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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第78回                第17話 夜襲
 ライトは避難所に戻ると鬼族の言葉を伝えた。すると星を見る男がチャップリンに言った。
「俺も連れて行ってくれ。バランという若者に伝える言葉がある」
 チャップリンは肯くとプラトンと三人で鬼族のいる林へ向かった。途中で船長達に会うとベートーベンの傷の具合を見た。そして中林の墓の前で弦を鳴らした。ベートーベンが歩けないので会見はここですると決めた。ゴッホが鬼族を呼びに行った。しばらくして七人の青い鬼達が現れる。船長と大前は鬼族を見て驚いた。これは昔話の鬼にそっくりではないか。

「俺の名はチャップリン。治と花音の息子、浩二の血を継ぐ者だ」
「俺の名はブフト。浩二に育てられた一族の者だ。我等も戦いに参加する」
 プラトンがブフトに言った。
「よくこの場所が判ったな」
「我等は太陽が雲に隠れていても何処にあるか判る。北を知るのはたやすい事だ」
 ブフトはそう言うと片手を開いた。
「これを見ろ。我等は指をサシタ」
 他の六人の鬼もいっせいに片手を開く。見れば全員の小指が切り落とされている。
「どういうことだ。何故、指を落とした?」
「指をサシタ三十年後にはカイカ」
 プラトンがチャップリンと顔を合わせた。二人ともブブトの言葉の意味が判らない。沈黙が続く。

星を見る男はバランに気付いた。バランが星を見る男に肯く。星を見る男は思い切って口を開いた。
「バランよ、俺は言葉を預かっている。キノラが三十年待つと言った」
「おお、そうか。これで僕は心置きなく光の矢の餌食になれるぞ」
 チャップリンが言った。
「お前達は光の矢にやられる為に来たというのか?それは駄目だ」
 ブフトがもう一度、指を見せて言った。
「我等は十二人で村を出た。五人の死を無駄にしろと言うのか」
「なんと、五人も死んだとは何故だ?」
「ここに来るまでに三つの川があった。川を越えるには橋がいる。五人の身体を橋にして我等はここへ来た。心配するな、彼等も指をサシタ」
「お前達は足が濡れると死ぬ。それを知りながら川に身を横たえたのか」
「そうだ。戦いに間に合わせるには他に方法はなかった」
「何ということだ」
「光の矢の餌食になるとはどういう事だ?」
「我等は浩二の一族の盾となる。それが我等の戦い方だ」
「俺達は・・・そんな盾は使いたくない」
「僕達の心配はしないでくれ。キノラは三十年待つと言ってくれた。三十年経てばカイカ。だから死ぬのはへっちゃらさ」

 鬼族の言葉が判らない。指をサシタ、カイカ。それはどういう事だ?沈黙を破ったのはシェークだった。
「そこまで言うのなら彼等の言葉に従おう。俺達は明日には全滅するかもしれない、それでも戦う。彼等と似たようなものだ。彼等の心意気を汲もうではないか」
「しかし、どうやって盾にするのだ。川原には石を積んだ。それとも崖の上か?」
 それまで口を閉ざしていた船長が言った。
「明日の戦いはこっちが不利だ。いっそ夜襲をかけよう。彼等を盾にして進み最後はいっせいに突進する。何人かが船に辿り着く。そこで船に忍び込み寝込みを襲うのだ」
「それは良い考えだ。だが、どうやって中に入るのだ?」
「船にはチヒロという名の人間に似たモノがいる。チヒロ、非常口を開けろと言えば、船の後ろが開き階段が降りてくる。生き残りが少なければチヒロに飛べと命じる。そうすれば奴等を乗せたままアスカはこの星を去る」

 チャップリンが力強く肯いた。
「向の言葉に従おう。俺達が全滅したら、残された者は心が乱れるだろう。戦いを続けるには心の強い者が必要だ。プラトンよ、お前は残れ」
 プラトンは不満げに何か言いかけたが黙って肯くと、勇者のこん棒をチャップリンに渡した。プラトンとベートーベンを除く九人が鬼族と共に進むと決まった。

