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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第86回                第6話 長野へ
種子島宇宙センターには燃料が多めにあった。チヒロが計算をする。
「燃料を20トン積んで長野に行きます。しかし、熊本へ回る余裕はありません。帰りは直線コースとなり、高知、宮崎、鹿児島に寄航して宇宙センターに戻ります。余った4トンに宇宙センターの残量69トンを補給します」
「消費燃料16トン、予備4トンか。予備燃料25%以上の規定を満たしている。チヒロの飛行計画を了承する。アスカ暗号で鹿児島に発信してくれ。アスカは長野に向かう。コンピュータの起動に成功したら連絡する」
「了解、発信しました」
「また、ここに戻るのか?」
 星を見る男が船長に聞いた。
「そうだ。燃料をたくさん積めばアスカは重くなる。重いと飛ぶのに燃料を余計に使う。だから少ない燃料で長野に行き、ここに戻って満タンにする」
「何故だ?」
「満タンなら惑星イズモに行った後、また地球に戻れるからだ」
「その時はもう燃料がないぞ」
「そうだな・・・何とかするさ」

 船長は思った。大倉局長が中八族だとしたら、惑星イズモの命名は局長自身の意思かもしれない。
「チヒロ、大倉局長が中八族だというデータはあるのか?」
「そのデータはありません」
「局長の死因を知っているか?」
「自殺、または東京マフィアによる他殺という噂です。私の先生から聞いた話です」
「それは僕も聞いた。汚職に関して明らかになった事はないのか?」
「私のデータには事件は含まれていません」
「そうだったな」
「長野に行けばネット・ニュース社にアクセス出来るでしょう。徳寺も検索しますか?」
「彼は犯罪には絡んでいないはずだが」
「先生の推測では、徳寺高弘は東京で漁師をしていました。東京マフィアを強制捜査した時に、間違われて警察に追われたようです」
「彼の叔父は財務省のエリートだった。それが何故、漁師になったんだ?」
「家族面談の盗撮ビデオの中に、治が叔父から魚を受け取る話があります。そこで漁師と推定されました」
「そのビデオと、開かずのメールを見せてくれ」
「了解しました」
 二つのビデオを見終わった船長は両手を頭の後ろで組んで天井を見上げた。徳寺治のイメージが微妙に変化していく。叔父の高弘の人生を想像してみる。
「五分後に長野に到着します」
 チヒロの声に船長は夢から覚めたように飛び起きた。

 駅前広場に着陸する。船内でコートを着ていると星を見る男が叫んだ。
「何か動いた」
「どこだ?」
「あそこだ。建物の陰から何かがこちらを見て、すぐ隠れた」
「チヒロも見たか?」
「いいえ、私のカメラは反対側を向いていました」
「念のためレーザー砲をチヒロ連動にしておこう。我々もレーザーガンを持って行くぞ」
 星を見る男がレーザーガンをポケットに突っ込むと弓を手にした。

広場は何の音もしない、死の世界のようだ。駅の中は真っ暗だ。建物の陰を見るが何もいない。懐中電灯を点けて駅舎へ足を踏み入れる。床には白い物が散乱している。人骨だ。改札口へ向かう船長に星を見る男が囁いた。
「獣の臭いがする」
 船長が懐中電灯で周囲をゆっくりと照らしていく。と、改札口の陰に二つの目が光った。すかさずレーザーガンを構えると「キャン」。と小さく叫んで獣が倒れた。額に矢が刺さっている。
「オオカミだ」
 星を見る男が呟いた。蛇を踏んだ女が肯く。船長は野犬という言葉を口にしなかった。三人で周囲を照らしながら慎重に進む。動かないエスカレーターを幾つも下りていくとプラットホームに着いた。船長が遠くの壁を照らす。
「ホームのどちらかにドアがあるはずだ。見えるか?」
「何も無い」。星を見る男が答えた。
「向こうにある」
 蛇を踏んだ女が反対側を照らしながら言った。

ドアには鍵が掛かっている。船長がレーザーガンの出力を最大にした。
「ロックを焼き切る。見ると目をやられる。後ろを向いてろ」
 船長がレーザーガンを撃つ。バチバチッという音とともに周囲が昼のように照らされる。三人の影が長く伸びる、その中に動く物がいる。
「来たぞ、いっぱいいる」
 星を見る男が後ろを向いたまま言うと、船長が答えた。
「もうすぐ終わる」
 野犬が次々にエスカレーターから下りてくる。そして、じりじりと近づいて来た。星を見る男が弓を左手に持ち替え、レーザーガンをポケットから出した。
「ワン、ワン、ワン」
 吠え声とともに、野犬が一斉に向かって来た。
「開いたぞ、入れ!」
 蛇を踏んだ女が素早く飛び込むと、ドアの先はすぐに階段だ。手すりにつかまって止まった。そこに星を見る男がぶつかる。船長がドアを閉める。すぐにドスン、ドスンと野犬のぶつかる音がした。ガリガリと爪を立ててドアを開けようとしている。
「紐はないか?」
 船長がドアノブを押さえながら叫んだ。蛇を踏んだ女が星を見る男を押しのけると、コートを脱ぐ。船内スーツも脱いで袖を手すりに縛り付けた。もう一方の袖を船長がドアノブに結ぶ。
「よし、行こう」

