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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第70回                第9話 大前の決断
 チャップリンは即座に決めた。ケネディとナポレオンが仲間に知らせに行く。残りの五人は黒い石を持って尾根筋を歩く。歩きながらチャップリンが昨日の出来事を話した。
「俺は矢を放つと四つ足で逃げた。お前達がソリに入ったのでシェークを見届けに戻ると、三つ足のシェークと出会った。シェークは肩をやられたが無事だった。
俺達は急いで村に戻った。白い石の恐ろしさを皆、信じなかった。光の矢と言えば信じただろう。だが、俺は光の矢という言葉を知らなかった。シェークは女、子供と共に避難所に向かった。長老様と男は村に残った。
奴等が来た。俺達の矢が届かない所から光の矢を放った。男が二人死んだ。長老様と三人が怪我をした。俺達は逃げた。奴等は村に火を付けた。戦うには矢が足りないと俺は思った。それで昔の家に来た。途中でお前達を見つけた。これから避難所に行く」

 話しながらでもチャップリンの歩みは早い。尾根から沢伝いに下る。平地に出ると小川がいつの間にか激流となって大地をえぐっている。
「昔はここに橋があった。今は無い。だから遠回りして山を歩いた」
 チャップリンはそう言うと進路を西に変えた。次の川を渡らずに上流へ向かうと大岩が行く手を塞いでいる。
「止まれ。チャップリン、その者達は何者だ?」
「オオカミではない。怒った牡牛のように真っ直ぐな言葉を話す者だ」
「判った。黒い石を入れろ」
 石を入れた籠が引き上げられると、蔦が下げられた。蔦につかまり大岩を登る。少し歩くと洞窟があった。女が一人出て来た。
「蛇を踏んだ女よ、長老様はどこに居る?」
「長老様は先ほど亡くなられました」
 その顔を見て三人は驚く。長い睫毛と二重の大きな目、その下からスッと伸びた細くて高い鼻が気品のある美しさを感じさせる。年齢は十代後半だろうか。二、三年後には目の覚めるような美人になるだろう。
チャップリンと星を見る男は、娘の言葉にがっくりと膝を付いた。その時、大岩の方から一人の男が走って来ると大声で告げた。
「ケネディが戻った。死んだ者はシーザー、カント、デカルト、バッハ、ハムレット。怪我をした男はナポレオンが連れて後から来る」
 膝を付いていたチャップリンが呻いた。「間に合わなかった」。そのまま地面に突っ伏して動かない。

やがて顔を上げると立ち上がった。
「星を見る男よ、お前も立て。長老様が亡くなった今、お前に名を授ける者はいない。だが、それを無念と思うな。お前の名にふさわしい役がある。南へ行け。治と花音の息子、健太の血を継ぐ者を探すのだ。古い兄弟に助けを求めに行け」
 そう言って自分の矢を全て掴むと、星を見る男に渡した。星を見る男は黙って受け取り矢筒に入れた。チャップリンは娘に言った。
「蛇を踏んだ女よ、旅の支度を頼む、干し肉は十日分だ」
 蛇を踏んだ女も黙って肯くと洞窟の中へ戻った。しばらくして二人の女と共に出て来ると、旅の荷物が星を見る男の前に並べられた。黒い石のナイフ、予備の弦、薬草、火打石、点火用の乾燥綿毛、牛の膀胱の水筒、干し肉、そして荷を包む牛の皮。
大前が着ていたベストを脱ぐと星を見る男に渡した。ベストにはポケットが幾つもある。星を見る男はベストを着ると、両腕を回してみて大前に肯いた。ポケットに荷を詰め矢筒と水筒を肩に掛けると、星を見る男は出発した。蛇を踏んだ女は残された牛の皮を拾い上げると、大前に頭を下げ洞窟へ戻った。

 三人は弓の練習を始めた。軍人の二人はさすがに上達が早い。肩を負傷したシェークが自分の弓を中林に渡した。大きく強い弓だが、中林は弦をいっぱいに引く。放たれた矢は鋭く遠くまで飛んだ。
「俺が死んだら、その弓はお前のものになるだろう」
「お前は死なない、肩はじきに治る。その時はこの弓を返そう」
「肩が治れば、お前にもっと大きく強い弓を作ってやろう」
 一方、大前は自分の才能に見切りを付けた。弓を置くと絶壁を見上げた。相田なら簡単に登れるだろう。大前は自分でも登れそうな場所を探して絶壁の下を歩き回る。

