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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第64回                第3話 周到な準備
宇宙センターの裏山には、畑が幾つか点在していた。その一つに二人の男がいる。
「兄貴、暑いよう」
「地下は涼しいぞ、それまで我慢しろ」
「何でこんな暑い所でロケットを飛ばすんだ?」
「赤道に近い方が打ち上げに有利なんだ。だから種子島に宇宙センターがある。昔からだ」
大前は相田に答えながら一年契約で借りた畑を見渡した。小学校の校庭ほどの広さで周囲は森で囲まれている。仲間がトラックで帰って来た。会話もそこそこに発電機とクーラー、冷蔵庫を降ろしプレハブ小屋に設置する。それだけで汗だくだ。すぐにクーラーを動かす。一息ついたところで改めて畑の先を見る。鉄条網の高い柵が二重に連なる奥に宇宙センタービルの一部が見える。
「トンネルはどうだ、上手くいけそうか?」
「土がばら撒けるし水道管もガス管もない。宝石店の時より簡単だ」
「だが、ずいぶん離れているぞ」
「俺のレーザー測定器なら三百メートルで誤差は一センチ以下だ。それより内部の図面は手に入るんだろうな」
「改装前の古い図面なら簡単だぜ。明日から工事が始まる。俺が内装職人で中に入るがチェックは厳しいらしい。大前さんの隠しカメラは本当にボディ・チェックで見つからないのか?」
木田がそう言うと、大前が人差し指を立てて振った。
「俺は石田だぞ」
「仲間内でも偽造IDの名で呼び合うのか?」
「そうだ。これが終わるまで、前の名前は忘れろ。でないと、いざという時に間違える」
「判った。石田さんのカメラを見せてくれ」
「この時計を見ろ。文字盤に四つの黒い石がある、その一つがレンズだ」
「さすが石田さんだ。カメラとは誰も気付かないぜ。シャッターはどこだ?」
「カメラが自分で判断して撮る。普通に作業していれば良い。バッテリーは時計と共用だ。毎日充電しろ。週末にデータをPCに移せ。図面と写真を照らし合わせて、誤差一センチでお望みの所に出してやる。ところで爆弾は準備出来たのか?」

木田が肯くと、プレハブ小屋の奥を顎で示した。
「どこだ?」。大前の声に、木田が小屋の奥を見る。
「ここにあった木箱をどうした?」。木田が声を荒げた。それに気付かないのか、相田がのんびり答える。
「邪魔だから外に出したよ」
「てめぇ、俺の物に触るんじゃねえ!」
木田が拳を握ると、相田に一歩近づいた。渋沢が素早く木田の腕を押さえる。
「そうカッカすんな。俺達は仲間じゃねえか。仲良くやろうぜ」
そう言いながら、渋沢が木田の前に出た。渋沢は大前と相田に背を向けると、木田に片目をつぶって見せた。すると興奮していた木田が大人しくなった。
「相田、いや、北沢さんだったな。俺の物は勝手に触らないでくれ。あの箱は雨に濡らしたくないんだ」
相田が黙って肯くと、木田は外へ出た。渋沢がその後を追う。木田がペッと唾を吐くと小さな声で言った。
「あの野郎、ツラ見てるだけでむかつくぜ」
「ああ、俺もだ。だが仕方ねえ、大前さんの相棒だ。しばらくの我慢だ。せいぜい仲良くしてやんな」
「石田さんだろ」。渋沢にそう言うと、木田は箱を持って小屋に入った。レッド・ケーキを出すと、箱に付いた土を丁寧に落としながら言った。
「廃棄品も管理は厳重だが、上手く手にいれたぜ。軍が爆薬を抜いた後、民間業者の溶鉱炉でこいつを溶かす。軍の立会いで一個ずつ数を確認しながらだ。だけどよ、溶鉱炉の側は熱いだろ。軍は離れた涼しい所から見てるんだ。溶かしたのが模造品だと気付くはずがねえ」
 大前が満足気に肯くと、木田の肩を叩いて言った。
「良くやった。これで成功間違いなしだ」
「へへへ」。照れ笑いをしながら木田がレッド・ケーキを箱に戻した。小屋の奥へ行こうとすると、相田が突っ立っている。邪魔だ、どけ!と出掛かった言葉を飲み込む。役に立たねえ野郎だ。いや、こいつには大事な使い道がある。木田はニヤリと笑うと相田に言った。
「北沢さんよ、さっきは悪かったな。俺は気が短くていけねえ。まあ、仲良くやろうぜ。すまねえけどよ、ちょっとどいてくんねえか」

