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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第88回                第8話 空中戦
 小男はタラップに腰掛けている、レーザー砲の死角だ。船長は鹿児島市長の言葉を思い出した。シティには断片的な情報しかない。書物も無い。小男は時代劇や西部劇を見ただろうか?
「最後に歌が聞きたい。死んだ男を悼む歌だ。その娘が知っている」
「いいだろう。歌ってやれ」
「伴奏する楽器がある。男が肩に掛けている」
「それが楽器か、ははは。弦が一本しかない。原始的な楽器だな」
 蛇を踏んだ女が美貴の歌を歌いだした。星を見る男が弓をブルンと鳴らした。小男が馬鹿にしたように笑う。星を見る男が背中の矢に手を伸ばした。矢じりを身体で隠したまま弓に掛ける。弦が張ってツウンと音が変わる。小男が興味深く見ている。
ヘリの音が大きくなった。船長が空を見上げる。つられて小男も上を見た。星を見る男が素早く反転した。「うわっ!」。見張りの二人がレーザー砲で倒れた。星を見る男が弓を引き絞る。船長が突進する。蛇を踏んだ女も走り出した。
小男が慌ててレーザーガンを構えた、と同時にタラップがガタンと動いた。レーザービームが星を見る男の頬を掠める。小男の腹に矢が刺さった。「うっ」。小男が腹を押えて下を向いた。船長が小男に迫る。小男が苦痛にゆがんだ顔を上げると船長にレーザーガンを向けた。蛇を踏んだ女が何か投げた。
小男が反射的に顔をかばって右手を上げる。その手を船長が掴んだ。二人がもみあうとレーザーガンが地面に落ちた。星を見る男が走り寄ると手にした矢を小男の首に突き刺す。小男が声にならない叫びを上げタラップから落ちた。

チヒロがエンジンを始動させながら言った。
「コントロール・ルームでシートベルトを装着してください。至急です」
 三人が乗り込むとタラップを閉じながらアスカは上昇を始めた。シートベルトを締めながら星を見る男が叫んだ。
「タラップを動かすから心臓を外した」
「だから、お前は死なずに済んだ」
 船長の言葉に、星を見る男は不満げに肯いた。上空に来た大型ヘリが、高速でバックしていく。アスカがビルの上に出た。大型ヘリが遠くに見えた。
「警報。ロックオンされました。敵ミサイル発射」
「打ち落とせ!」
「レーザー砲命中、破壊出来ません。退避します」
 すでにフルパワーで飛び始めている。
「追いつかれる。ビルの間を飛べ」
 アスカが急降下する。ビル街の通りを猛スピードで飛ぶ。
「後方を映せ」
 モニタに映ったビルが後ろに飛ぶように動いていく。アスカの翼端に触れた看板がヒラヒラと落ちていく。それをはね飛ばしてミサイルが追ってくる。
「すぐ後だ!この距離なら破壊出来る」
「最新型ミサイル、レッド・ドラゴンはレーザー反射シールドを備えています」
 チヒロはそう言いながら、上昇に転じた。

「必殺技を試します」
「間に合わない、当たるぞ!」
 正面の窓いっぱいにビルが迫る。「ぶつかるぞ!」。と叫ぼうとした船長は強いGで気を失った。ビルの直前でアスカが螺旋状に回る。アスカが描く円の中心にミサイルが迫る。円の頂点で背面になったアスカがクルリと半回転したと同時に跳ね上がった。
ビルをぎりぎりでかわす。失速アラームがけたたましく鳴った。ミサイルがビルに突っ込んで爆発した。アスカは機体をひねり反転しながら急降下する。
道路に棄ててあった車に乗るように衝突した。アスカに押され車が走り出した。タイヤから黒煙が噴き出しすぐに炎に変わる。アスカが徐々に上昇する。車がアスカから開放されると横転した。飛ぶアスカを追う様に車が転がりながらバラバラになっていく。  

