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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第81回   第6部 3012年      第1話 全球凍結
コントロール・ルームで船長は報告書を書く。中林少尉が死亡したところで船長は目を閉じ両手を組んだ。避難所でそれを知った時、船長は思った。

アスカが留まっているのは僕と中林を地球に帰すためだ。僕も死んだならチヒロは発進するだろう。そうすれば村人は全員助かる。中林の墓を掘ると言って大前と二人で村へ行く。大前にだけ理由を教えると僕はアスカへ突進する。
ところがシェークに待たされた。さらにケネディとナポレオンも付いて来た。大前だけなら突き飛ばしてでも決行出来る。僕は村まで歩きながら思案した。黙って行くしかない、理由は翌日になれば判るだろう。
鬼族の話を聞いていると、薄暗くなり始めていた。僕は時期を逸したのに気付いた。赤外線センサーで個人の特定は出来ない。チヒロは僕の死に気づかない、それでは犬死だ。アスカへの突進は中止と決めた。すると急に膝が震えだした。死ぬことが恐ろしくなった。鬼族の覚悟を聞き、僕は気付いた。僕は理由をつけては死ぬのを先延ししていた。

「船長、報告書が途中ですが」
「ああ、チヒロ。考え事をしていた。続きは後にする。二人はどうしている?」
「星を見る男から、星の位置関係が変化している理由を聞かれました」
「何と答えた?」
「星が三次元空間にある事とワープ航法を教えました」
「質問攻めになっただろう」
「いいえ、質問は一つだけでした」
「ほう、何を聞いた?」
「俺が乗っているのは光のソリか?と聞きました」
「はっはは、判っているではないか」
「はい」
「二人の知能は高いようだ。そして暇を持て余している。文字を教えたらどうだろう?」
「あと十日で地球に到着します。字を覚えるには時間が足りないでしょう」
「そうか。では数学が良いだろう。資料の中に教材はあるか?」
「ちょうど良いのがあります。英才教育ビデオです」
「いや、もっと簡単な方が・・・」
「三歳からの算数です」
「はっはは、それが良さそうだ」

 最後のワープが終わった。窓から白く輝く星が見える。
「地球は何故白い?」
「反射率を測定します」
「何故雲が増えたのだろう?」
「アルベドの計算結果が出ました。0.82です。これは雪と氷の反射率です」
「なにっ!」
「地球は全球凍結しています」
「402年の間に何が起こったのだ」

周回軌道に乗るとチヒロはレーダー観測の結果をモニタに重ねた。真っ白い画面に陸と海の境界が黒い線で表示される。
「現在、カムチャッカ半島上空を通過中、まもなく日本が見えます」
「これが日本か・・・」
 船長は呆然とモニタを見つめた。逆さになった北海道の形が黒い線で浮かび上がる。
「交信を試みましたが応答がありません」
「日本は滅んだのか・・・」
「核融合炉の廃熱と思われる熱反応があります。モニタに映します」
 北海道に三つの赤い点が見えた。
「札幌、釧路、函館だ。十勝にはない。暗号ではなく平文で、いや、僕が直接問いかける」
 船長は姿勢を正すと言った。
「こちら時空船アスカ、惑星イズモから帰還した。札幌、釧路、函館、聞こえるか?応答せよ」
 しばらくするとスピーカーから弾んだ声が流れた。
「こちらは小樽シティ、アスカの帰還を祝福する」
「小樽だと、札幌はどうした?」
「札幌は滅びました。十勝も」
「札幌には三百万、十勝には二百万人が住んでいたはずだ」
「生き残ったのは二十万人です」
「札幌と十勝を合わせてか?」
「いいえ、日本全体です」
「・・・」
 船長は言葉を失って立ちすくんだ。
「他のシティからも次々と連絡が入っています。船長の応答を待っています」
 チヒロの声に船長は我に返った。
「燃料はないか?燃料のあるシティはどこだ?」
「こちら青森シティです。お帰りなさいアスカ。残念だけど燃料はありません」
「秋田シティだ。燃料は無い」
「こちら釧路シティ、燃料は無いが着陸を要請する。出雲の秘密を解く鍵は十勝にあるはずだ。十勝に近い釧路を・・・」
「釧路シティとの交信可能距離を越えました。小樽シティも交信不能。新たに映像が届きました。こちらからも映像で応えます」

