3Dマップに付いていた巨大彗星のデータは詳しく分析された。それは渋谷課長が推定したように氷と液体水素の彗星だった。およそ二十年後にはイズモへ落下する。イズモは甚大な被害を受けるが、四百年後には回復しているはずだ。 30%と高すぎた酸素濃度は25%まで下がると推定された。人が住み火を使うには適度な濃度だ。同時にそれは二酸化炭素の急上昇を伴う。14度だった平均気温は一気に17度まで上がるだろう。それでも今の地球よりは住みやすい。政府はイズモへの移住を決めた。
問題はコンピュータだ。合同会議が開かれた。内務省が発言する。2538年のマザー協定でマザー・システムは使用も開発も禁止となり、システムを開発した日本は国際的信用を失墜した。日本の宇宙船がマザー・システムを採用するわけにはいかない。 科学省長官が意見を述べた。M−1はアスカの十七のプログラムとは独立した比較的小さなプログラムだ。対してマザー・システムは内部に数千のプログラムを含む巨大なシステムだ。両者が別物であるのは明らかである。
黒川統合調査部長が挙手した。軍の記録ではマザー戦争の原因はプログラムよりも、人間の側にあった。国境紛争地域を自国の領土とすることは禁じられていた。しかし、数カ国がそれを守らなかった。国境で小競り合いがあった時、両国のマザーは互いの情報の矛盾に混乱し熱暴走した。これがマザー戦争の原因だ。外務省情報部が協定違反を示唆する情報の存在を認めると、会場の空気が変わった。
内閣調査府がM−0プログラムを使用する場合を報告した。運航には八名のクルーを養成せねばならない。それには教官の養成と訓練施設の建設から始める必要がある。試算では訓練開始まで三年、訓練に一年。出航は四年後となる。 黒川統合調査部長が発言した。M−1プログラムをマザー・システムと認定するなら、試作品のM−0プログラムも同様と考えるのが筋である。そうなれば日本は惑星移住計画から撤退するしかない。
科学省長官が再び発言する。M−1プログラムはアスカの操船を覚えた。さらに自ら判断する能力も持った。しかし、コンピュータにはその自覚がなく不安定な状態だった。 科学省の田代春菜がコンピュータにチヒロの名を与え、コンピュータは独立した人格に近い存在になった。だが、判断力は幼児レベルで、人間への不信感と隕石への恐怖心を持っている。現状で出発するのは危険である。この二つの問題は、計算能力の向上で克服出来るはずである。チップの交換、増設を科学省は提案する。これはチヒロ自身の要求でもある。 最後の一言に会場がざわめいた。名前と意志を持ったコンピュータに驚きと期待が沸き起こる。が、次の瞬間言い知れぬ不安を感じる。人間への不信が憎悪に変わるのではないか、という危惧に対し長官はチヒロの非常停止ボタンを付けることを提案した。
内務省が主張を繰り返す。チヒロを採用しても表向きはM−0プログラムだ。訓練施設を作り、訓練の芝居をせねばならない。クルーは国民の注目の的だ、四年間も秘密を守れるのか?万一、情報が漏れたなら各国はチヒロをマザー・システムと認定するだろう。日本は二度目の失敗は許されない。 黒川統合調査部長が提案した。M−0プログラムを改良したことにして、訓練はコンピュータ・シミュレーションで行う。それなら訓練施設は不要だ。クルーはコブラから選ぶ。メカニックは空軍からだ。そうすれば短期間で出航できるうえ秘密も保たれる。
最後まで難色を示していた内務省が折れた。合同会議はM−1プログラムの採用を決定し命名を追認した。そして、この会議の内容、決定事項の全てを最高度の国家機密とした。
政府はアスカの帰還を発表した。惑星には彗星が落下するので移住不能のメールを発信した。その後に地球に良く似た星だと判った。そこでクルーは一つの結論に達した。 一旦、通信機の修理に地球に戻る。四百年後には惑星は災害から回復している。クルーは惑星をイズモと命名し、惑星データを送信した。ところが、帰還した地球の軌道上で隕石と衝突し全員死亡した。十六名の英雄の冥福を祈ろう。彼等の遺志を継ぐためにも我々は惑星イズモへ日本人を送らねばならない。
201光年をアスカは四回のワープで帰って来た。地球からイズモまでは十五日間だ、循環システムは不要となる。そこに燃料タンクを増設すれば、アスカはイズモから再発進して地球へ戻れる。 第二回惑星移住計画の乗員十六名は男六名、女十名で一回目と同じだ。子供を産む女の数を多くして男の不足分は冷凍精子や受精卵を使う。その精子と受精卵は前回のをそのまま使う。今回違うのは全員が軍人だ。イズモに凶暴な生物がいるかもしれない、ロシア隊の悲劇を繰り返さない為だ。 アスカの改造計画が決まった。宇宙で船体の穴をふさぐ。これは地球に帰還するための仮工事だ。地球で半年かけて本格的な修理と改造をする。船体上部に格納式のレーザー砲を設置し、食料庫の一部を武器庫にする。 乗員は船のコンピュータで操船訓練を行う。しかし、実際に行われたのはチップ交換と増設だった。
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