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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第77回                第16話 中林の死
中林は木陰から六人の後ろ姿を見た。ライフルを持っていない。あの煙を山火事だと思っているのだろう。中林は窪地に身を潜めた。そこから道は見えないが、仲間の一人が見える。彼が何人戻ったかを中林に教える。三人以上なら中林はそのまま身を伏せている。燃え残った壁の後ろに一人、斜面の木の陰に一人、橋の下に一人が隠れる。
中林は窪地に仰向けに寝転んだ。六人が戻るなら二時間後だ。奴等は油断している、おそらく一人も戻らないだろう。緊張が解けていく。空を見上げると女の顔に見える雲がある。女の髪に赤い櫛をさすと、蛇を踏んだ女となった。その櫛が輝いた。太陽が顔を出したのだ。
最初の計画では自分はこの星に住む。地球には戻らないはずだった。それで良いではないか。四百年後の日本に戻っても仕方ないだろう。中林は時計を見る、二時間経った。
「来たぞ」
仲間の声に緊張が走る。仲間が握り拳の親指を立てた。その意味に迷う。OK?一人?中林の耳に足音が響いた。敵が走ってくる、一人だ。足音が通り過ぎると同時に跳ね起きる。男の背中に矢を射った。男が倒れた。その直後、中林は背中に軽い衝撃を感じた。息が詰まる。何だ?と思った次の瞬間レーザービームが中林の頭を貫通した。

 先頭の一人が男に弓でやられた。後ろの五人が一斉にレーザーガンを撃った。周りを警戒する。人が隠れていそうな所を乱射する。死体を足で裏返すと中林だ。「くそっ、あいつらに付いたって訳か。船長と大前も一緒だな。他にもいるかもしれねぇ。撃って、撃って、撃ちまくれ」

 洞窟の前に男達が集まった。大前も崖から降りる。
「大江組はライフルとレッド・ケーキを取りに戻ったんだ」
「それは何だ?」
「牛や家を粉々にする槍と岩を砕く赤い石だ」
「今のうちに女と子供を避難させよう」
「女と子供は川を渡って山の陰に隠れ、戦いの間に南に逃げるのだ」
「女、子供の足は遅い。逃げ切れないぞ」
「わし等も戦うぞ」
 レンゲの声に男達が振り返った。
「お前は駄目だ。言葉を伝える者は死んではならない」
「娘のレンゲが覚えた。わしの役目は終わった」
「治と花音の血を継ぐ私達にオオカミの血を加えていけません。それよりは戦って死ぬ方を望みます」
 蛇を踏んだ女の声に周囲の女達が肯いた。いつの間にか女達は槍を手にしている。

「全員で戦おう」。チャップリンがそう言って弓を高々と上げた。
「戦えない女と子供は洞窟の奥に隠れろ。俺達がやられてオオカミが入ってきたら薪に火をつけろ。少年は全員崖に登って石を投げろ」
 他の男達も次々に言う。
「流木の陰は駄目だ。村の家が砕けたように流木は砕ける。岩の陰に隠れろ」
「岩から身を出してから弓を引いては駄目だ。岩の陰で弓を引いておく、岩から頭だけ出して素早く射ろ」 
「今のうちに石を積んで隠れ場所を作ろう」
 船長が大きな声で叫んだ。
「赤い石を投げさせるな。赤い石を持った男を集中して狙え」
 それを聞いてシェークがチャップリンに言った。
「崖の上にも弓を持った男をおこう」
 チャップリンが肯くと、皆の顔を見回しながら言った。
「蔦を上げてしまえば崖の上は安全だ。上に登るのは健太の一族だ。娘のレンゲと他の少女も登らせよう。もし、俺達が全滅したら少年と少女を南の村に連れて行ってくれ。浩二の血を絶やさないためだ」
 プラトンが四人の若者を指名すると、チャップリンが言った。
「八人全員で登れ」
「いや、俺達はここで良い。下の方が奴等の心臓を狙いやすい」。そう答えてプラトンが笑った。
 横で聞いていた大前が川原の流木を指差した。
「あれを崖の上に置くんだ。毛皮を着せて棒を縛り付ける。下から見れば弓を構えているように見える」
「良い考えだ。一つより三つか四つあると良い」
「判った。流木を切って作ろう」
 避難所はにわかに忙しくなった。四人の若者が崖に登り、少女や流木を引き上げる。蔦を一本増やして石を上げる。
 
