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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第89回                第9話 春姫皇女と春媛天皇
 エンジンが止まった。耳慣れた振動音が消えて船内が静まる。
「出雲が何を調べたか判るか?」
「強襲型ヘリHX−3Vの交換部品に関する情報です」
「出雲の天皇に関しては?」
「幼名は春姫皇女です。即位して春媛天皇と改名されましたが、読み方は同じ<はるひ>です。暴動の一ヶ月前の春姫皇女です」
 モニタに幼い女の子が映った。左の頬と首に大きなホクロがある。
「春媛天皇も出してくれ」
 二人の画像が並んだ。皇女の特徴であるホクロは火傷の傷で見えない。チヒロがもう一つの画像を追加した。天皇一家、親子三人が映る。
「本物かもしれない、春媛天皇は皇后陛下にも似ている。改めて見れば幼い頃の面影が残っている」
「別人の証拠が見つかりました」。チヒロが顔の右側を拡大した。「春媛天皇には小さなホクロが一つありますが、春姫皇女には三つあります」
「ケロイドは特殊メークか」
「画像を解析した限りでは本物のようです」
「なにっ・・・顔を焼いたのか。酷いことをしたな。出雲はそこまでして侵略を正当化したいのか」
 チヒロが画像を消した。誰も何も言わない。静寂の中、アスカは空を滑るように飛んでいく。蛇を踏んだ女が無言のまま一筋の涙を流した。
 
「暗号を傍受しました。発信地は出雲シティの方向です」
「ヘリからの連絡が遅くて、しびれを切らしたんだ。強襲型ヘリを使うのは陸軍だ。コブラ暗号に似ていないか?」
「コブラ暗号の改良型と推定して解読を試みます」
「高知に着く前に解読出来れば良いのだが」
「・・・解読しました。モニタに映します」
 谷市長が苛立った顔でこっちを向いている。「HX−3V、応答せよ。作戦終了予定時刻をとっくに過ぎているぞ」
「こちらから暗号で発信したい」
「了解しました。準備OKです」
「谷市長、向だ。見えるか?」
「・・・長野には行かなかったのか?」
「HX−3Vは撃墜した。いきなりミサイルを撃ってきたからだ」
 谷市長が頭を抱えたまま搾り出すように言った。
「乗員は?」
「全員死亡した」
「二十二名が乗っていた・・・身体の小さな男がいただろう」
「その男は死んだ」
「・・・息子だ」

 沈黙したまま下を向いていた市長が顔を上げた。
「すまん、私情をはさんでしまった。状況から判断すると冷凍精子をヘリに積んだ後か?」
「そうだ。精子を積んだトラックも爆発した」
 市長が再度、肩をがっくり落とす。
「中江典翔によれば、天智天皇の出自は出雲の中氏だ。大和王朝の血筋は絶えた。ならば、それ以降の天皇は偽者か?」
「何を馬鹿なことを・・・」
「そうだ。血筋が変わろうと天皇は天皇だ。大型ヘリを失った出雲は日本統一の野望も潰えた。出雲の天皇は権力から象徴へと変わったのだ」
「何が言いたいのだ?」
「天皇陛下が本物だと信じているシティが幾つもあった。偽者だと疑うシティは、裏を返せば本物の天皇を渇望しているという事だ。天皇を認めない独立シティ連合は、共存を唱えながら互いの隙をうかがっている」
「・・・長野で何をつかんだ?」
「春媛天皇が本物なら、右の頬には三つホクロがあるはずだ」
「よく調べたな」
「顔を焼いたのか?酷いことをしたな」
「整形手術だ。麻酔から覚める時に映像でヘリの墜落炎上の疑似体験をしている。肉体的にも精神的にも痛みは最小限にしたつもりだ」

