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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第87回                第7話 冷凍精子
 エレベーターの表示がカウントダウンのように減っていく。・・・星を見る男がレーザーガンを出した。7、6、5、「懐中電灯を点けろ」。船長の声が静かに響く。4、3、2、1、「開くぞ」
 三つの光が闇の中を走る。野犬は見えない。斜め前方に外の光がうっすらと差し込んでいるのが見える。アスカはその先にいる。
「よし、行くぞ」
 突然、前方から強い光で照らされた。眩しさに足がすくむ。足音が響き渡ると、三人は周囲から幾つもの光に照らされていた。
「動くな。お前達は包囲されている。レーザーガンを捨てろ」
 眩しくて相手の姿が見えないが、少なくとも十人はいるようだ。
「何者だ?」
「出雲シティだ。レーザーガンを捨てて手を上げろ」
「仕方ない、彼等の言う通りにしよう」
「両手を頭の上で組んで外に出ろ」
 明るい場所に出る。船長はアスカのレーザー砲を見た。ピクリとも動かない。状況を察したチヒロは寝た振りをしている。逆転のチャンスがあるかもしれない。
「中に何人残っている?」
「誰もいない」

 船長達を盾にしてアスカへ近づく。 船長の後ろから一人の男が素早くアスカに走り寄った。中の様子をうかがうと合図した。もう一人が走ってアスカに着く。良く訓練された機敏な動きだ。最初に走り寄った男が怒鳴った。
「どうやって開ける?」
 チヒロにも聞こえるように、船長が大きな声で答えた。
「ドアの横に開閉ボタンがある」
さらに一人が走り、開いたタラップの横でレーザーガンを構える。二人が注意深く船内に入る。二台のトラックが走って来た。一台がアスカの横に止まる。二人が船内から戻るとトラックから丸い筒を持ち出した。それを持って再び船内に入る。爆薬を運び込んだのか?船長の顔に緊張が走る。
もう一台のトラックに男達が野犬の死体を積み込み始めた。船長は野犬の悲鳴を思い出した。あの時に気付くべきだった。しばらくすると男が筒を抱えて戻って来た。もう一人が両手に持ったライフルを高々と上げた。男達が歓声をあげてアスカに乗り込み、武器と弾薬をトラックに移した。

いつの間にか、子供がタラップの横にいる。いや、小さな大人だ。その小男が満足げに肯くと、船長達を見て指を動かした。
「もうちょっと、こっちへ来い」
そう言ってタラップに腰掛けた。それは、さきほどから命令していた声だ。この小男がリーダーらしい。見張りに小突かれて船長達が小男に近づく。
「そこで止まれ」
その時、一人が小男に走り寄って何かを告げた。小男は肯くと叫んだ。
「よし、引き上げろ」
小男の命令にトラックが走り去る。二人が残り、少し離れた場所から見張っている。
「何を持ち出した?」
 船長の問いに、小男が薄ら笑いを浮かべた。
「ふっふっふ、何も知らないとはな。初代船長は極秘命令で惑星をイズモと名付けた。お前は信じていないようだが、その証拠を持っていたのは、当のお前だったのさ」
「どういうことだ?」
「天皇陛下の冷凍精子だ。これで判っただろう。アスカは陛下の分身を乗せていた。だから、移住する惑星は陛下にちなみイズモと決まっていたのだ」
「天皇の精子だと?そんな話は聞いたことがない」
「知っていたのは航空宇宙局長と初代船長だけだ。お前が知らないのも当然だ」
「目的は何だ?」
「航空宇宙局長の望みは、惑星イズモにも天皇陛下を立てることだった」
「違うな。航空宇宙局長の目的は金だ。そして口封じに出雲が局長を殺した」
「それは違う。金を出したのは出雲ではない」
「どこが金を出した?」

「もう一つ違うぞ。局長を殺したのは東京マフィアだ」
「東京マフィアが何故、局長を殺す。理由は何だ?」
「それはマフィアに聞け」
「天皇の精子が必要ということは、今いる天皇は偽者だな」
「いいや、本物だ。だが、他のシティはそれを疑っている。陛下が精子をお使いになれば、疑いようのない天皇陛下がお生まれになる」
「精子が本物だという証拠はない」
「冷凍精子には種類があっただろう」
「Aタイプ、Iタイプ、Mタイプ、Rタイプの四つがある」
「Aタイプとは何だ?」
「アスリートだ。強靭な肉体が惑星で必要な時に使う」
「さすがに良く知っているな。あとの三つは?」
「Iタイプはインテリジェンス、頭脳明晰。Mタイプはミューティション、変異体だ。生まれつき免疫力が強い者、毒素の抗体を持っている者などだ。Rタイプは・・・」
 小男が満足気に聞いているのを見て、船長は忘れた振りをする。
「どうした?Rタイプは何だ?」
「・・・ちょっと待て、今思い出す」

