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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第82回                第2話 地下都市
雪原の中に高層ビル群が現れた。しかし、動く物は何も見えない。二十キロ先まで飛ぶと目印の赤い旗が見えた。アスカが着陸すると船長が言った。
「この船にチヒロがいることは秘密になっている。チヒロの名を口にするな」
星を見る男と蛇を踏んだ女が肯いた。

迎えに来た二人の若者が小さな建物に案内する。
「作業用エレベーターです。この下は車庫でした」
 そう言いながら二人が蛇を踏んだ女をチラチラと見た。蛇を踏んだ女が見返すと、若者は視線を反らす。蛇を踏んだ女は顔をそむけると自分の鼻にそっと触れた。この星でも・・・いや、違う。彼等も私と同じ鼻だ。
狭いエレベーターの中で蛇を踏んだ女は若者に背を向けた。一人の若者がその背中を目で示すと、もう一人が目を丸くしてみせた。二人は蛇を踏んだ女の美しさに驚いたのだった。
 エレベーターを降りるとユニット・カーがずらりと並んでいる。
「三千人が住む南町です。僕等は単にミナミと呼んでます」
「人が見あたらないが」
「皆、畑に行っています。市長が待ってます。キタへ行きましょう。これに乗ってください」
 木箱が並んでいると見えたのが、乗り物と言われ船長が驚く。
「箱のソリか?」
星を見る男の問いに、若者が戸惑いながら肯いた。星を見る男が木箱に乗り込むと、船長と蛇を踏んだ女が続いた。トロッコが車庫からトンネルに入ると、そこは畑だった。三段の棚に照明が灯っている。
「下から稲、大豆、野菜を育てています。別のトンネルで唐芋や小麦も作っています。大豆の一部を人造肉に加工していますが、めったに口に入らないです」
 そう言って若者が笑う。しばらく進むと人の姿が見えた。こちらに気付くと作業の手を止めて高々と上げた。
「アスカ万歳」「お帰りなさい」
トンネルに歓声が響く。船長が手を上げて応えた。人々が次々に現れた。船長は手を振りながら気づいた。稲の陰で良く見えないが子供が何人も働いている。ミナミには学校も幼稚園らしき物もなかったようだ。だが、シティの未来を考えれば教育は重要だ。

畑の様子が変わった。収穫間近だった稲がここでは苗だ。
「米は年に三回取れるんです。大豆は四回。だから、いつも忙しいです」
 若者の声が歓声でかき消される。船長は手を振りながら子供を見た。船長の笑顔が一瞬凍りつく。子供に髭が生えている。いや、よく見れば大人だ。手足の細い体の小さな大人が何人もいる。一段と明るくなると、そこは駅だった。
「着きました。ここがキタです」
駅のホームも畑だ。大勢の人が拍手で迎える。改札口を抜けた商店街の跡で立ち止まった。それが市長室だった。

「鹿児島にようこそ。市長の根本です」。白髪頭の老人が笑顔で手を差し出した。
「アスカ船長の向です。この二人は・・・」。と言いかけて船長は躊躇したが、他に言いようはない。「星を見る男と蛇を踏んだ女です」
 根本市長は笑顔のまま二人と握手する。
「あちらの星では、名前が長いようですね」
「違う。俺達は長老様に名を貰う前に船に乗った。今のは仮の名だ」
「なるほど、そうでしたか」
「市長、聞きたい事が山ほどある」
「でしょうな、何なりと聞いてください」

市長は淡々と答えた。二十四年前に突然、大寒波が来た。人々は家にこもり配給の食糧で食いつないでいた。誰もがこの年限りの異常気象だと思っていた。一人の気象学者が全地球凍結の可能性を言い出したが、政府は学者を拘束しネットから警告を削除した。一部の市民が警告に従った。地下農場で米やイモの栽培を始めたのだ。その市民だけが生き残った。三十二万人いた鹿児島市民の生き残りは僅か七千人だ。
市長は口を閉ざすと自分の手の平を見つめ、呻くように言った。
「地獄とは人間の想像の産物だろう。だが、事実は時に人間の想像力を超えるものだ」

