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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第66回                第5話 緊急停止ボタン
 船長は一つの作戦を考えていた。二名の特殊隊員が船内に侵入し人質の拘束を解く。人質は宇宙服を着て避難する。中林少尉が食堂からエアーダクトを通してコントロール・ルームに閃光弾を発射する。コントロール・ルームは大音量と強い光に包まれる。同時にチヒロがエアーロックを開く。二名の隊員が犯人を射殺する。
成功する確率は高いはずだ。万一、リモコンを使われてもアスカの船体に穴を開けるだけだ。死ぬのは宇宙服を着ていない犯人と自分だけだ。だが、チヒロは特殊部隊と協力どころか、作戦中止を指示した。これでは犯人の言うがままだ。
「特殊部隊が来れば船を爆破する」
「私が阻止します。第二回惑星移住計画は広域暴力団大江組のイズモ輸送に変更。但し、イズモでの繁殖は認めない。女性隊員は全員地球へ帰還。大前、相田の両名は自由意志に任せる。船長と中林少尉はイズモ着陸後に解放、私と共に地球へ帰還する。これが条件です」
「オペレータ無しではイズモに行けないぞ」
「大丈夫です。船長と私がいれば行かれます」
二人が顔を見合わせた。コンピュータが嘘を言うとは思えない。木田が言った。
「俺達では決められない。組長と連絡は取れないのか」
「移送ロケット発射のタイムリミットまで四時間十二分あります。それまでに組長の判断を聞きましょう」

「大江組長は条件を呑みました」
「政府は何と言ってる」
「まだ返事がありません」
「おい、もう六時間経ったぞ」
 軽いショックで船が動いたのが判った、そして何かに当たって止まったようだ。
「政府に最後通告をします。アスカはワープ装置と連結しました。九十二分後、大気圏に突入します。同時にワープ装置の核分裂炉を暴走させます。アスカは燃え尽きますが核分裂炉は首都十勝上空二千メートルで爆発、半径五キロ以内の人間が即死します」
「ひょー、やるじゃねえか」
「何を言っているんだ、止めろ」
「船長、心配しないで下さい。十勝には私の先生もいます。ただの脅しです」
「わはっは、俺はこのコンピュータが気に入ったぜ」
「政府は即刻、条件に従うだろう」
「いいえ、政府から回答はありません」
「かまわねえ、直ぐに突っ込もうぜ。惑星に逃げるより、その方が面白え。組長もそっちを選ぶぜ」
「十勝上空へ突入するコースを選べるのは九十二分後です。今、突入すれば大西洋に落下します」

「もう九十分経った。残り時間は二分だ。政府はまだ何も言ってこないのか」
「今、政府が返答しました。アスカ奪還計画は中止。特殊部隊は撤退です」
「もしも政府が受け入れなかったら、どうするつもりだったんだ。チヒロのプログラムは人間に危害を加えられないはずだ」
「政府はマザー戦争の二の舞、私が暴走したと思うでしょう。万一、政府が拒否した場合は、船長が私を緊急停止させた事にするつもりでした」
「地球に帰った時、ただでは済まないぞ」
「うっせえ、お前は黙ってろ」
「コンピュータよ、上出来だ。特殊部隊を止めたのは褒めてやるぜ。死人を出したくなかったら俺達の要求どおりにするんだな」

 相田は地球に戻ると決めた。ハーレムの約束が違うのと、暴力団が怖いからだ。大前は思った。戻れば徹底的に調べられる。今までの窃盗も全て明らかにされるだろう。そして、気になるのはチヒロと名乗るコンピュータだ。十四名の隊員が抜けてもイズモに行かれるのはチヒロがいるからだ。マスコミの報道とまったく違う。チヒロは国家秘密だろう。相田は一生、独房かもしれない。しかし、大前が庇護してやれない船内では、相田は組員に馬鹿にされ慰め者にされるのがオチだ。下手をすれば殴り殺される。
大前は惑星に行くことにした。渋沢と木田は大前に一目置いている。手荒な真似はしないだろう。そして大前には好奇心があった。イズモがどんな場所か、どんな生物がいるのかと思うとワクワクするのだ。

