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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第75回                第14話 赤い櫛
弓の練習に飽きた船長と中林を見て、シェークが岩を飛び移って対岸に渡った。土の崖に人型を描くと射る真似をした。船長と中林が狙うが当たるのは半分くらいだ。それを見たチャップリンが射ると心臓を貫いた。ケネディやナポレオンも簡単に命中させた。船長と中林の目の色が変わった。
シェークが片手を高く上げた。こちら岸の男も弓を高々と上げる。シェークが矢を抜くと、横に新たに人型を描いた。二十本ほどの矢を抱えて戻ったシェークに大前が言った。
「二人共、自分の力が判ったようだ。最初からこうすれば良かったな」
「川の水が減ったから渡れるようになった」
 そう言われて見れば水の勢いが弱くなった。船長と中林がまた矢を射る。今度は少年が川を渡る。大前もその後を追うと、さらに先に進んだ。谷の出口まで来る。川は一気に幅を広げ岩の上を流れる。そして草原に出ると普通の川に戻る。

大前はここに来た時を思い出した。岩の上を水が勢い良く流れていた。川を渡ると思った大前は危険と感じた。今、あの勢いはない、簡単に渡れそうだ。遠くに豆粒ほどにアスカが見える。大前は振り返って上流を見る。川は湾曲して流れている。谷の奥で煙を上げる。それを見てアスカから煙を目指して来れば、それは対岸から上がって見えるだろう。大岩のある岸は狭く足元も悪い。大前は道を戻ると叫んだ。「こっちに来てくれ」

「大前の言う通りだ。奴等は川を渡るかもしれない」
「川を渡ったら石は落とせない。作戦は失敗する」
「何かエサを撒く必要があるな」
「エサとは何だ?」
「蛇を踏んだ女が良いだろう」
「危険だ。遠目では男女の区別はつかない。いきなりレーザーガンを撃つぞ」
「見つかる前に悲鳴を上げれば女だと判る。大岩の上で振り返って顔を見せれば効果抜群だ」
「自分は反対です。他の方法を考えましょう」
「どうして蛇を踏んだ女が良いのだ。お前達と同じで鼻が変だからか?」
 三人が顔を見合わせ苦笑した。
「そうだ。僕達には蛇を踏んだ女が綺麗に見える。奴等も同じだ」
 今度はチャップリンとシェークが顔を見合わせた。
「あの娘が幼い頃に蛇を踏む夢をみた。蛇とは男のアレだ、と長老様が言った。それを踏んだとは男とは無縁ということだ。賢い娘だが、可哀想にあの鼻では男は寄り付かん」
「そうなのか・・・星を見る男も鼻が高いが」
「星を見る男は女がいない。夜になると一人で星を見ていた。それであの名になった」
「似た者同士で二人が一緒になれば良いと思うが」
「二人は互いに避けている」
「話を戻そう。奴等が川を渡らずに大岩に来なければ作戦は失敗だ」
「向こう岸から洞窟へ赤い石を投げ込まれたら女、子供は皆死ぬ」
「蛇を踏んだ女に話してみよう。あの娘は長老様の世話をしていた。言葉は丁寧で物腰も柔らかい。だが、本当は気の強い女だ。説得出来るか判らないぞ」
「全員の命が掛かっている。気の強い女なら受けるはずだ」

 話は決まった。やがて一人、二人と焚き火を囲んで眠りにつく。大前が洞窟を出て行った。中林が後を追う。二人で満天の星を眺めながら並んで小便をする。
「やれやれ・・・」。大前がため息をついた。
「どうした?」
「渋沢に騙されて、俺達は指名手配になると思った。だから整形して鼻を高くしたんだ。せっかく男前になったのに、ここに来たら元の醜男に逆戻りだ」
「ははは」。中林が笑うと、大前も声を合わせて笑う。
「さて、寝るか」。二人は洞窟に戻った。

