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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第7回               第5話 隕石の衝突
 村に戻ると治は鬼たちから離れ一人、村はずれの草地に座った。この星に着いて初めて、ゆったりとした時間が流れていく。治はポケットから小さな実を出して食べた。二つ目を齧りながら治は寝転んだ。空腹でもないのに食べるのが、とても幸せに感じる。満ち足りた気持ちで空を見る。空は相変わらず厚い雲でおおわれていた。
あの雲を抜けてこの星にたどり着いたのだ。そして、上空で起きた事故を思い出した。「花音、翼、悠太・・・」それ以上は言葉が出なかった。治は肩を震わせて泣いた。やがて子供のように号泣した。ひとしきり泣くと立ち上がった。治は涙を拭くと齧りかけの実を食べながら事故を振り返った。

 治が担当していた循環システムはクルーの排泄物を原料にして藻を培養する。その光合成で出来た酸素をクルーが呼吸する。宇宙船という狭い空間をミニ地球として生態系を維持するのだ。
循環システム室にいた治はグラッと揺れを感じた。照明が一瞬消えた。直ぐに点灯すると同時に警報ブザーと警報灯が作動する。治は急いで宇宙服を着るとエアーロックを開けた。

食堂の床には大穴が開き星空が見えている。驚きのあまり思考が停止した次の瞬間、治は状況を理解した。隕石の衝突だ。食堂にクルーがいれば即死、真空の宇宙へ吸い出された。食堂のエアーロックとベッドルームの壁も破壊されている。居住区もやられた。
生存者はコントロール・ルームだけだ。そこには大勢が集まっていた。花音は?花音はあそこに居ただろうか。まさか、こっちに向かって来る途中では?いや、そんなはずはない。食堂を横切り中央通路に向かう。短い時間に次から次へと、いろんな事が頭に浮かんだ。

中央通路に入った治は、気を失いそうになった。通路の奥にエアーロックは無かった。代わりに部屋の中が見えた。正面の窓が窓枠ごと吹き飛んで、いびつな形の星空が見える。まさか、コントロール・ルームまでやられた!俺を残して全員死亡?嘘だ、そんなはずはない。
無数の警告灯が点滅して、部屋全体が赤く染まりながら波打っているようだった。それを目にすると、凍りついたようだった治の心臓は激しく脈を打ち始めた。治は急いでコントロール・ルームに入ろうとして、アレに気付いた。アレは部屋の中央に浮かんでいた。キラキラと輝くダイヤモンドの小片に囲まれて浮かんでいた。「うわぁー」治は逃げ出した。気が付けば治は循環システム室で震えていた。

 これは夢だ。もう一度眠り、目が覚めればアスカは惑星の大地の上だ。近くには川が流れ、大きな森が広がっている。ステーキになる動物だっている。レーザーガンを持って男たちは狩をするのだ。森から枯れ枝を集めて、女たちは米を炊く。美味そうな匂いが立ち昇るだろう。俺は種を播くのだ。野菜、果物、小麦も播こう。川の側には水田を造ろう。夜になれば花音が俺の横に来る、そして二人で愛しあうのだ。赤ん坊はいつ生まれるだろう。

 赤ん坊が生まれたと思ったら、それは幼児だった。幼い子供がテレビを見ている。シマウマが走っている、あっ、ライオンだ。一匹がシマウマの首に噛み付き、あとの二匹は後ろから乗りかかった。シマウマが倒れると二匹は腹を食い破って内蔵を食いだした。首に噛み付いていたライオンが口を離し食事にありつこうとした。
その時、シマウマが起き上がった。まだ生きていたのだ。起き上がり内蔵をぶら下げたままシマウマは走り出す。ライオンは慌てて後を追い、またシマウマを倒した。シマウマはもう立ち上がることはなかった。
 俺は怖かった。ライオンではない。シマウマが怖かった。内蔵を引きずりながら、血をたらしながら走るシマウマが不気味だった。俺は怖くて泣いた。

 治は尿意を感じて目が覚めた。循環システム室の照明もヒーターも作動しているが、モニタは消えていた。この部屋はコンピュータの管理から独立して、非常電源で動いているのだ。ビニール袋に小便をしてから宇宙服を着た。ついでに捨ててこようとビニール袋を持ってエアーロックに入った。
エアーロックが作動しはじめるとビニール袋が猛烈な勢いで袋が膨らみだした、袋の中で小便がブクブクと沸騰して袋を突き破った。治は反射的に飛び退いたが、宇宙服を着ていて火傷する心配はないと気付いた。いや、小便は百度で沸騰したのではなかった。生暖かい治の体温のままで、気圧が下がったため沸騰したのだ。
ガス化した小便は、ドアが開きマイナス120度の真空の冷気が入ると凍りつき、キラキラと輝いた。その中を膨れ上がり破れた袋が漂っている。

「こういう事か」治は呟くと倉庫へ行った。アレの正体が判ったからといって、アレへの恐怖が無くなったわけではなかった。食料を持ち出すが、食堂の注水器とレンジは使えない。部屋に戻るとパサパサの食物を一口齧り、水を口に含む。何の味もしない。しばらくして食物が水を吸った頃に、噛んで飲み込む。治は何も考えずに、この単純な作業を繰り返した。どのくらい経ったのだろう、周囲には食べ散らかしたアルミパックが幾つも浮かんでいる。空腹が満たされて治はまた眠りに落ちていった。


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