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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第74回                第13話 勇者のこん棒
「言い伝えによれば、健太は牛と共に南へ来た。大地の割れ目にぶつかり、健太は森へ降りた。川に沿って進むと、溺れた牛が流れ着く淀みがあった。健太は肉を燻し、その森に三十日のあいだ留まった。
その川で健太は黒い石を見つけた。それで黒い石の川という名が付けられた。鬼族はその森に住むと決めた。三人の男が先に進む道を探しに行き、角のない牛の肉を持って帰った。
健太は草原へ来ると言った。俺達は牛を狩ってはいけない。北へ帰る牛は浩二の一族の物だ。俺達は角のない牛、角の曲がった牛、首の長い牛を狩ろう。そして年に二回溺れた牛を食うのだ」
「健太は賢い。おかげで俺達が狩る牛はたくさんいた」。と、答えてから星を見る男は唇を噛んだ。それに比べ俺は何て馬鹿なんだろう。牛は南に行く、そのように俺も南に行けば良かったのだ。俺達のように健太の一族も冬は森に住むと思い込んでしまった。森の中は歩きにくい、二日は無駄にした。その二日で仲間が死ななければ良いが。

「着いたぞ。牛が流れ着く淀みだ」
 川が広がり池のようになった場所で全員が立ち止まった。流木に混じって牛の足が水面から突き出している。全部で五、六頭の牛の死体があるようだ。星を見る男も昨日通った道だが、先を急いでいて気付かなかった。
子供達が嬉々として枯れ木を集め出した。もうすぐ腹いっぱい牛が食えるのだ。女達は焚き火の準備を始めた。男達が森に入って行く。星を見る男が目で追うと、燻し小屋が見えた。小屋の点検を終えると男達は川に戻って来た。
数人の若者が水に足をつけ騒いでいる。これから冷たい水に入って牛を引き上げるのだ。焚き火が燃え出すと裸になって川へ入った。大人達が励ましや、からかいの言葉を浴びせる。最初の牛が引き上げられると、手早く切り分けられた。

生肉を食い終わると別れの場となる。八人の男が立ち上がった。長老が戦いの勝利を祈願した。そして両手で棒を捧げ持つと、プラトンに渡した。八人の傍に女と子供が近づいた。家族で抱き合い、肩に手を掛け、言葉を交わす。涙を流す女もいる。星を見る男は一人離れて待つ。八人が弓を高々と上げた。残った男達が弓を上げて答えた。子供は手を振り、女は立ったまま見つめている。

 男九人になり足早に進む。星を見る男がプラトンに言った。
「その棒は何だ?」
「勇者のこん棒だ」
 プラトンはそう答えると、星を見る男を無視して歩き続けた。星を見る男は口に出掛かっていた言葉を飲み込んだ。川を渡り鬼族の村に入った。村人は一人もいない。どうしたのだ?こんな事は初めてだ、と八人の男達が言った。その時、一人の赤鬼が後ろから追って来た。
「お待ち下さい。私はキノラです。星を見る男よ、バランに伝えて下さい。私は三十年待ちます、そう伝えて下さい」
 星を見る男はキノラを見た。北の広場にバランと共にいた赤い女だ。星を見る男は黙って肯いた。プラトンがキノラに問う。
「村の者はどうした?」
「青い男はすでに出発しました。残った者は畑でユビの世話をしています」
「どこへ向かったのだ?」
「我等の育ての親、浩二の血を継ぐ者の元へ」
「なんと、言い伝えでは三つの川があるはずだ」
 それを聞くとキノラは顔を覆って泣き出した。嗚咽と共に、橋、太陽、北などの言葉が洩れる。男達は顔を見合わせた。キノラの話を詳しく聞きたいが時間がない。キノラに別れの言葉をかけ森の中へ入った。崖が見えてくるとプラトンが言った。
「手分けして道を探そう。日が暮れる前に崖を登るのだ」

朝になると少年達が崖を登りアスカを見張る。大江組の動きは逐一、洞窟の中へ連絡が来る。奴等は最近、釣りにはまっているようだ。海から戻ると両手を大きく振る。するとレーザー砲のセミ・オートを解除してタラップを開く。
避難所は崖の陰でアスカからは見えない。明るい時に煙を出さなければ見つかる事はない。援軍を待つ間、平穏な日々が続く。船長達は川の側で所在なげに座っていた。その横を通って少年が洞窟へ入った。その手に野菜のカブに似た物を下げている。肉に飽きた三人はチャップリンに聞いた。
「あれはタケノコだ。あの子の母親は腹の中に赤子がいる。それでタケノコを食う気になったのだろう」
「タケノコなら僕達も食べてみたい」
「自分の家の裏山が竹やぶでした。掘りたてなら生でも食えるんです。美味いですよ」
「あれは美味くない」
チャップリンが否定するが、三人は好みの問題だと思った。
「形は違うが、タケノコと言うからにはタケノコの味だろう」
苦笑すると、チャップリンは少年に命じてタケノコを取りに生かせた。牛も食わないのでたくさん生えている。生で食うと舌が痺れる。焼いて赤くなれば食い頃だ。そんな説明に三人は期待と不安が入り混じる。

夜になって焚き火の周りに十本のタケノコが並べられた。ほんのり赤くなるとひっくり返す。全体が赤くなると中林がガブリと食いついた、途端に吐き出す。チャップリンが笑った。「真ん中はまだ白い。表面だけを齧るんだ」
食感と微かなエグミはタケノコに似ている。だが、それだけだ。エグミの他には何の味もしない。三人が顔を見合わせるとチャップリンが言った。「春になると草が伸びる。だが、牛はまだ戻って来ない。干し肉も燻し肉も無い。それで貝、若葉、木の根、虫などを食う。最後に食うのがタケノコだ」

翌朝、焚き火の周りに真っ赤になったタケノコがそのまま置いてある。それに気付いたシェークが拾い上げた。川原にいた中林に会うと、タケノコの茎を持ってブンブンと振り回して見せた。それを岩に当てるとガッンと音がして先の赤い部分が取れた。その取れた赤い部分を中林に投げて渡す。
「すごく固くなるものだな」
「子供達が振り回して遊ぶが、どこに飛ぶか判らない。当たると怪我をする」
そう言ってシェークがタケノコを川に捨てた。中林は微笑んだ。ここの子供達は小さな大人のように見えた。石投げさえ遊びではなく弓の基礎練習のようだ。だが、やはり子供らしい無意味で危険なタケノコ遊びがあったのだ。
その日の夜になって、中林は焚き火の中にタケノコの欠けらを見つけた。中林が吐き出したタケノコが真っ赤になって中林の歯型をくっきりと残している。中林はそれを灰の中に押し込んだ。


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