船長が目を開いた。
「ミサイルはどこだ?」
「ビルに当り爆発しました。敵のヘリは強襲型HX−3V、多数のミサイルと機関砲を装備し、機体はレーザー反射シールドで守られています。しかし、最高速度はアスカが上です。ミサイルの爆発を撃墜と誤認している間に離脱しますか?」
「レーザー反射シールドは機体の金属部だけだ。防弾ガラスは光を通す。接近してパイロットを狙え。敵が油断している今がチャンスだ」
「了解。敵機は右後方四千五百メートル。ビルに隠れて接近します」
 アスカが低空のままビル街を飛ぶ。街路樹の梢が翼に当たって吹き飛ぶ。交差点を曲がる。機体が真横になる。
「失速するぞ!」
「姿勢を戻します」
「低い!」
 翼端で街灯を叩き割りながらアスカは進む。
「目標確認。右前方二千メートル。時速六十キロで南東へ移動中」
「どこだ?見えない」
「ビルの隙間から見えました。爆発地点に向かっています」
「こっちの残骸を探しながら、ゆっくり飛んでいる」
「攻撃地点まで八百メートル」
 アスカが上昇して高層ビルに真っ直ぐ向かう。敵機は見えない。高層ビルを飛び越えると目の前にヘリがいた。
「ぶつかるぞっ」
 船長が叫び終わらないうちに二機がすれ違った。
「攻撃完了。パイロット及びコー・パイロットの二名を射殺しました」
 チヒロが反転しながら言った。遠ざかる大型ヘリが見えた。真っ直ぐ飛んでいる。いや、ふらつきだした。機体が傾くとそのまま落ちていく。ビルに激突して機体が割れた。トラックが放り出される。割れた機体が爆発し燃えながら落下していく。
「レッドケーキが誘爆するぞ」
 アスカが急旋回しながら加速した。星を見る男が目を覚まして叫ぶと、また失神した。後方で大爆発が起きビルが崩れ落ちた。蛇を踏んだ女は気絶したままだ。

「敵のデータはどうやって手に入れた?」
「大型ヘリの画像から検索しました」
「チヒロでなければ出来ない芸当だな。必殺技と言ったか?」
「片瀬大佐の必殺技です。上原花音が話していたのを聞きました」
「さすがだ、八百年後の最新型ミサイルさえかわした」
「姿勢制御エンジンを多用して、戦闘機の動きを模倣しました」
 二人が目を開けた。ぼんやりしている。船長が水を持ってきて二人に飲ませる。
「さっきは君に救われた。ありがとう。何を投げたんだ?」
「口紅を投げた」
「口紅?」
「市長の奥さんがくれた。一度も使わないうちに投げてしまった」
「そうか、すまなかったな。高知か宮崎で口紅があるか、聞いてみよう」
 蛇を踏んだ女が嬉しそうに肯いた。星を見る男が言った。
「口紅とは何だ?」
 船長が説明しようとすると、モニタに蛇を踏んだ女の顔が映った。そして、その唇が赤くなった。船長が星を見る男に言った。
「どうだ、ますます美人になっただろう」
「おまえが牛の心臓を食うとこういう顔になる。食い意地の張った顔だ」
 その言葉に船長が笑った。蛇を踏んだ女が星を見る男を睨むと、船長に告げた。
「口紅はいらない」
 
「戦闘で燃料を消費しました。寄航出来るのは高知か宮崎のどちらか一つです。選択して下さい」
「高知までの地図を出してくれ」
「モニタに映します」
「高度一万メートルまで上昇しよう。飛騨山脈を越えたらエンジンを止めて滑空する。高度が下がればエンジン再始動を繰り返す。四国山地を越えれば高知だ。これなら両方行けるだろう」
「良い案です。一部修正してもよろしいですか?」
「言ってくれ」
「いったん室戸岬を目指します。距離はやや長くなりますが、伊吹、六甲、四国の三つの山地と淡路島を避けて、高度の低い関が原、大阪湾、紀伊水道を通ります。一万メートルまで上昇するとジェット気流に流されますが」
「気候は大きく変わった。ジェット気流の位置も変化しているはずだ。様子を見ながら上昇しよう。コースはチヒロ案を採用する」
「了解。高度一万を目指します」


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