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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第85回                第5話 危険生物
「ホテルの用意が出来ました」
 船長が振り向くと小さな男が立っていた。青白い顔には深いしわが刻まれている。男の案内で地上に出る。白い足跡が鹿児島ロイヤルホテルに向っている。雪混じりの風が冷たい。コートの襟を押さえながら急ぎ足でホテルに入る。ここは真っ暗だ。三階の一部屋だけが電気ストーブで照らされている。
「風呂の水は冷たくて使えません。これはトイレ用の水です。トイレを流したら風呂の水をタンクに入れて下さい。明日の朝、迎えに来るまではストーブは消さないで下さい。飲み水と食事はテーブルの上です」
「この部屋を準備するのは大変だっただろう、ありがとう」
 船長の言葉に小男は初めてニッと笑って出て行った。ストーブは部屋のコンセントではなく黒いケーブルに繋がっている。このケーブルは何十メートルも先から引いてきたのだろう。バスタブに張った水はどこから運んできたのだろう。床を見れば絨緞の中央は焼けてコンクリートが剥き出しだ。天井は煤けている。窓は板で塞いである。星を見る男と蛇を踏んだ女は平然としている。シーツの汚さに驚くが、若い二人に倣って船長もコートを着たままベッドに入る。

 船長は考える。惑星の名は天皇陛下が決めた。それは本当だろうか?中氏家伝は出雲が天皇家を乗っ取った話だ。陛下がそれを信じるはずがない。中氏が命名したなら筋が通る。
今の日本は出雲と独立シティ連合の対立、どちらでもない第三勢力に分かれているようだ。天皇の威厳を振りかざす出雲には同調出来ないが、独立シティ連合の一員である鹿児島の主張も、言葉通りに受け取るべきではないだろう。

 蛇を踏んだ女もベッドで考えていた。地球の人間は確かに鼻が高い。でも、私のように高い鼻の人はいなかった。やはり、私の鼻は不恰好なのだ。私は地球に女に似ている。ただ、それだけだった。中林は私を囮にするために嘘を言ったんだわ。そして、大前は私をからかった。
蛇を踏んだ女はそっとベッドを出ると、風呂場の鏡を覗いた。髪が乱れたままだ。蛇を踏んだ女は赤い櫛を取ると、風呂の水につけ髪を梳かした。もつれた髪に櫛が引っ掛かると、ポキッと折れた。ストーブの赤い光の中で、櫛は赤黒く見えた。蛇を踏んだ女は折れた櫛を、赤暗い闇に投げ捨てた。
すると突然、蛇を踏んだ女は思い出した。以前もこれと同じ事を経験した・・・川の水に誰かの顔が映っている。幼い頃の私だ。こんな醜い鼻、いっそ切って捨てよう。黒い石のナイフを握った手を上げた、その手がいきなり強く叩かれ、ナイフが飛んで川に落ちた。そして後ろから強く抱きしめられた。「ごめんよ、こんな鼻に生んだ母さんを許しておくれ」。娘は呆然として、黒いナイフが暗い水底へ沈んでいくのを見ていた。それが見えなくなると何故か悲しくなって、娘は母の胸に顔を埋めて泣いた。
  
 翌朝、まだ薄暗い時に市長がアスカを調べに来た。 
「ドアを開けろ」
「駄目です。ロックが掛かっています」
「解除ボタンはないのか?」
「開閉ボタンしかありません」
「・・・仕方ないな」
「ドアを壊して入りますか?」
「いや、止めておこう」
「中に武器と弾薬があるはずです。それがあれば宮崎と熊本を占領出来ます」
「武器は欲しい。だが、ドアを壊せば宇宙に行かれなくなる」
「船長に交渉しますか?」
「こちらの持ち駒は何だ?燃料と引き換えにアスカは鹿児島に来た。切り札はもう使ったんだ」
「・・・命と引き換えに」
「恐喝するのか、気が進まんな」
「鹿児島のためです」
「いや、惑星移住計画に参加する方が鹿児島にはベターなはずだ」
「食料と引き換えでは?」
「惑星移住計画に我々は協力する義務がある。武器は要求ではなく要望ということで話をしよう」
「判りました」
「もう船長が起きる頃だ。急いで戻るぞ」

 二時間後、船長がボタンを押すとタラップが開く。指紋認証だったのか、と市長は思った。宇宙センターのキーを船長に渡すと、市長が言った。
「一つお願いがある。アスカに積んである武器を譲って欲しい」
「何故だ?」
「我々は出雲シティと対立している」
「アスカは日本人の総意で作られた。その立場は中立だ。武器は渡せない」
「出雲シティは簡単に他のシティを攻略している。何か強力な武器を持っているのだ。船長が何もしないのは、出雲の優位を助長するだけだ」
 しつこい男だ、船長は話を終わらせようと思った。
「第二回惑星移住計画で生き残ったのは僕だけだ。他はイズモで死んだ。イズモには危険な生物がいる。計画を成功させるには武器が必要だ」
「そうだったのか。判った」
「では出発する。燃料を入れて第三回惑星移住計画を実行に移す。鹿児島、宮崎、熊本の若者を乗せて惑星イズモへ向かう」
「もし、燃料に余裕があれば長野に行ってくれ。バックアップ・コンピュータを起動出来れば、多くの情報が手に入る」
「判った。今後の予定はアスカ暗号で連絡する」

 市長と握手を交わすと、船長はタラップを上がる。続いてタラップに足を掛けた星を見る男の腕を市長が掴んだ。
「イズモの危険な生き物とはどんなやつだ?」
「足が二本、手も二本だ」
 その言葉に市長が戸惑う。「えっ?」。と言ったきり次の言葉が出てこない。星を見る男が市長の腕を振り払って言った。
「お前によく似ている」

 飛び立つとチヒロが侵入を試みた市長達の会話を再生した。
「僕たちをホテルに隔離して武器を奪うつもりだったのか。独立シティ連合の内情が良く判ったな」
 船長の言葉に二人が言った。
「あいつもオオカミだ。俺は地球に住みたくない」
「私も同じです」
 船長が黙って肯いた。チヒロが話題を変えた。
「中江氏の話にアスカと共通する項目がありました」
「チヒロも見ていたのか?」
「電波をキャッチしました。中江氏の八族にアスカの関係者と一致する名がありました」
「局長の名前は大倉だったな。それと徳寺治だな」
「そうです」
「徳寺は珍しい名だ、中八族だったかもしれない」
 星を見る男が話に割り込んだ。
「治と徳寺はつながりがあるのか?」
「徳寺は治の血筋を表わす名だ」
「俺達は浩二の血を継いだ。治は徳寺の血を継いだのか?」
「そうだ。だからお前達にも徳寺の血が流れている」
 星を見る男が力強く肯いた。


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