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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第84回                第4話 辰年の八族祭
 市長の妻が口を開いた。
「中大兄皇子には謎が多い。今までも多くの人物になぞられてきました。なかでも漢皇子は多くの学者が唱えています。葛城皇子別人説も目新しくはない。
しかし、皇極天皇の九州出身説と斎明天皇捏造説は私の記憶にはない。中氏家伝は公表していないのですか?」
「中氏家伝は門外不出だ。大和王朝に利用されないために先祖が決めた」
「歴史を書きかえるのは天皇ではなく、歴史家の時代ですよ」
「どちらも似たようなものだ、自説に都合良く資料を改ざんする」

 中江典翔が話を続ける。
「新嘗祭を始めたのは皇極元年だ。皇極天皇が故郷の祭りを大和に持ち込んだのだ。その起源は出雲王朝の祭りだった」
「古代においてマツリゴトとは政治と祭りの両方を意味しました。故郷の祭りとは、すなわち九州王朝の政治と同じことです。それを大和が許すとは思えません」
「蘇我氏は百済仏教を奉じて神道派の物部氏を滅ぼした。宗教を権力闘争の道具として利用したのだ。勝者が恐れるのは歴史が繰り返すことだ。半島では百済と新羅が対立していた。それは百済仏教と新羅道教という宗教的対立でもあった。
蘇我氏は敵対勢力が新羅の道教と結びつくのを恐れていた。出雲と九州は新羅との縁が深く、畿内にも多くの新羅人が移り住んでいたからだ。
そこで目をつけたのが道教に詳しい高良女王だ。再婚という汚点よりもその知識が重要だったのだ。舒明天皇の妃として天皇大帝の思想をひろめ、皇極天皇に即位すると道教の世界観を表す八角形墳墓を築いた。
これにより道教を信奉する勢力は蘇我氏の敵ではなく傘下になったのだ。無敵となった蘇我氏は細かい事は詮索しなかった。新嘗祭も道教の祭りだと思っただろう」

「仮に新嘗祭が九州の祭りだとしても、その起源が出雲だという根拠があるのですか?」
「出雲王朝の祭りは、神在祭として引き継いできた。中江も八族祭を続けている」
「今でも出雲王朝時代の祭をしているとは信じられません」
「出雲王朝の祭りには初穂を神に捧げ共食する、出雲に集まるという二つの要素があった。出雲を攻めた那珂氏の祭りは、初穂だけになった。新嘗祭もそれを引き継いだ。神在祭は出雲に集まる事を重視している。さらに土地の龍神信仰を取り入れた。
八族祭は辰年に総領家の中江に一族が集まる。身内だけで行うつつましい祭りだが、二千三百年余り続く由緒あるしきたりだ。半分の家系が断絶し四族になってしまったが八族祭は続けていた。しかし、ついに中江のみとなった。その中江も途絶えようとしている」
「八族とは何ですか?」
「八族とは中江の他、鰐淵、清水、大倉、西、泉、中洞、徳寺の八つの家系だ。その始まりは唐、新羅連合軍との戦いだった。大和から出兵を強要されたが、出雲は新羅と交易が続いていた。そこで中氏の名を伏せるために、鰐淵寺、清水寺の読み方を変えて兵士の姓としたのだ。
これが契機となり、中江の分家は寺の名前で呼ぶようになった。大蔵寺の一字を改め大倉とし、西法寺、宝泉寺からは一字を取って姓とした。洞光寺に一族の文字を加え中洞と名乗り、法徳寺の一字を抜いたのが徳寺だ」

「ちょっと待って、やはり変だわ。那珂大兄皇子が葛城天皇を殺したのなら、何故、弟の大海人皇子を生かしておいたのでしょう?」
「大海人皇子は、その名が示すように海人の一族だ。那珂大兄皇子の腹違いの弟であり、高良女王と血は繋がっていない。
皇子は天武天皇に即位すると斎明天皇の業績を訂正し悪政を書き立てた。その孫である大友皇子よりも、自分の方が天皇にふさわしい。壬申の乱の正義は自分にあった、という訳だ。ちなみに天皇の称号を用いたのは天武からだ。出雲から九州王朝へ引き継がれた尊称を大和に持ち込んだのだ」
「・・・」
市長の妻が口を閉ざして考えている。

中江典翔が話し続ける。
「高良女王は初めての息子を故郷に置いて大和に嫁いだ。生まれた男子は舒明天皇の次男だった。その身分は中大兄皇子であり、九州に残した息子は那珂大兄皇子だった。
偶然の一致に高良女王は喜び、葛城皇子という名ではなく中大兄皇子と呼んだ。そして故郷に残した息子を偲んだのだろう。この母の愛が後に大事件を引き起こしたのだ。
  那珂大兄皇子は母の愛を知らずに育った。その運命に対する怒りを、母の元で育った中大兄皇子に向けただろう。さらに中大兄皇子の母である皇極天皇に対して、那珂大兄皇子の母としての斎明天皇を捏造し自らを慰めた」
 黙って聞いていた船長が口を開いた。
「それは歴史ではなく、中江さんの想像だろう」
「すまん、つい夢中になってしまった」
「惑星イズモの名にも、天皇家の由来にも、僕は興味はない」

「それは違うぞ、船長」。出雲市長が叫ぶように言った。「惑星の名を決めたのは天皇陛下にあらせられる。君は陛下の御遺志を冒涜するのか」
「そんな話は聞いていない。船長が決めた名だ」
「それは表向きの話だ。惑星の名は極秘命令に従ってイズモと決まっていた。その証拠は出雲に来れば判る」
「出雲に行くだけの燃料があるか判らない。今は決められない」
「初代の船長は命令に従いイズモと名付けた。二代目の船長である君はその結果を引き受けねばならない」
「うるさい!黙れ。お前の言葉はオオカミだ。このオオカミを消せ」
 突然、星を見る男が叫んだ。鹿児島市長が合図すると係員が電話を切った。


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