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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第62回   第5部 2610年      第1話 赤い稲妻
「警察の発表によりますと、先日の宝石強盗事件に関与したとみられる複数の外国人が、事件翌日の5月29日に出国していた事が判りました。既にお伝えしたように、今回の事件では精密なトンネルが掘られていました。陳列棚の真下に穴を開けることにより、店内の赤外線センサーには反応しないという方法です。
これと同じ手口によって国際強盗団ブラック・キャッツがパリ、北京、ウィーンなどで宝石強盗を繰り返していたことが判りました。出国した外国人たちはブラック・キャッツのメンバーの疑いがあるとのことです」
 ニュースが終わると相田正志が叫んだ。
「すげえな、兄貴。渋沢の言った通りだ」
「兄貴は止めろ、会社では社長と呼べと言ってるだろう」
「ブラック・キャッツも驚いているだろうな。偽造パスポートで遊びに来たのに、仕事をした事にされてさ。わっはっは。それとそっくりにトンネルを掘った社長の腕も大したもんですよ」
 大前智和は苦笑した。相田に言葉の使い分けを期待するのは無理のようだ。大前商事の社員は相田一人だ。そして相田が会社でやる仕事はない。二人の関係は確かに兄貴と子分の方がふさわしい。
「俺達を安心させて尻尾をつかむ作戦かもしれない。油断するなよ」

 相田は肯くとDVDを取り出して映画を見始めた。大前は机に向かう。加工機械や特殊部品の輸入販売が大前商事の主な業務だ。三十歳で独身の青年実業家と言いたいところだが、会社の儲けなど高が知れている。無職では怪しまれるのと、大前自身が使う機械や部品を入手する為の会社だ。
表と裏の二つの仕事をつなぐのが機械の改造であり、それが大前の趣味でもある。郊外の倉庫で機械を分解し、特殊な機器に組み立てる。今回の小型削岩機は会心の作だ。しかし、近いうちに元の機械に復元して売り払うつもりだ。

証拠は残さないのが大前の流儀だ。彼が目指すのは完全犯罪だ。高額な情報料を払ってでも入念な準備をする。手口は大胆かつ細心、最後に重要なのが盗品の処理だ。それも情報屋の渋沢を通しているのは安全だからだ。買い取り額は低いが足がつく恐れは無い。渋沢は不思議な男だ。どこから仕入れてくるのか妙な事まで知っている。
一ヶ月も前から国際窃盗団の入国を知っていた。どの店を狙うかは大前が決めるが、渋沢に上手く利用されている気もする。その一方で、大前の腕を見込んで話を持って来るとも思える。情報は渋沢、立案と実行は大前の分業体制と思えば良いコンビではある。

「赤い稲妻と呼ばれた片瀬大佐は・・・」
「おい、音が大きいぞ」
 大前が注意したのを、相田は聞き間違えた。
「本当は赤い悪魔です。ロシアが付けた名前ですよ。千歳の撃墜マークが赤い矢で、それが胴体いっぱいで。四十三機のうち半分以上がロシア機だったもんで」
 大前はテレビの横のヘッドホンを見た。相田に買ってきたのだが使おうとしない。圧迫感があるのが嫌なようだ。仕方ないと大前は諦めた。相田は小学生のまま大人になったような奴だ。割り算も出来ないようだから、小学生と言っても低学年の知能レベルだ。
それでも彼と組んでいるのは、並外れた身体能力があるからだ。スパイ映画のような手口を大前は考え付くが実行は出来ない。相田が軽業師のように侵入して大前を入れる。計算は小学生並みでも特殊工具や防犯センサーの扱いには慣れている。そして、相田は五歳年上の大前を本当の兄のように慕っている。