横になったが中林は寝付けない。危険な作戦だ。他に方法はないのだろうか。焚き火の灰の中からタケノコの欠けらを掘り出した。自分の歯型を触ると固い。真っ赤な色が鮮やかだ。
 翌日、中林はタケノコを取ってきた。黒い石のナイフでカマボコ型に切り揃えると、焚き火の周りに並べる。幾つか試して厚さと焼加減を決めると、カマボコ型に縦の切れ目を何本も入れた。翌朝、灰の中から真っ赤な櫛が出てきた。
これを谷の入り口に置くことに全員が賛成した。蛇を踏んだ女は大岩の上から顔を見せるだけと決まる。中林がその夜、また櫛を作り始めた。

「言い伝えでは健太は牛を追いながら森に沿って来た」
「それでは曲がった道を進む。そして村の近くで敵に見つかる。草原を北に進む。それが近くて見つからない道だ」
「草原で迷えば道が判らなくなる」
「俺は星を見る男だ。星を見れば北が判る」
「今は昼よりも夜が長い。星を見る男に従い草原を行こう」
 プラトンは腰のこん棒を抜いて星を見る男に手渡した。星を見る男は両手で受け取ると、そっとこん棒を撫ぜた。夜空を見上ると、こん棒を持った手を真っ直ぐに伸ばして言った。
「北はこっちだ」

 九つ目の夜に避難所に着いた。星を見る男がこん棒をプラトンに返した。男達が長々と名乗り合う。浩二の一族には二十一の名があった。健太の一族は二十五の名があるという。浩二の一族は四つ増えると喜んだ。浩二の一族の名を全て言うと、健太の一族も三つ増えたと笑っている。浩二の一族にしかない名があったのだ。二つの部族は二十八の男の名を持った。その中にオセロ、マクベスの名を見つけた大前が中林に囁いた。
「死んだ男の中にハムレットがいた。シェークはシェークスピアの略だったんだ」
「なるほど、面白い連中だ。大前さん、自分もここに残ろうかと思います」
「船長の指示に従うんじゃなかったのか?」
「気が変わりました」

長い挨拶が終わるとプラトンがこん棒を持った手を高々と上げた。
「勇者のこん棒だ」
浩二の一族がどよめいた。プラトンがこん棒をチャップリンに渡す。チャップリンはこん棒を見つめ、握り、撫で回すと隣の男に渡した。最後に船長達にも回ってきた。野球のバットに似た棒だ。星を見る男が小声で教えた。
「治が使っていた。健太と共に南へ行ったと、言い伝えられてきた」

その言葉に船長達が顔を見合わせた。堅い木の表面に小さな傷が無数にある。黒いシミは獲物の血だろうか。
「四百年の歴史が刻み込まれている」。と、船長が呟いた。中林と大前も思いを口にする。
「バットよりも重い。これで頭を殴られたら即死だろう」
「この堅い木をどうやって加工したのだろう」
大前がこん棒を星を見る男に返した。星を見る男がベストを脱ごうとするのを大前が止めた。
「それは、お前にやる」
「良いのか?」
「大役を果たした褒美だ」
そう言って、大前が星を見る男の肩を叩いた。

健太の一族が黒い石と薬草を取り出した。
「戦いに必要だろうと思い持って来た」
「黒い石は残り少ない、ありがたい。この薬草は俺達のと違うようだが」
「鬼族が見つけた薬草だ。彼等は不思議な種族だ。俺達の薬草の臭いを嗅ぎ、少し舐めると森の中から似た薬草を取ってくる。それが良く効くのだ。
俺達がここへ来る途中で鬼族の村を通った。青い男達が浩二の一族を助けに出発したとは聞いた。だが、途中には三つの川がある。鬼族は川を渡れない。彼等は来られないだろう」
「俺はバランという青い若者に言った。お前は歩くのが遅い、光の矢の餌食になるだけだ。それを聞いてバランは来るのを諦めた」
「鬼族は弓も槍も使わない。戦いには向いていない種族だ。途中で引き返しただろう」


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