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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第73回                第12話 言葉を伝える者
 少年が崖の上から叫んだ。
「車のソリが戻って来た。肉が山積みだ」
下の少年が手を挙げると、洞窟に入りチャップリンに伝えた。洞窟の中では作戦会議が始まった。
「何故、前に殺した牛の肉を捨てて置いたのだ?」
「アスカの中に小屋がある。そこを冬にして肉を凍らせる。彼等はそれを知らなかった。今頃気づいて慌てて牛を追いかけたのだろう」
 チャップリンとシェークは顔を見合わせて驚くが、船長の言葉を信じた。中林が大前にささやいた。
「船長室が丸ごと冷凍庫になるんだ。最初の移住計画ではアスカは再発進しないで家になる。船長室は無改造のままなんだ」
  チャップリンが船長に言った。
「奴等はアスカの事を良く知らないが、向は良く知っている」
「そうだ。船の船長とは、村の長老と同じだ」。中林が代わって答えた。
「奴等が知らないで良かった。知っていれば俺達は肉を取れなかった」
「お前達は罪人だった。だが判った。罪人は奴等のほうだ。空飛ぶソリの持ち主は向だ」

 船長は肯くと洞窟の外へ目を向けた。カーン、カーンと音がする。子供達が崖の上から小石を投げて遊んでいる音だ。
「上は風が当たって冷える。ああして身体を温めているのだろう。いざとなれば子供達は戦力になるぞ、俺と一緒に石を落とすんだ」
「危なくないのか?」
「大丈夫だ。蔦の昇り降りは俺よりも身軽だ。崖の上はレーザーガンの死角になる、当たることはない」
「今、弓を使える者は七人しかいない。大前と子供達が石を落とせば弓四つの力になるだろう」
 船長と中林が顔を見合わせた。自分達は弓を使える数に入っていない。
「光の矢に、弓十一では勝てない。古い兄弟の助けが必要だ」
「星を見る男は仲間の村に着いただろうか?」
「判らない。古い兄弟とこちらに向かっているかもしれない。まだ南へ歩いているかもしれない」

「北の風が吹くとオオカミは群れを作る。毛長牛が山を越えて来たら、俺達が南に行くのは難しくなる」
「ここで冬を越すのではないのか?」
「燻し肉だけでは冬は越せない。ここに居るなら毛長牛を狩る。オオカミの群れがいる危険な狩だ」
「北の風が吹き出すのは三十も四十も先の日だ。その前に俺達は戦いに勝って冬の村へ行く。星を見る男が古い兄弟を連れて来るからだ」

「仲間が来たら、どう奴等を攻める?」
「ここに誘い込む。上から石を落として逃げるところを矢で射る」
「船に一、二名は残っている。逃げ帰る奴もいるだろう。アスカに残った奴はどうする?」
「伏兵を置くんだ。何名かが逃げ帰るとレーザー砲のセミ・オートが解除される。その隙に接近する。逃げ帰った奴を狙う者と、船内に入る者の二手で襲う」
「それは不確定要素が大きい。それより伏兵を村に置くのはどうだ?」
「村で全員を倒すのか?」
「生き残りがいれば、村で全滅させる。そして奴等の服を着てなりすます。セミ・オートが解除されたら、怪我人が倒れる振りでもして時間を稼ぐ。その間に別動隊が接近、突入だ」
「さすが大前さんだ、頭脳的だな」
「いや、船長の案に乗っただけだ」
「これはお前達三人の考えだ。俺達も賛成する」
「決まったな、作戦名は文殊だ」
「はっはは、文殊作戦か。良い名だ」

  外から聞こえる音が変わった。カーンよりもコンという音が増えてきた。シェークが満足そうに言った。
「向こう岸の流木に当たった音だ。石投げの上手い子供は弓の名手になる」
 チャップリンが肯くと言った。
「お前達は子供の頃に石を投げて遊ばなかったのか?」
「自分は中学まで野球をしていた」
「それは何だ?」
「石に似たボールという物を投げていた」
「僕はサッカーだった。大前は何をやってた?」
「俺はスポーツより機械いじりが好きだった」
「機械屋がどうしてフリークライミングをしていたんだ?」
「それは・・・職業上の必要に迫られてだ」
 船長と中林が笑うと、大前も苦笑いをした。