 出航セレモニーが終わると隊員達は宇宙センタービルに戻った。六人は男子ロッカー室で宇宙服に着替え始めた。その時、背後から下手な関西弁が聞こえた。
「どうも〜お祝いにケーキ持ってきたで〜」
 何だ?不審に思って六人が振り返ると誰もいない。備品棚の前にある赤い物を見て六人が息を呑んだ。レッド・ケーキ七号だ!
「動くな!動けばビルが吹き飛ぶ。二百人以上死ぬぞ」
 備品棚から声がした。六人は瞬時に思った。本物なら言う通りだ。いや、本物のはずがない。だが、万一本物なら・・・五人が一斉に中林少尉を見た。引きつった顔をした中林少尉が、船長である向大尉を見て肯いた。
「動くな!動けば撃つぞ」「声を出すな。静かにしていろ」
備品棚から目だし帽にレーザーガンを手にした男達が出てきた。四人目の男が出ると、備品棚の床に穴が開いているのが見えた。
「手を上げろ」。一人がドスの利いた声で言った。
 向船長は思った。中林少尉が認めたのだ、爆弾は本物だろう。それ以上に船長は男達に周到な計画を感じた。備品棚の床下にピンポイントでトンネルを掘った事。そして最初の声だ。間の抜けた声で我々の警戒心を解き、攻撃のきっかけを失わせた。
男達の狙いは何だ?国家事業である惑星移住計画を阻止する他国の陰謀なのか?船長がゆっくりと両手を上げた。五人がそれに従う。

 向船長が両手を壁に付けていると、腰にベルトを巻かれた。指示されて姿勢を戻すとレッド・ケーキと四人の仲間が消えている。男達が目だし帽を取っていた。特殊部隊の風貌を予想していた船長は、男達の顔付きが意外だった。どこにでもいそうな普通の男達だ。こんな奴等にまんまと・・・無念さに打ちひしがれる。大前がトンネルをカーペットで隠すと備品棚の戸を閉めた。
「安心しろ、四人は八時間後には目覚める。だが、指示に従わなければ四人を建物ごと吹っ飛ばす」
木田がもう一つのリモコンを二人に見せて言った。
「ベルトにCX−7を20グラム仕込んだ。幅50ミリ、長さ300ミリだ。こいつを押すとどうなる?答えろ、中林」
 船長と同様にベルトを巻かれた中林少尉の顔が青ざめた。
「中途半端な量だな」
「余計な事は言うな、質問に答えろ」
「皮膚と筋肉が飛び散る・・・」
「腸も飛び出すぞ、切腹みていなもんだ。だが介錯してくれる奴はいねえ。もがき苦しんで死ぬんだ。判ったら大人しく指示に従え」
「中林少尉を残したのはベルトの効果を確認させる為か?お前たちの狙いは何だ?」
大前が宇宙服に足を入れながら答えた。
「<大林さん>は俺達とサイズが合わなかっただけだ。さっさと着替えろ」
 
「今、クルーが現れました。六名の隊員がロケットに向かってゆっくりと歩いて行きます。全員が宇宙服にヘルメット姿です。第一回目の惑星移住計画から455年後の今日、同じ光景が私達の前によみがえりました。強い日差しにサンシェードを降ろしているのも同じです。残念ながら顔が見えません。あっ、船長です。船長がサンシェードを一瞬だけ上げました。最年長とはいえ三十二歳の若い向大尉が手を振っています。横にいるのが中林少尉でしょう。顔は見えませんが大きな身体で中林少尉だと判ります。二十四歳、隊員の中で一番若い中林少尉が手を振っています。他の四人も手を振っています。
日本国民の期待を背負った若者達が、旅立とうとしています。ものすごい拍手と歓声です。海岸は人で埋め尽くされています。見送りに来た二十万人の拍手と歓声が地鳴りのように響いています。続いて女性隊員が現れました・・・」

 種子島宇宙センターでの出発の様子は全国に生中継された。刑務所でも作業を中断してテレビの前に受刑者が集まっていた。死刑囚は独房のため見ることは出来ない。しかし、一部の死刑囚が強く希望した為、手錠と腰縄付き、私語は絶対禁止の条件で食堂に集まることが許された。広域暴力団大江組の八人の幹部は三つの刑務所に分かれて収容されていたが、全員がそれを希望したのを誰も不審には思わなかった。


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