後十一時からです」
「神迎祭は観光客に見せるために夕の儀に合わせたのかもしれない」
「大嘗祭は深夜に始まる秘儀とされています」
「それが本来の姿だ。見物人のいない八族祭も古いままだろう。深夜の海岸は冷える。徳寺高弘は大倉局長が旧暦10月10日に洞窟温泉に来ると踏んだ」
「他の六族の誰かが洞窟温泉に来れば犯行は不可能です」
「先祖代々の土地で龍神を迎え、翌日に中江家に集まる。そういうしきたりだとすれば洞窟温泉を使うのは故郷を離れた大倉と徳寺だけだ。徳寺高弘は洞窟温泉に来るのは局長だけだと知っていた」
「その可能性が高いようです」

「大江京は徳寺高弘だ。組合長に選ばれたのは局長を殺害したからだ」
「何故、大江京の名にしたのでしょう」
「大前が言っていた、大江戸の戸を取って大江だ。京は何だろう?」
「不明です」
「東京の京かもしれない」
「東を抜いた理由は何でしょう?」
「東京の東半分が水没して無くなった」
「それは事実ですが、命名との関連が不明です」
「そうだな・・・判らん。考えてみれば、戸を抜くとは刑務所の扉を開くという暴力団の論理だ」

 船長とチヒロの会話が途切れた。黙って聞いていた星を見る男が口を開いた。
「大前が言っていた。大江組のオオは大馬鹿野郎のオオだ」
 船長が笑って答えた。
「それは確かだが、今、話している大江という男は立派な男だ」
 星を見る男が肯きながら言った。
「それで俺が言った。大前のオオも同じか?すると大前は、大きいことは良いことだのオオだと答えた」
「そうか!中江に対しての大江だ。それは中江より上になることだ」
「局長の決定に対し、徳寺家は総領である中江家に裁定を申し出た。しかし、中江家は何もしなかった。中江に対する失望、反発が大江に込められているとしたら論理的です」
「中江は何もしなかったのではなく、逆かもしれない」
「どういうことですか?」
「中江は中八族の結束を破った局長を除名しようとした。窮地に立った局長は惑星の命名権を中江に委ねることを思いついた。中江は手のひらを返して徳寺を捨てイズモの名を取った」
「中八族から除名、または脱退するのが、それほど重要なことなのでしょうか?」
「名誉というものは、はたから見れば無意味でも当事者にとっては命より大事な場合もある。局長が徳寺治の監視を命令したのもそれだ。局長は徳寺家の仕返しを恐れたんだ。惑星移住計画が失敗すれば局長の立場はない。だが、乗員である徳寺治がそんな事をするはずがない」

「中江が政府に働きかけ局長を解任する可能性はないのですか?」
「中江は地方の名家に過ぎない。政府には無力だろう」
「歴史に残る人物に中江兆民がいました」
「兆民・・・判ったぞ。兆の上のケタは京だ。中江兆民を越える、それが大江京という名だ」
「徳寺高弘は局長を殺害し佃連合の後ろ盾を取り除いた。さらに漁民を結集して佃連合を排除した。それはやがて東京マフィアとなった」
「大江戸の戸を取ったというのは後からの理由付けだ。漁業組合がマフィアになったのは徳寺高弘が死んだ後だと僕は思いたいが」
「大江組の記事は2239年の傷害事件が初出です。仮に徳寺高弘が生きていたとすれば132歳です」
「良かった。中林の死は徳寺治の叔父・・・いや、父親とは無関係だった」
 中林と治の名に、星を見る男と蛇を踏んだ女が船長を見つめた。船長が満足げに二人に肯くと、二人は安心して笑った。


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