翌日、赤い木の実を見つける。食べようとした中林を船長が止めた。 「待て、毒があるかもしれない。僕が先に食う」 「船長は駄目だ。再起動するのに船長は必要だ。俺が食う」。と、大前が言った。船長と中林が顔を見合わせる。大前は木の実をもいだ。小指の先ほどの小さな実だ。口に入れてそっと噛む。「かすかに甘い。大丈夫だろう」 二人もそっと口に含む。やがて三人で争うように食い始めた。
「向、中林そこを動くな。もう一人もだ」 鋭い声に顔を上げると、四人が弓を構えている。一人はチャップリンだ。船長が両手を挙げて答えた。 「僕達は武器を持っていない。黒い石も白い石も持っていない」 「お前達は、何故村を襲った?」 「僕達は奴等の仲間ではない。奴等が村に向かった。残った見張りが獣にやられて、その隙に僕達は逃げた」 「お前達は奴等の罪人だった」 そう言うとチャップリンは弓を下げた。他の三人もそれに倣う。矢筒に矢を収めながらチャップリンが言った。 「白い石はオオカミの牙よりも恐ろしい。あれは何だ?」 「あれはレーザーガン・・・光の矢だ」 「光の矢?そうだ、あれは光の矢だ」 「シェークは無事か?」 「肩をやられたが大丈夫だ。俺はシェークが死んだと思った。だから弓を引いた」 「木田は死んだ」 「矢が弓から離れた時、俺は奴が死ぬと知っていた」 そう言いながらチャップリンが弓を高々と上げた。手を下げると赤い実の木を見た。 「楽しみにしていた木苺がだいなしだ」 「すまん、何も食っていなかったんだ」 「向、お前の言葉は怒った牡牛のように真っ直ぐだ。オオカミの仲間ではない。腹が減っているのなら牛の肉を食え」 渡された肉を食べながら船長が言った。 「チャップリン、頼みがある。このベルトを切れないか?」 「牛の皮に似ている。ケネディ、切ってやれ。お前の名はなんだ?」 「俺は大前だ」 「ケネディ」 「ナポレオンだ」 「俺の名は、星を見る男だ。だが、もうすぐ長老様が名をくれる」
意味が判らず三人が顔を合わせた。それを見てチャップリンが言った。 「昨日、エジソンとプラトンが死んだ。どちらかの名が星を見る男に与えられるだろう」 「君達の名は、誰がつけたのだ?」 「長老様だ」 「いや、つまり・・・」 「男の名は二十一しかない。もっとあったはずだが忘れられた。名を持った男が死ぬと、その名を長老様が名を持たない男につける。最初に名を考えたのは治だ。治、健太、浩二の名は特別だ。俺達の名には使わない」 「俺はバッハの息子だった。父が死んでその名は別の男の名となった。俺は前のバッハの息子となったが、バッハに息子が生まれたので長老様が仮の名をくれた」 「星を見る男か。良い名だ」。船長はその青年を見た。サルではない人間の顔をしている。治に似て美男子だ。いわゆる先祖帰りというやつだろうか。 「星を見る男の先導で俺達は夜に草原を渡って山に来た。話は終わりだ。黒い石を取りに昔の家へ行く。付いて来い」 三人が立ち上がり歩き出そうとすると、チャップリンが振り返って三人の足元を指差した。 「その棒を拾え。棒を持っていればオオカミは襲ってこない。槍だと思っている」 「オオカミ?」 「見張りを襲ったのはオオカミだ」 「オオカミはこの辺にもいるのか?」 「草原にオオカミは少ない。オオカミが多いのは山のこちら側だ」 三人は急いで棒を拾い上げた。チャップリンが中林を見て笑った。 「オオカミはお前の棒を木の枝だと思うだろう」 中林は慌てて棒の先を足で押さえると、棒の先のY字型を折り取った。
大前が声をひそめて話し出した。 「チャップリン、ケネディ、ナポレオン、それにエジソン、プラトン、バッハか。何故そんな名を付けたんだろう」 「自分の息子には日本人の名を付けている」。と、中林が答える。 「漢字とカタカナ・・・」 「そうか、治は子供に教えたのはカタカナだ。原始的な生活に漢字は必要ない。だから息子達は自分の子供にカタカナの名前しか付けられなかった」 二人の会話に船長も加わる。 「タローでもジローでもカタカナで名前は付けられるだろう」 「男の名は二十一以上あったんだ。息子達が子供に付けたにしては多すぎる」 「治がカタカナで書き残せば、孫、ひ孫まで名も残る」 「書き残したなら名を忘れないだろう」 「しっくりこないな。俺は感じるのはこうだ。例えば犬が三十匹いて名前を付けるとする。考えるのも面倒で何かの名前を片っ端から付けていく。そんな感じだ」 「その三十人は治の孫達ではない、という意味か?」
山を降りて来ると木が少なくなり、草原が見渡せた。 「そうは言ってない。そんな付け方だと思っただけだ」 答えた大前が素早く木の陰に隠れた。そして振り向くと船長に言った。 「アスカだ。望遠鏡を使えばこっちが丸見えだ」 「望遠鏡か・・・あれはチヒロと連動している。大丈夫だ」 船長が、大前の肩を叩くと前に進んだ。星を見る男が「あっ」。と小さな声をあげた。 「どうした?」 「ソリの上で何か動いている」 「レーザー砲、光の槍だ。槍の後ろに人がいるだろう、そいつが指を動かすと光の槍が飛ぶ。光の矢よりずっと強力だ」 「槍はあるが、誰もいない。ぐるっと回っている」 「まさか・・・見えたのはどんな槍だ?」 「槍の根元は太い、そこから細い棒が出ている」 「間違いないな」 船長と中林は小声で話し合っている。唇を噛むと、船長がチャップリンの入っていった洞窟に向かった。
中林が大前に説明する。 「レーザー砲をセミ・オートにしたんだ。マニュアルを見て気付いたんだろう。チヒロと切り離した状態でのセミ・オートだ。チヒロは制御出来ない。近づく者を無差別攻撃する」 「奪い返すのは難しいな」 「赤外線探知機と連動だ。夜でも近づけない」 「草むらに潜んで近づけないのか?」 「ある程度は赤外線を遮るだろうが、試すのは自殺行為だ」 「草はもうすぐ枯れる」。と、星を見る男が言った。 「赤外線探知機の有効距離は二百メートルだ。矢は届かない」 「草が枯れる前に決着を付けられないか?」 「アスカに居る限り手も足も出せない。誘い出すのも無理だ」 「どうして?」 「手動に切り替えれば距離は無制限だ。命中率は低いが危険だ」 「三百メートル離れて誰かが囮になる。一人が反対側に隠れて待機する。手動になったら飛び出して台座に居る奴を倒す。危険だがやる価値はある」 「いや、駄目だ。突進している途中でセミ・オートに戻したらどうなる?」 「そうか。飛んで火に入る夏の虫か」 「槍が止まった」 「良く見えるな。お前は遠くを見る男だな」 「俺の名は星を見る男だ。扉が開いた。七人出て来た。村に向かって歩いている・・・槍が動き出した」 「船に出入りする時だけセミ・オートをオフにしている。船に残った一人を狙うのも無理だ」 「さっきの話だが、あれを応用されるとまずいな。奴等が負けた振りをして船に逃げ帰る」 「そうか、深追いした者はレーザー砲の餌食だ。船長に報告しよう」
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