 階段を下りていくと、また扉がある。船長が再びロックを焼き切る。さらに長い階段を下りると真っ暗な闇が広がっている。懐中電灯で照らすと四角い箱が多数並んでいるのが見えた。
「これがコンピュータだ」
 中央制御室に入ると、船長が棚にずらりと並んだマニュアルから一冊を選んだ。
「なるほど、スターターは燃料電池か」
 船長がレバーを引くとメーターの針がピクッと動いた。それが徐々に上がっていく。メーターを確認すると船長がボタンを押す。グイッ、グイッと小さな音が遠くで聞こえた次の瞬間、ブルンと震えブーンと唸るような音になった。スイッチを入れると中央制御室の照明が点いた。
船長は他のマニュアルを次々と見ていく。時々、メモ用紙に書き込んではマニュアルに挿んでいる。やがて一冊を持って制御盤の前に立つとスイッチを入れていった。別のマニュアルに持ち替えモニタのキーを打つ。
「くそっ」。船長が呟いた。「アンテナの接続が切れている」
 船長が棚に戻り、別のマニュアルを探す。やがて、持っていたマニュアルをパタンと閉じると二人に言った。
「チヒロと接続しよう。これを持って付いて来てくれ」

 船長は二人に一冊ずつマニュアルを渡し、自分も二冊を持って制御室を出た。二人は外の照明が点いているに気付いた。広い内部全体が明るくなっている。エレベーターに乗って地下一階まで上ると、船長がマニュアルを床に置いてレーザーガンを出した。
「オオカミがいるかもしれない。君たちはレーザーガンを構えて後ろに下がれ」
 ドアが開く。何もいないようだ。船長がそっと顔を出して周囲を確認する。遠くで野犬の吠える声が聞こえた。吠え声に悲鳴が混じり始めた。仲間割れでもしたのか?船長は疑問を感じつつも声が遠いことに安堵する。
三人はマニュアルを抱えて歩き出す。船長が立ち止まりマニュアルを開いた。床に置いた一冊を星を見る男が拾い上げる。船長はマニュアルと周囲を見ながら歩き出し、配電盤の前で立ち止まった。スイッチをオン、オフする音だけが廊下に響く。マニュアルを床に放り出すと船長が言った。
「これはもう要らない。次に行くぞ」

別のエレベーターに乗り三十七階に行く。船長が配電盤を開くと、星を見る男が船長の手元を照らす。船長は配線を外すと別の箇所へ付け替えた。そしてブレーカーを下ろした。
「何も起きないぞ」
「今、入れたスイッチは別の場所だ」
船長はそう言うと、マニュアルを床に捨てエレベーターへと歩き出した。手ぶらになった蛇を踏んだ女が、船長から奪うようにしてマニュアルを持つ。十八階まで降りると廊下の照明が点いている。
「さっきのスイッチでここが明るくなったのか」
「いや、ここは地下一階で点けた。さっきのはアンテナだ」
左右のドアを見ながら船長が廊下を進む。

「十勝コンピュータ・システム。ここだ」
中に入るとモニタの乗った机がずらりと並んでいる。その間を船長は進み、奥の部屋に入った。パソコンの電源を入れると、マニュアルを開きモニタをタッチし始める。星を見る男は窓から外を見た。はるか下にアスカが見える。
「向だ。聞こえるか?」
「こちらチヒロ。コンピュータにアクセス開始します」
「バックアップ・コンピュータの非常用発電機は七時間で燃料が切れる。上のビルに電気を回したからだ。長距離用アンテナは使えない。駅前広場用の無線LANで接続している」
星を見る男が手招きする。蛇を踏んだ女が窓に寄ると、星を見る男が身振りで示した。アスカはこの下、だけどチヒロの声はここ、これ不思議。蛇を踏んだ女が声を出さずに笑う。
「ネット・ニュース社がIDとパスワードを要求しています」
「チヒロは持っていないのか?」
「ありません。船長に不正進入の許可を求めます」
「許可する」
「・・・進入に成功しました。これより大倉航空宇宙局長の検索を開始します」
「徳寺高弘と東京の漁師も検索してくれ。出雲の天皇が本物かも知りたい」
「オオカミがいる」
星を見る男の言葉を船長がチヒロに伝える。
「長野には野犬がいる。我々を襲って来た。見つけ次第撃ち殺せ」
「了解しました」
「ヤケン?オオカミではないのか?」
「野犬はオオカミの一種だ」

 隣の応接室で休憩する。星を見る男が力なく呟く。
「腹が減った」
「ここはオフィスだ。食い物は無い。だから荒らされていない」
「オフィスとは何だ?」
「アスカで言えば、コントロール・ルームのようなものだ」
「だから便所もないのか」
「トイレは廊下にある。行くか?」
「小便がしたい」
「私も」
「全員で行こう。トイレを済ませてアスカに戻る」


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