夜になると三人はチャップリン、シェークと焚き火を囲む。焼肉を食いながら作戦会だ。
「奴等は面白半分に牛を殺している。草原には死んだ牛がたくさんころがっている。避難所の肉は残り少ない。二つに一つだ。草原にころがっている牛の死体から肉を取ってくる。牛を追って南に行く。どちらが良い?」
「あれから五日たった。奴等は俺達がどこかへ逃げたと思っているだろう。だが、牛の死体から肉を取るのを見つかれば近くに居ると判ってしまう」
「南には村がある。俺達の冬の村だ。それは夏の村と同じだ。奴等に見つかれば簡単に壊される。守りになる物はない」
「女、子供を連れての移動だ。途中で見つかれば全滅だ」
「ここには大岩がある。ここなら安全だ。牛はもうすぐ腐る。その前に肉を取り煙で燻そう」
「ここは安全ではない。奴等には赤い石もある。それを使えば大岩は砕けて小石になる」
「岩は固い。それは本当か?」
「チャップリンは光の矢を見た。見ていない村人はそれを信じなかった。そして死んだ。チャップリンが大岩の砕けるのを信じなければ、それを見て死ぬことになるだろう」
「判った。お前の言葉は真っ直ぐだ」
「奴等が大岩の前に来た時に、上から石を落としたらどうだ?」
「それは良い方法だ。だが、あの上には行かれない」
「一ヶ所だけ登れそうなルートがある」
「落ちたら死ぬぞ」
「俺は弓が下手だ。だが、俺も戦いに加わりたい。俺に出来るのは登ることだ」
「判った。お前の好きなやり方でやれ」
「話を戻そう。肉はどうする?」
「明日まで待て。俺が登れたらここで戦う。俺が落ちて死んだら冬の村へ行く。どうだ?」
「大前に俺達の進む道を任せよう」

 大前は目を閉じた。頭の中に垂直の壁を思い浮かべる。相田が難関コースを楽々と登った。次は大前が上級者コースに挑戦する。しまった手が滑った。身体が落下する、とロープで宙吊りになる。大前は目を開くと首を振った。
二人は何度も海外出張へ行ったが実際は遊びに近い。相田が楽しみにしていたのがフリークライミングだ。国内では大前が禁止していた。相田の力量は抜きん出ている。有名になれば警察に目を付けられるからだ。
大前も訓練に励んだ。中級なら上まで登りきれる。もう一度目を閉じ、それを思い出す。良し、俺は十メートルを登りきった。それを二回繰り返せば頂上だ。

 大前は絶壁の下に立った。腰に細い蔦を結ぶと振り向いた。四人が心配そうな顔で見ている。大前は船長に顔を向けたが、思いなおしてチャップリンに言った。
「俺が落ちて苦しんでいたら、殺してくれ」
 チャップリンが真っ直ぐ大前の目を見て肯いた。その目を見て大前は気持ちが楽になった。肩の力が抜けて自然体になる。大前は岩壁に取り付いた。順調に登る。岩には小さな割れ目や窪みが多い。残り三メートル、もうすぐ頂上だ。
ところが、その先に手がかりがない。登れるコースを探す。右に割れ目があるが、そこまで移動する足がかりがない。指が痛くなってきた。足の筋肉も突っ張ってくる。左は無理だ。俺はここで死ぬのか。
また左を見て木の根に気付く。頂上の木から垂れ下がっている。太さは親指くらいだろうか、大前の重さに耐えられるのか判らない。大前は決心した。左足をつま先だけにする。空いた場所に右足を乗せる。深呼吸する。

 見上げていた四人が「アッ」。と小さく叫んだ。大前が飛んだ、と何かに掴まって揺れている。両足を岩に着けると、どんどん登っていき見えなくなった。中林が崖下に駆け寄ると細い蔦に太い蔦を結ぶ。しばらくして大前の顔が見えた。「良いか?」「良いぞ、引け」。蔦が上がっていく。大前がまた顔を出して言った。「確保した」。船長が蔦を引っ張ってみる、大丈夫だ。チャップリンがすぐ横で言った。「お前は近くしか見えない。俺が登る」。船長が苦笑して蔦を渡すとチャップリンがするすると登っていった。


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