 小男がイライラとして待っている。奴は答えを知っている。それを僕に言わせようとしている。何故だ?
「まだか?その小娘の身体に聞いた方が早そうだな」
「待て、思い出した。レコメンディション、推奨タイプだ」
「それは何だ?」
「推奨タイプとは肉体と頭脳のバランスの取れた優秀な人間だ」
「冷凍精子は一回目の移住計画で用意されたんだ。選ばれたのは優秀な人間ばかりだ。同じタイプの冷凍精子は不要だろう」
「では何だ?」
「Rには他の意味もある」
「・・・ロイヤル、天皇陛下か」
「そうだ。これで納得しただろう」
「・・・」
「納得できないか?では、教えてやろう。宮内庁だ」
「宮内庁が金を出してアスカに陛下の精子を積んだ。そういう事か?」
「そうだ。これで精子は本物だと判っただろう」
「惑星の命名権は誰に売った?」
「決めたのは陛下だ」
「幾らで売った?」
「陛下から金を受け取る訳がないだろう」

  船長は他のことを考えていた。小男はアスカに詳しい。航空宇宙局長の極秘情報も知っている。だが、チヒロを知らない。何か方法はないだろうか?
「何を考えている?」
「何故、長野にいると判った?」
「お前のミスだ。我々はアスカ暗号を持っている」
「まさか・・・」。と言いかけて、船長は思い出した。暗号で答えが無かったのはカムチャッカ半島上空だ。北海道にしか電波が届いていなかった時だ。
「鹿児島への通信を傍受して、俺達は長野に先回りしアンテナ・ケーブルを切断した」
「他のシティに知られては困ることがあるからか?」
 小男が鼻先で笑って船長の質問を無視した。それにかまわず船長は別の質問をする。
「長野から何で来た?」
「もうすぐ判る。ふっふっふ」
 小男はこの状況を楽しんでいる。口が軽くなっているはずだ。船長は質問を続ける。
「アスカが着陸してすぐ捕らえることも出来たはずだ。何故、コンピュータを起動させた?」
「俺達も知りたいことがあった。お前に起動させて、そこで捕らえるつもりだった。ところが、お前達はいなかった。上で何をしていた?」
「野犬が散らばるのを待っていた」
「そうかな?お前は十八階から降りて来た。看板が見えるぞ、十勝コンピュータ・システム長野支社」
「レストランの看板も見えるだろう」
「口の減らない奴だ。状況を理解していないようだな」
 そう言いながらも小男は薄ら笑いを浮かべている。船長は話をそらしてみる。
「野犬の死体をどうするつもりだ?」
「良い質問だ。出雲には優秀な細菌がある。だが、こいつはエサにうるさい。俺達はグルメ菌と呼んでいる」
「判ったぞ。死体から石油を作る。その為に他のシティを襲うのか」
「シティの周りには二十四年前の死体が数多くある。出雲ではとっくに使い果たした。俺達は石油の原料を求めている」

 遠くからブルルンという音が聞こえた。それがブーンとバリバリが混じった音に変わっていく。
「出雲の秘密とはヘリか。ローターが二つ・・・タンデム型の大型ヘリだ」
「良い耳をしているな。これを飛ばすのに石油がいる。そしてヘリがあれば、天智天皇のように日本を統一出来る。天皇がクーデターを成功させたのが飛鳥だ。そしてアスカの冷凍精子で我々も日本を統一する。同じ飛鳥というのも妙な縁だな」
「違う。アスカには二つに漢字があるが、飛鳥は空を飛ぶ意味でしかない。重要なのは明日香の方だ。日本人の明日への希望が込められたのがアスカだ」
「飛鳥も明日香も同じことだ。同じ地名に別の漢字を当てただけだ」
「アスカは時空船だ、時間と空間を旅する船だ。時間を象徴するのが明日香なら、飛鳥は空間を示すに過ぎない。出雲シティには時間感覚が無いようだ。日本統一とは時代錯誤もはなはだしい」
「お前の話は録音させてもらった。陛下の精子が本物だという証拠になるだろう」
「都合の良い所だけを編集してか?」
「もうすぐヘリが来る。俺と見張りを回収して石油の原料も三つ積む。出雲の秘密を知ったのが運のつきだな。最後に言い残すことはあるか?」


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