「僕が出航した時、日本には六千万人がいた。今はたったの二十万人だ。全地球凍結という困難な時代、日本人は希望を失い、シティ同士が争っている。
時空船アスカの存在意義は、明日への希望だ。そのアスカが日本人の希望を壊してはならない。天皇のことは我々だけの秘密にしたい」
「取引するのか、条件は何だ?」
「燃料だ」
「今、残っているのは七トンだけだ」
「欲しいのは七十三トン。但し、四〇二年後だ」
「四百年も先では燃料は変質する」
「出雲シティの技術を残せば良い」
「それは可能だ。そっちはどうするのだ?」
「僕が春媛天皇は本物だったと公表する。出雲が天皇の住む都なら滅びることはない」
「出雲が滅びる?そんなことはあり得ない」
「事実を公表したら出雲傘下のシティが反乱を起こすぞ。大型ヘリ無しで、東西からの挟み撃ちに対抗出来るのか?」
「出雲の存在価値は何だと言うのだ?天皇とは燃料の別名か」
「悪意的な解釈だな。だが、双方の利益にはなる」
「何故、惑星移住計画にこだわる?」
「僕は軍人だ。命令に従っている」
「判った。天皇陛下とアスカは日本人の希望の象徴だ。その下で日本は一つになれるだろう」
「大型ヘリを撃墜したことも公表する。他のシティは出雲への警戒心を解くだろう。それは出雲シティの再出発に必要なことだと思う」
「公表に同意する」
「以上で交信を終わる」
 
船長がチヒロに聞く。
「春姫皇女の写真を修正してくれ。ただし、修正したと判らないように出来るか?」
「それは可能です。春姫皇女のホクロを修整して、春媛天皇と同じにします」
船長が全シティに向けて発表する。

「アスカ船長の向だ。これより重大な発表をする。電波の届かない地域には中継してくれ。出雲の天皇陛下は本物だ。そして出雲は陸軍の大型ヘリコプターを持っていた。このヘリが出雲の秘密だった。だが、アスカがこのヘリを撃墜した。出雲は他のシティを攻める手段を失った。

具体的に説明しよう。アスカは長野に行った。コンピュータは起動したがアンテナは壊れていた。シティへの発信は出来なかったが、アスカは幾つかの情報を手に入れた。長野を飛び立つと、大型ヘリに遭遇した。アスカはミサイルをロックオンされ強制着陸を命じられた。
その前に説明することがある。僕は出雲市長たちの話に疑問を持って、アスカの積荷を調べた。そして天皇陛下の冷凍精子があると判明した。
天皇陛下が偽者ならば、出雲は陛下の精子が喉から手が出るほど欲しいはずだ。僕は指示に従う振りをして、長野のビル街を低空で逃げた。冷凍精子がアスカにあるかぎり大型ヘリは攻撃出来ないはずだ。
ところが、ヘリはミサイルを発射した。アスカはビルの間を逃げ回り、ミサイルはビルに当たった。アスカは反撃して出雲の大型ヘリを撃墜した。

 これではっきりした事がある。出雲シティが恐れていたのは、他のシティが天皇の冷凍精子を手に入れることだった。そのシティが精子を使い天皇陛下が産まれる。そうなれば昔の南北朝のように二つの王朝が並存する。逆に言えば春媛天皇が本物だという事だ。だが、これは状況証拠に過ぎない。

物的証拠として春姫皇女の写真を公表する。これは長野のコンピュータから得た物だ。比較のため春媛天皇、崩御された天皇御一家の写真も送る。三つの写真を見比べてくれ。春媛天皇は皇后陛下によく似ている。そして幼い頃の面影もある。さらに決定的な証拠を見せよう。春媛天皇陛下の右頬をアップにするとホクロが一つある。そして二歳の春姫皇女にも同じ場所にホクロがあった。二人は同一人物だ。質問があれば言ってくれ」

「鹿児島シティだ。出雲シティに聞きたい。向船長の発表に同意するか?」
「こちらは出雲だ。大型ヘリと連絡が途絶えている。撃墜されたのは事実のようだ」
「熊本シティだ。天皇陛下を本物と認め、独立シティ連合の解散を提案する」
「出雲シティだ。陛下を本物と認めるなら、出雲連合は解体する」
「鹿児島シティは独立シティ連合の解散を宣言する。今後は天皇陛下の下、全シティが協力してこの難局を乗り切ることを提案する」
 鹿児島シティの提案に賛意が集まる。全三十一シティの意思が統一されたのを確認すると、船長が発言した。
「アスカは第三回惑星移住計画を実施する。全シティの参加を願いたいが、燃料の関係で寄航できるのは、高知、宮崎だけだ。男女二名ずつを計画に参加させて欲しい。鹿児島はすでに参加が決まっている」
 高知、宮崎がすぐに参加を表明した。
「高知、宮崎に感謝する。高知には夕方に到着予定。宮崎は明日になる。これで通信を終了する」


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