 大前は鬼族のことを考えた。鬼と名付けたのは治や花音のはずだ。だが、鬼が生まれたのは二人が死んだ後だ。考えがまとまらないうちに船長が来た。黒い石のナイフを大前に渡して言った。
「これで奴等の寝首を掻く。良く切れるぞ」
 ナイフを手にして大前は自分が平静なのに気付く。以前なら人を殺すことは考えられなかった。今は違う。中林を殺され、仲間を殺され、自分を騙した連中だ。もしも、俺がアスカに辿り着いたら、仇を取るんだ。奴等の口を押さえて頚動脈を切り裂く。
それを想像すると大前は急に恐ろしくなった。駄目だ、俺は軍人でも狩人でもない。それでもナイフをしっかり持って大前は戦列に加わった。

 七人の鬼族が縦に並んだ。その後ろに決死隊の九人が続く。船長が指示を出す。
「列を崩すな、一列になって進め。光の槍で先頭が撃たれたら地面に伏せろ。光の槍は敵がいないと思い、ぐるっと一回りする。その間に先に進むんだ。
最後の鬼族が倒れたら、いっせいに突進する。声は出すな。誰が倒れても手を貸すな。ひたすら走れ。アスカに辿り着いたら光の槍は飛んでこない。生き残った人数で突入か発進かを決めよう」
 チャップリンが勇者のこん棒を高く掲げた。
「俺達はシマウマにように走り、オオカミのように奴等を引き裂くのだ」
 男達が黒い石のナイフを高々と上げた。チャップリンが勇者のこん棒をアスカへ向けた。
「出発だ。鬼族に合わせてゆっくり進め」

 星明りの下に微かにアスカの影が見える。十六人が一列になって静かに進む。暗くて距離が判らない。今にもレーザー砲が飛んできそうだが、見えるのは前を歩く者の黒い背中だけだ。
ゆっくりと歩く足が震える。「ワァー」。と叫んで駆け出したい気持ちを抑える。かなり歩いたはずだがレーザーは飛んでこない。大前がふと気付いた。小さな声で前を歩く船長に言った。
「鬼族は植物だ。指をサシタのは挿し木のことだ、三十年後に花が咲く。植物なら赤外線に反応しないだろう」
「信じられん、歩く植物、話す植物がいるのか?」
「ここは地球ではない。変わった生き物がいても不思議ではない」
「赤外線に反応しないのは確かなようだ。チャップリン、聞こえるか。鬼族に伝えろ。横に並んで壁を作れ」
「聞こえた。伝える」

 三人と四人で二重に鬼族の壁が作られた。その後ろに九人が隠れアスカに辿り着く。船長が小さな声で言う。
「チヒロ、向だ。判るか?」
 尾翼の航空灯が一回だけ点灯した。
「中の奴等は全員、眠っているか?」
 点灯は一回、イエスだ。
「奴等の居場所を知りたい。男子居住室に何人いる?」
 航空灯が二回点滅した。
「女子居住室は?」
 点滅は四回だ。
「残りの一人は食堂か?」
 航空灯が素早く二回点滅した。
「コントロール・ルームか?」
 一回点灯した。
「非常口を開けてくれ。船内の非常灯を薄暗く点灯してくれ。中で合図したら普通の明るさにするんだ」

 船長に続いて男達が非常口を上がる。居住室の扉がうっすらと見える。船長が右の扉を指差すと二本の指を立てた。チャップリンが静かに扉を開き二人の男を中に入れた。左の扉には四人だ。二人で先へ進む。コントロール・ルームの椅子から黒く丸い物が出ている。チャップリンが音を立てずに近寄ると椅子を覗き込んだ。そして、こん棒を振り上げた。

「チヒロ、灯りを」。船長がささやくと非常灯がパット明るくなった。椅子から出ていたのが頭だと船長からも見えた。その瞬間、チャップリンがこん棒を振り下ろす。ガツッと頭蓋骨の砕ける音がした。後ろの居住室からは、「うっ」。という声が微かに洩れた。続いて仲間の声が船内に響いた。「二人片付けた」「四人殺したぞ」
 大前は外で待っていた。アスカの灯りが全て点き、窓の外を明々と照らした。タラップが開くと船長が姿を現した。
「全員殺したぞ。プラトン、こっちへ来い。大丈夫だ、光の槍を止めた」

大前はタラップを駆け上った。船の中は眩しく一瞬目を閉じた。すると生々しい臭いに気付いた。目を開くと居住室は血の海だ。大前は思わず目を逸らした。七つの死体を運び出すと鬼族が死体の一つを指差した。
「小指が無い。こいつも指をサシタのか?」
「違う、こいつは悪い事をした。それで小指を落とされたのだ」。と、大前が笑って答えた。鬼族が顔を見合わせて怪訝な表情を浮かべた。


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