「中国はロシア戦線とインド戦線の二人のエースを片瀬大佐にやられてる。片瀬大佐はロシアやインドにも行ったんですか?」
 大前が苦笑しながら答えた。
「それは対馬沖の空戦だ。中国は空軍戦力を結集して、一挙に日本を叩き潰そうとしたんだ」
 相田の顔を見て、大前が言い直した。
「中国は国中の戦闘機を集めて攻めてきたんだ」
「ふうん、そうだったんですか」
「だが、二人のエースを撃墜されて撤退した」 
「なぁ兄貴、日本はロシア、中国と戦ったんだろう。そのロシアと中国も戦ったのか?」
「片瀬大佐は根室沖でアメリカの空母を撃沈しただろう」
「ああ、そうだった。アメリカとも戦っている。どうしてだろ?」
「第三次大戦は食料の奪い合いだ。よその国は全部敵だったんだ。お互いに食料がありそうな所を攻め合ったんだ」
「へぇー、食い物目当てで攻めて来たんだ。日本は食い物がたくさんあったんですね」 
「そんな事はない。日本でも一千万人以上餓死した。北海道が占領されたら、その倍以上が死んだはずだ。世界全体では十億人とも言われている。お前、旅ネズミを知っているか?」
「旅をするネズミは映画で見たよ」
「その旅ネズミと人間も一緒ってことだ」
「えっ?人間も剣を持って猫と戦うんですかい?」
「違う。お前が見たのはアニメだろ。俺が言ってるのは、頭がおかしくなって集団で海に入って死ぬネズミだ。人間もそれと同じだ。増えすぎて気が狂ったんだ。戦争で大勢死んで、つまり食い扶持が減って正気に戻ったんだ。第三次大戦がどんなものだったか判ったか?」

 相田の返事がない。見ればテレビの空中戦に夢中だ。人に質問をしておいて答えを聞かない。やれやれ、またか。思い出したように相田が口を開いた。
「最後にはロシアも中国も赤い片瀬機を見ただけで逃げ出したんですよ」
 それは有名な話だ。大前も子供の頃に映画を見て知っている。しかし、テレビの映像はそれとは違うような気がする。テーブルに置いてあるDVDのケースを手に取る。「第三次大戦の空軍戦略と片瀬大佐の戦術」
映画らしからぬ題名だ。大前の記憶では「撃墜王片瀬大佐〜日本を救った男」。そんなタイトルだったはずだ。
「こんな映画あったか?」
「これ、映画じゃないすよ。これで勉強したらしいです。超レア物で十二万もしました」

 大前は手にしたケースを改めて見た。制作千歳航空隊、監修国防省幕僚本部、2110年制作、管理番号032。警告、空軍関係者以外は閲覧禁止。違反者は国家機密保持法違反で処罰される。
「どこで手に入れた?」
「ビデオ屋に頼んでたんだ。残っているのが二十本ないかあるか、滅多に出てこない品だから十二万なら安いと言われました」
 戦後に作られた空軍のパイロット訓練用のビデオのようだ。五百年も経てば国家機密保持法も時効だろう。表紙はボロボロだ。大前には十二万もの価値があるとは思えない。まして相田にどこまで理解出来るのだろうか。だが、相田の唯一の趣味が飛行機だから仕方ない。いや、相田の好きな事はもう一つあった。
「お前、十二万も出してあっちはどうしてたんだ?」
「行ってないっす。兄貴、小遣いくれよ」
「金が要るなら、すぐ言え」

 大前は財布を出すと相田に十万渡した。相田の給料は週に十万円だ。稼ぎから言えば、その十倍でも良いのだが、相田は金の使い方を知らない。月給ではなく週給にしているのは、大金を持たせれば女に騙されるか、金遣いの荒い男として警察にマークされるからだ。
大前は相田に言い含めている。同じ店には月に一度しか行くな、女を指名するな、チップは出すな。言われた通りに相田は十軒ほどの風俗店を順に巡っている。週二回店に行き、残りの金で戦闘機の模型やDVDを買う。それで相田は満足している。


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