 崖の上の少年が一人戻って来ると叫んだ。一人と聞いて船長とチャップリンが、大岩を降りて見に行く。戻って来たのはマクベスだ、毛皮を着ていない。裸で走りついたマクベスは二人を手で制すると川の水を一口飲んだ。息を整えると一気に話した。
「中林が死んだ。ベートーベンは足をやられた、血がたくさん出て俺の毛皮で足を縛ってきた。すぐに薬草を持っていかないと死ぬ。ライトは探したが見つからない、死んだかもしれない」
「どういう事だ。六人なら中止のはずだ。見つかったのか?」
「俺は中林に六人と知らせた。それなのに中林は隠れ場所から飛び出して一人殺した。残りの五人がすぐに中林を殺した。そして光の矢を撃ちまくった。光の矢が壁を突き抜けてベートーベンの足に当たった。
俺は川に入った。草の間から目と鼻だけ出して隠れた。ライトは橋の下に隠れていた。奴等は橋を渡る時に光の矢を橋の下に撃った。奴等が行ってから俺は橋の下を探したがライトはいなかった。それからベートーベンの傷を見た。足を毛皮で縛って薬草を取りに走って来た」

 三人の周りに男達が集まっていた。ゴッホとショパンが薬草を持って村へ走った。
「どうしてだ、どうして中林は六人なのに飛び出したんだ?」
「判らない。俺はこうやって六人だと知らせた」
 マクベスが握り拳から指を一本突き出した。それを見て船長はがっくりと肩を落とすと座り込んで頭を抱えた。大前が船長の肩に手を置いて男達に言った。
「俺達の種族では、それは六という意味ではない。大丈夫とか、それで良しという意味だ」
「何という事だ、俺達はこれが六だ」
「親指を見て中林は一人だと思ったのだろう」
「六人の中の一人だけが走り出した。その足音で中林は飛び出した」
「くそっ、ちゃんと打ち合わせておけば」。船長が地面を叩いた。
「中林は一人殺した。立派に戦って死んだ。勇者、中林の死を弔らおう」
 チャップリンはそう言うと、弓の弦を弾いてブルンと音をたてた。他の男達も次々にブルンと弦を弾く。船長が立ち上がると見張りの少年に叫んだ。
「奴等はどうしている?」
「ソリの近くにいる。一人が何かしている。こうだ」。と、言うと少年が上半身をゆっくり上下に動かした。船長がそれを見て言った。
「死んだ男の墓を掘っている。今日はもう襲って来ないはずだ。中林も埋めてやろう」
 大前が肯くと船長と共に歩き出した。

チャップリンが二人を止めた。
「向の考えを聞きたい。明日俺達は勝てるか、それとも全滅か?」
「勝つのは難しい。全滅するかもしれない」
「判った。今のうちに少年と少女を南に向かわせる。プラトンの考えを聞かせろ」
「若者だけなら進むのは早い、奴等は若者が消えたのに気付かないだろう」
「若者達を崖から降ろそう。旅の準備だ。浩二の血が絶えることはない。健太の血と交じり合って元気な赤ん坊が生まれるだろう。奴等の一人が死んで若者が旅立てるようになった。勇者中林に感謝しよう」
 チャップリンが再度弦を鳴らし、男達がそれに倣った。そして崖の上に指示を出すとプラトンと洞窟へ戻った。村へ行こうとする船長と大前を、今度はシェークが呼び止めた。
「待て。中林の弓を持って行く」
 そう言うと近くにいた男達に弓の弦を張らせた。三人掛りでやっと張れた強い弓だ。
「弓は出来ていた。俺の肩が治ったら中林と共に弦を張るつもりだった。俺も一緒に行く」
「俺達も中林の墓を掘りに行く」。と、ケネディとナポレオンが加わった。五人は無言で村へ向かった。

村の近くでライトに出会う。
「俺は橋の下に隠れていた。奴等が光の矢を撃った。たくさん撃った。俺は音を立てずに川に入ると潜って泳いだ。流れに乗って川の曲がった先まで泳いだ。川から出て木の陰に隠れようとした。
するとそこに青い鬼が七人いた。俺は驚いた。鬼族は戦いに来たと言った。黒い石と薬草を持って来たとも言った。俺は村の様子を見に行った。ベートーベンが足を押さえて呻いていた。鬼族の所に戻り薬草を持ってベートーベンの傷に貼った。血が止まった。鬼族の薬草は良く効く。
それからゴッホとショパンが来た。三人でベートーベンを林に移した。鬼族は長老様が亡くなったのを知っていた。星を見る男に聞いたのだ。長老様の代わりの者と会いたがっている。俺はチャップリンを呼びに行く」

 五人は村へ入った。中林の遺体の前で船長と大前が座って合掌する。シェーク達が弓を鳴らした。その音を聞きつけてゴッホとショパンが現れた。中林の遺体を林の中へ移す。ベートーベンが木に寄り掛かって座っていた。五人を見ると手を上げ、それから自分の足を指差した。思ったよりも元気だ。中林を埋めて墓標代わりに棒を立てた。その墓標にシェークが弓を立て掛けた。船長と大前が改めて墓標に合掌した。


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