何があったのだ?そう言い掛けて船長は止めた。そして別の質問をした。
「子供のように体の小さな人大人がいたようだが」
「栄養不足で発育が止まった。食料生産が軌道にのったのは大寒波の四年後だ。その後で子供が出来るようになった。船長を案内して来た若者が最初に生まれた世代だ」
「そうか・・・だが、子供や赤ん坊の姿が見えないが」
「赤ん坊はいないが、子供はいる。付いて来たまえ」
市長室の近くに教室があった。小学生が一クラス、中学生が三クラスだ。船長が怪訝な表情を浮かべると市長を見た。
「高校生は今、畑で働いている。小中学生の授業が終わると高校の授業が始まる」
市長はそれだけ言うと市長室に戻った。
「子供を産める世代に断絶があるのだ。若い大人は見たとおり発育不良で子供は産めない。子供を産める女は食糧難の時代に大人だった女だ。そして三十歳を超えると体力が衰えて、出産に耐えられないのだ。今いる子供は十八歳から十一歳までだ。それより小さな子供はいない。栄養不足の四年間の影響は大きかった。僕が幾つに見えるかね?」
「市長は・・・七十くらいだと思うが」
「五十二歳だ」
「えっ!」
「十八歳の若者は五十人以上いるが、十一歳の子供は十人しかいない。医者も薬も少なくなったからだ。赤ん坊や幼児の半数が死んでしまう。アスカには自動診断ソフトと医薬品の知識があるはずだ。それを我々に教えて欲しい。他にも科学、歴史、地理などあらゆる知識もだ」
「必要な情報を提供しよう。だが、ここにもコンピュータがあるだろう?」

「我々は個人のアルバムでさえ十勝のメイン・コンピュータに記録しダウンロードして見ていた。その方が安価で便利だったからだ。大寒波で我々は十勝から遮断された。シティのコンピュータには何の情報も入っていない。書物は暖を取るために燃やされた。だからアスカの持っている情報は貴重なのだ」
「十勝との通信を回復出来ないのか?」
「メイン・コンピュータは破壊されたようだ。十勝でも暴動が発生して首相と天皇御一家はヘリで脱出した。そのヘリも暴徒の攻撃で墜落し全員死亡した。だから出雲にいる天皇は偽者だ」
「十勝に行けば出雲の秘密が判る、と釧路が言っていたが」
「釧路シティは望みのない希望を述べたのだ。十勝のメイン・コンピュータが生きている可能性は低い。だが、バックアップ・システムがある。長野の地下深く、以前は核シェルターだった所だ。そこは破壊を免れたはずだ」
「長野にアクセス出来ないのか?」
「長野には核融合炉がない。バックアップ・システムは停止しているが、非常発電装置で八時間は動く。必要なデータを引き出すには充分な時間だ。長距離送信用アンテナも設置してある。発電装置の燃料はアルゴンガスで封入されている。変質はしていないはずだ」
「詳しいな」
「そこで働いていた男から直接聞いた」
「独立シティ連合とは何だ?」
「我々は各シティが独立した国家都市と考えている。首都であった十勝は壊滅し、首相も天皇陛下もいない。日本という国家はもはや理念の上で成立しているだけだ。我々は各シティの権利を尊重する。シティは他のシティを攻撃はおろか干渉することも非であると考える。
しかし、出雲は日本全土を支配しようとしている。その野望に偽の天皇を利用しているのだ。不思議なのは出雲の行動だ。地上は雪で覆われ、リニア・ユニット・カーの軌道だったトンネルが唯一のシティを結ぶ道なのだ。当然、トンネルは警戒体制が敷かれている。しかし、出雲は警戒を破って突然に現れるらしい。出雲には何か秘密がある」

「市長!」一人の男が部屋の入り口で叫んだ。「出雲から電話です。アスカの船長と話がしたいそうです」
市長に続いて部屋を出ると、隣の通信室のモニタに出雲の谷市長が映っていた。
「無事に着陸したようだな。まずは、おめでとう。燃料を補給したら出雲に来ないかね?」
「燃料はまだ入れていない」
「ところで船長は古代史には詳しいかね?」
「歴史は専門外だ」
「それは残念だな。出雲と天皇陛下との係わりを聞けば、惑星の名がイズモである理由が判るだろう」
 鹿児島市長が通信室の係員に小声で指示をした。係員が部屋を出ると、すぐに老婆を連れて戻って来た。市長が小さな声で船長に告げた。
「僕の家内だ。大寒波が来る前は高校教師だった。大学での専攻は古代史だ」
 船長は老婆を見た。白く長い髪を後ろで結っている。市長の妻なら本当は五十歳くらいなのだろうか。船長の目礼に軽く肯くその目は意外と若々しい。
「古代史に詳しい人物が来た。話を始めてくれ」


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