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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第80回                第19話 美貴の歌
その夜、星を見る男が船長の所へ来た。
「向よ、俺を連れて行ってくれ。俺は治と花音の故郷だという地球を見てみたい」
「チャップリンが許すなら僕はかまわない。しかし、お前はまだ新しい名を貰っていない。明日、チャップリンの許しと共に新しい名を貰え」
「新しい名は欲しい。だが、長老様がいない」
「チャップリンを長老にすれば良いだろう」
「新しい長老様が決まるのは春になって牛が戻った後だ。儀式には牛の血がいる」

そこに蛇を踏んだ女が現れた。
「私をこの船に乗せて中林の生まれた星へ連れて行って下さい」
 星を見る男が言った。
「赤い櫛は奴等が川に捨てた。何故、お前の髪に挿してある?」
 蛇を踏んだ女は星を見る男を無視して船長に向かって答えた。
「これは中林に貰いました。その時、中林は地球という星の話をしました。そこでは私のような女が美しいと聞きました。美しい女の証だと言って、中林が私に櫛をくれたのです」
船長が肯くと、星を見る男が言った。
「中林を弔ってやれ」
「私は中林の女ではない」
「他に中林を弔う女はいない。お前が美貴の歌を歌ってやれ」
蛇を踏んだ女が高い澄んだ声で歌いだした。星を見る男が合いの手に弓を鳴らす。その旋律に船長は聞き覚えがあった。小さい頃から何度も聞いた歌だ。もの悲しいがどこか懐かしい曲、これはグリーン・スリーブスだ。

「夜空を切り裂いて サイレンが響く
必ず戻るよ あなたはベッドを出た
雪降る窓に あなたの名を書く
指先伝うしずく 私のほほ濡らす

黒い服で進む 丘に並ぶ墓標
あなたの名を探し ひざまずき祈る
心まで凍てつき 望み失せた私
雪割り草のつぼみ 見て立ち上がれたの

きらめく星降る夜 天の川のほとり
明るく光る星が きっとあなたなのね
どうすれば良いの 一人生きてゆくの
お願いまたたいて 私を導いてよ」

 歌い終わると蛇を踏んだ女が涙をぬぐった。船長は片瀬大佐の自戦記のエピソードを思い出した。若くして死んだパイロットの妻が書いた手紙、それを基にして作られた歌があった。千歳航空隊の関係者だけが知っていた歌、戦争が終わると忘れられた歌だ。
「片瀬大佐が花音に伝えた歌だ」
「花音は治と共に死んだ。だから花音の歌ではない」
「夫が死んだ時に美貴が歌った。そう伝わっている」
 船長が肯いた。地球で忘れられた歌が、遥か離れたイズモで歌い継がれてきたのだ。そして数百年を過ぎて地球に戻ろうとしている。 
「私は幼い頃から笑われて育ちました。私は同じ顔の人達の中で暮したいと思います」
「お前の言うことはもっともだ。チャップリンの許しを貰えば船に乗せてやろう」

 翌朝、蛇を踏んだ女が川で顔を洗っていると大前が近寄って来た。
「船長から聞いた、お前は地球へ行くのか?」
「チャップリンの許しがあれば」
「行くのを止めないか。俺は・・・俺は最初にお前を見た時から好きだった。俺と結婚してくれ」
「今更、何を言う。私はすでに船長に言った」
 そう言うと蛇を踏んだ女は大前に背を向け、振り返りもせずに歩み去った。

大前は諦めきれずに船長へ相談に行った。
「何故か彼女は怒って、俺の話を聞こうとしない。船長から説得してくれないか」
 考え込んでから船長が答えた。
「ここの人間が約束を破ったことがあったか?」
「いや、無い」
「今日、言ったことを明日になって翻すことは?」
「それも無い。真面目な連中だ」
「彼等は、言った事は訂正出来ないと考えている節がある。彼女は結婚が嫌なのではなく、すでに言葉に出した地球行きを止めろ、それに怒ったのではないか?」
「まさか。何で言ったことを訂正出来ないのだ」
「僕達は夜襲を掛け大江組を殺した。それを訂正出来るか?」
「それは不可能だ、タイムマシンがあれば別だが」
「彼等にしてみれば、それと同じなのだ。行った事、言った事。その事は変えられないと思っている」
「そうなのか?だとしたら、俺は馬鹿なことを言った。俺は彼女に謝らねば」
「もう良い。何も言うな。言っても理解出来ないはずだ。互いに不愉快になるだけだ」
「いや、俺は・・・」

船長が片手を挙げて大前の言葉を遮ると静かに言った。
「大前さんは彼女に地球の女の幻を見ている。だが、彼女は惑星イズモの女だ。一緒に暮らせば地球の女との違いばかりが目に付くだろう。大前さん、ここに残って結婚するなら、イズモらしい女にしろ。その方がイズモの暮らしに早く慣れる」
 大前が頭をかきむしると空を仰いだ。それから両手を操作パネルに置いてうつむいた。そのまま一分ほどが過ぎた。
「判った。あんたの言う通りだ」
 大前はそう言うと、チヒロの非常停止ボタンを解除した。振り返ると船長に言った。
「ありがとう。船長も元気でな。無事に地球に帰ってくれ」
大前がコントロール・ルームから出るとチヒロが船長に言った。
「非常停止ボタンは無効になっています。大前は何故、無意味な事を行ったのでしょう?」
「僕達の安全を祈願したんだ。ボタンが本来の位置に戻るように、アスカは地球に戻る。非論理的だが無意味ではないと思う」
「了解しました」

 チャップリンは考えた。星を見る男は弓上手で賢い。健太の一族を探し当てたのも彼だからこそだ。蛇を踏んだ女も失うには惜しい。亡くなった長老様のお気に入りだった、良く気が付く賢い娘だ。二人とも向や大前のように賢い。そう考えて気付いた。二人の若者の顔を改めて見る。
「俺達には大前という仲間が増えた。そして向は仲間がいなくなった。星を見る男と蛇を踏んだ女は、向の住む星に行きたがっている。向よ、二人の若者をお前の仲間にしてやってくれ」
「チャップリンよ、お前の心は今日の空のように広く澄んでいる。戦いで大勢が死に傷ついた。そして冬の村に向かうにも人手がいる。しかし、お前は二人の若者の望みをかなえた。二人に代わって感謝する」
 船長の言葉に、星を見る男が弓を胸の前に持ってくるとチャップリンに向かって掲げた。蛇を踏んだ女は槍を胸の前に立てると、膝を曲げてお辞儀をした。チャップリンが弓を高く上げ二人に応えた。
「向よ、最後に俺達の願いを聞いてくれ。俺達は大岩よりも大きなソリが空を飛ぶのを見たい」
「判った。すぐに出発しよう。危ないから離れてくれ」

 アスカが爆音と共に炎を上げると、チャップリン達は驚いて地面に座り込んだ。離陸したアスカは頭上で旋回すると翼を振って北へ向かい、すぐに見えなくなった。皆が座り込んだまま、呆然と北の空を見ていた。一人、立ったままの大前が言った。
「さあ、南に行こう」


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