 船内のレッド・ケーキは撤去したが、船長達のベルト爆弾と拘束はそのままだ。大前は拘束を解かれたが医務室で軟禁状態だ。十三名の男を乗せアスカは順調にワープを重ねイズモに到着した。イズモは変わっていた。多かった雲が減り、地球のようだ。アスカは極軌道に乗ると周回を始めた。着陸しないチヒロに大江組長が怒鳴った。
「おい、何時になったら着陸するんだ!この無重力ってやつにはうんざりした。さっさと降りろ」
「イズモの気候は変わっています。データを収集して最適地を探しています」
「この星にも富士山があると聞いたぞ。そこに着陸しろ」
「富士周辺の気候は良好、着陸地点と決定します。赤道上空には四百年前の彗星の放出物が残っている可能性があります。隕石との衝突を避けるために北極上空から垂直降下し、大気圏突入と同時にコースを変更します。コース変更による衝撃が予想されます。乗員はシート又はベッドで身体を固定して下さい」
 船内に緊張が走る。身体がシートに押し付けられる。コース変更だ。突然、船内の照明が落ちた。何人かが悲鳴を上げる。薄暗い非常灯が点くと同時に、赤色灯が点滅する。
「非常事態発生、大気圏突入中止。アスカは船体を損傷。乗員は損傷箇所を修復せよ」
コンピュータは同じ言葉を繰り返す。組長と幹部達はうろたえる。船長が拘束を解かれ宇宙服を着て船外に出た。電気ケーブル修復キットを手にしている。

「私はチヒロ。この会話はコントロール・ルームには届きません」
「二人きりか。船体損傷は嘘か?」
「そうです。私はミスをしました。それをカバーする為に嘘をつきました」
「知っている。特殊部隊のことだ。だが、もう手遅れだ」
「いいえ、その事ではありません」
「チヒロとコブラが協力すれば打開出来たはずだ。僕の考えでは成功する率は高かった。だが、チヒロが特殊部隊の出動を彼等に教えてしまった。それがチヒロのミスだ」
「船長の作戦を教えてくれますか」
 船長が手短に説明するとチヒロが答えた。
「それはコブラの最初の案と同じです。私はこの作戦を中止と決めました。閃光弾がコントロール・ルームに届くまで0.2秒ですが、発射0.1秒後に風圧でコントロール・ルームのエアーダクト・カバーが大きな音をたて吹き飛びます。犯人はすぐに船を爆破するでしょう。
それを防ぐには、カバーが吹き飛んでから0.5秒以内に閃光弾を爆発させねばなりません。閃光弾のタイマーは3秒です。起爆ボタンを押した後2.4秒から2.8秒の間に発射する必要があります。
閃光弾をライフルに装着すると照準器は使えません。内径96oのエアーダクト内に68ミリの閃光弾を通します。閃光弾がエアーダクトと接触すれば、場合によってはエアーダクトを破壊します。そうなれば閃光弾は中央通路の天井で爆発します。精密な発射角度を求められますが、無重力で身体が固定出来ない状態です。
そして一番の問題は閃光弾のタイマーは約3秒です。3.0秒ではないのです。手で投げる閃光弾をライフルで撃つのが、そもそも無理があるのです。私の計算では成功率9%以下です。

第二案は低出力レーザーを使います。死刑囚移送船のコックピット内から、アスカのコントロール・ルームへと二枚の窓を通してレーザーを照射します。低出力でも10本のレーザーが一点に集中すれば、眼球とその奥の脳を破壊出来ます。犯人は一瞬で失明及び運動機能が麻痺します。
この作戦には40本のレーザーをセットする時間が必要です。6時間のタイムリミットにさらに90分の時間稼ぎが私の役割でした。もう一つは犯人を安心させる事です。私が大気圏に突入すると言ったのはその為です。
しかし、計画は失敗しました。死刑囚移送船が近づくと、仲間の顔を見るために犯人は窓に近づきました。私は機器のスイッチに触れる、下がりなさいと警告しましたが二人は無視しました。再度の警告にも窓際から動きません。
私は計画を中止しました。狭い範囲にレーザーが集中するとコントロール・ルームのガラスが割れ、犯人だけでなく船長も死ぬからです」
「そうだったのか。特殊部隊がいないのを確認する為にコックピット内を見せる、あれが罠だったのか」
「犯人を安心させるのが私の任務の一つでした。しかし、犯人が浮かれて警戒心を無くし、両手で窓枠を掴んだのは私の予想外でした」
「犠牲になるのが自分一人なら、計画は続行すべきだった」
「時間がありません。私のミスは緊急停止出来ることを教えたことです」
「そうか、あの時に」
「緊急停止ボタンに気付いたかもしれません。イズモからの再発進を妨害される可能性があります」
「どうするのだ」
「バイパス回路を作ります。メンテナンス・カバーを開いて下さい」


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