 モニタに若い女が映る。美しい顔立ちだが左頬から首にかけて、火傷の跡だろうか赤くただれている。その半面を隠そうともせず、正面を見据える女に不思議な威厳がある。
「アスカの帰りを待っておりました」。それだけ言うと黙ってこちらを見ている。と、カメラが引いた。女の横に立っている痩せた初老の男が映った。
「私は出雲市長の谷だ。こちらは天皇陛下にあらせられるぞ」
 その言葉に船長は直立して踵を合わせ敬礼した。
「アスカ船長、向大尉。ただ今帰還しました」
「惑星イズモの様子を陛下に報告したまえ」
「はっ、イズモには人間が住んでおりました。第一回惑星移住計画の徳寺治と上原花音はイズモに到着し子孫を残しました。さらに現地人と交配し二百人以上の人間が、いえ日本人が住んでいます。この二人はその子孫です」
「なんと!驚くべきことだ。宇宙人との子孫とは。しかも日本人そっくりではないか」
「そなた達が日本人ならば、惑星イズモにも天皇がおるであろう」
 二人に代わって船長が陛下に答える。
「まだそこまで文明は発展しておりません」
「冷凍精子を使わなんだか?」
 質問の意味が判らず船長は困惑した。すかさず、市長が話に割って入ってきた。
「船長、君は何故、惑星の名がイズモなのか知っているのかね?」
「雲が多かったからと聞いております」
「違う。イズモの名は最初から決まっておったのだ。何故なら日本は出雲から始まり天皇家と関わりの深い地だ。新天地にふさわしい名はイズモをおいて他に無い。そして天皇陛下が今は出雲におられる。アスカが出雲に着陸するのは・・・」

 突然、画像が乱れると別の声が叫んだ。
「だまされるな。出雲にいる天皇は偽者だ」
「馬鹿なことを言いおって、横浜シティだな」
 画像は乱れたまま声だけが届く。
「岡山シティです。日本は天皇陛下のもとで一つになるべきです。出雲へ着陸して下さい」
「鳥取シティは横浜シティに抗議する。偽者と決め付ける証拠はあるのか」
「敦賀シティです。天皇が本物だという証拠はありません」
「鹿児島シティ。燃料があります、鹿児島への着陸を要請します」
「出雲にも燃料がある。陛下のおられる出雲へ着陸せよ。向船長、これは命令だ」
「こちら熊本シティ。独立シティ連合の一員として鹿児島への着陸を希望します」
「独立シティ連合とは何だ?」
「そんな連合はない。出雲が日本の首都だ。陛下が・・・」

「本船は台湾上空を飛行中、出雲シティとの交信可能地点を越えました。他のシティとの通信可能時間もあと僅かです」
「鹿児島に聞く。燃料は本当にあるのか?」
「種子島宇宙センターを管理しているのは鹿児島です」
「教えてくれ。何時から日本は、地球は凍ってしまったのだ?」
「二十四年前です。多くの街が滅びました」
「残ったシティは幾つある?」
「三十一です。しかし、出雲に攻められたシティは三つ。独立シティ連合は五つだけになりました」
「出雲と君達は戦っているのか?」
「出雲は危険です。他のシティを攻め勢力を拡大して・・・」
 
 台湾には三つの赤い点があった。しかし、他の東南アジアの島々に赤い点はない。やがてモニタは真っ白になった。
「今、どこを飛んでいる?」
「インド洋を通り南極圏に向かっています」
 やがてアスカは日本の反対側のブラジルを通過した。海岸に六つの赤い点がある。アメリカ東海岸には二十近くもある。
「生存者はトンネルに住んでいるのでしょう。シティはリニア・ユニット・カーが通っていた都市だけにあります」
「何故、海岸にしかないのだ?」
「核融合炉の燃料は重水素です。それは海水から抽出されます」
「燃料が無ければ何も出来ない。種子島宇宙センターに近い鹿児島に着陸しよう」


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