船長が話題を変えた。
「お前達の言い伝えを知りたい。話してくれ」
「判った。レンゲを呼ぼう」
 二人の女が船長達の前に座った。老女と少女だ。
「治と花音の言い伝えを聞きたい。年取った方がレンゲか?」
 二人の女が顔を見合わせた。揶揄の混じった口調で老女が言った。
「わし等はどちらもレンゲじゃ。区別したくば母のレンゲ、娘のレンゲと呼べ」
 当惑する三人にシェークが説明した。
「レンゲとは言葉を伝える者の名だ。最初のレンゲの言葉を母から娘と語り継いできた。母親が語る時、娘が側で聞いて覚えるのだ」
 少女は十歳くらいだろうか。祖母と孫に見える。母親の老けように厳しい草原の暮らしを感じる。三人がシェークの言葉に肯くと母のレンゲが語り出した。

「私が子供で池にいると花音が空から降りてきた。空飛ぶソリが雷と共に海に落ち、治が海を渡ってきた。花音は仲間に言葉を教え、グルを殺した。治は弓矢と槍を教え、ゴンギを殺した。
治はンゴロを求めて仲間を連れ草原へ移った。草原で花音は健太を産み、女達に名を与えた。男達に名を与えたのは治だ。美貴が生まれると私は乳母になった。何故なら、浩二の後の四人が死んだからだ。

私が美貴を抱いて浜に行くと海が無くなった。治は山に登れと言った。大きな水が来て牛が流された。そして熱い大風が吹いた。治と花音は言った。黒い雲が来る。干し肉と燻し肉を作れ。牛の皮で服と靴を作れ。
雪が降り、海が固くなると治は黒い石を取りに行った。黒い石と共にオオカミが来た。私が洞窟から出ようとすると花音が止めた。外にはオオカミが隠れていた。私が洞窟から出たらオオカミに食われていた。私と仲間はこのようにして何度も治と花音に命を救われた。

治と花音はソリに乗って行った。私達が橋を渡り避難所へいくと、治と花音の熱い血が雪を溶かした。太陽が出ると北へ帰る毛長牛が現れた。毛長牛の群れは幾つも通り、皆は腹いっぱい食った。やがて冬になったが、黒い雲の冬ほど寒くはなかった。
春になると、健太が橋を架け仲間は昔の家に戻った。だが、海の貝は少なく、川に魚の影はなかった。草や根で飢えをしのいだ。二人の男が牛を探しに南に行ったが戻って来なかった。女の乳が出なくなり三人の赤ん坊が死んだ。一人の女が子を産んだが、痩せた母と小さな赤子は共にその日に死んだ。年取った者が何も口にせず四人死んだ。
こうして十一人が死ぬと牛が戻ってきた。健太と浩二は川のほとりに家を建てた。健太が四つの種を植え、浩二が育てると鬼が生まれた。鬼は恐ろしい顔をしているが、心は優しい種族だ。赤鬼は人より大きく、青鬼はもっと大きい。

仲間が増えたある日、健太はシマウマを求めて南に向かった。仲間の半分と鬼族が健太と共に南に去った。私は美貴と共に浩二の元に留まった。何故なら、私と美貴は血が繋がっていないからだ。これらは治の言葉の通りに行われた。
美貴に娘が産まれ、私は老いた。私の名を美貴の娘に譲り、私の言葉は美貴に譲った。美貴とその娘を通して、私の言葉がいつまでも一族に伝わらんことを」

 語り終わると母のレンゲは目を閉じた。沈黙が続く。子供達の石の音もいつの間にか止んでいる。しばらくして船長が口を開いた。
「グル、ゴンギとは何だ?」
「今は誰もそれを知らない」。レンゲに代わってチャップリンが答えた。
「ウンゴロは?」
「ウンゴロではない、ンゴロだ。それも判らない。レンゲは言い伝えの通りに話しただけだ」
「一回では良く判らない。もう一度話してもらえるか」
「レンゲよ、今度はお前が話してみよ」
 母に促されて、娘のレンゲがおずおずと口を開いた。が、すぐに自信にあふれた口調になり正確に母の言葉を繰り返した。


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