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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第6回               第4話 長老の葬式
 長老は家の中でひれ伏していた。他の鬼たちは家の外で土下座している。
「あなた様がニライ様の再来とは気付かず、数々の無礼をお許し下さい」
「長老様、どうぞ手を上げて下さい。過ぎたことです。みんなも手を上げて下さい」
「ニライ様、あつかましいお願いですが、私は雲固を食べられませんでした。足が不自由で家の中にいたのです。どうぞ、この哀れな老人にも雲固をお授け下さい」
「もちろんです、長老様」
「おおー、ありがたいことです」
「しかし、今はだめです」
「いつ、いただけるのでしょう?」
「明日か明後日。但し、私が腹いっぱい食べたその後です」
「ニライ様に、食事の用意をさせましょう」
長老が合図すると、一人の女が立ち上がって食料庫へ向かった。

 翌朝、治は快調だった。それを木の葉で包むと長老の家に向かった。
「おお、ニライ様。ありがたいことです」
長老は嬉しそうに受け取った。治はその先は見たくなかったので、すぐに長老の家を出た。

治はダブの家へ向かった。
「ああ、ニライ様。わざわざ僕のところへ来られるとは光栄です」
「俺はニライじゃないよ。俺は角なし族さ」
それを聞くと、ダブはプッと笑った。
「その角なし、は止めて下さい。思い出すと可笑しくて。それにあなたはチキュウジンでしょ」
「覚えていてくれたんだね、ダブ。二人きりの時は、俺をオサムと呼んでくれよ」
「判りました、オサム」

そう返事したダブの顔が明るくなった。それを見て治は思いついた。
「ダブ、君にだけ俺の秘密を見せようか。誰にも内緒だよ」
「はい、誰にも言いません」
治はダブの前で立ち上がり、パンツを下ろした。
「俺には君たちのような角がないけど、別の場所に角があるのさ。これが俺の角だよ」
「こんな所に隠していたら役に立たないよ。それに下を向いていたら花粉が地面に落ちちゃう」
「使う時は、こうやって出すし、その時はもっともっと大きくなって上を向くんだよ」
「そうだったんですか。種族が違うと、角も違うんですね」
「そうさ、わはは」
「あははは」
その時、けたたまいし叫び声が聞こえた。
「長老様が倒れたぞ」
 治はパンツを上げて、ダブと共に長老の家に向かった。

長老は口の端に雲固をつけたまま死んでいた。長老の横に座っていた女が治に聞いた。
「昨夜の約束の雲固を、長老様に差し上げましたね」
「うん、ついさっきだよ」
「それは、どのくらいの量でしたか?」
「昨日と同じくらいだった」
「そうですか、長老様は雲固を食べ過ぎて亡くなりました。あれだけ大量の雲固を一人で食べるなんて・・・」 女はしくしくと泣き出した。集まってきた村人も泣き出した。
「まさか一人で全部食べるとは思わなかった」
「いいえ、ニライ様、あなた様のせいではありません。長老様が悪いのです。老人のくせにひと花咲かそうなんて、馬鹿な長老様。ほんの一口にしておけば、百歳まで生きられたのに」

「お婆様がきたぞ」
若者に背負われて老婆が現れた。お婆の身体は赤というより茶色がかり、所々コケさえ生えていた。長老の横にいた女が場所をあけると、お婆はそこに降ろされた。
「なんで死んだのじゃ?」
「長老様は雲固を食べ過ぎて亡くなりました」
「こいつはガキの頃から、食いしん坊だったからのう」
女は長老の口元に残った雲固を指でそっと取ると、お婆に差し出した。
「ワシはいいわい。長生きし過ぎたくらいじゃ」
「そうおっしゃらずに、どうぞ味見だけでも」
「そうかい、それでは頂くかのう」お婆は女の指先から、ほんの僅かの雲固を取ると、目をつぶって口にいれた。
「ほんに天空の味よのう、ワシのような婆にはもったいないわい。まあ、おかげで良い冥土の土産話が出来たわい」そう言うと、小屋の外に立っていた治に軽くうなずいた。

座っていた鬼たちがお婆に話しかけた。
「お婆様、長老様が亡くなった今言うのも何だが、しきたりだから聞く。長老様の後を継ぐのは誰じゃ?」
「ヌダバとアシジの、どっちが年上じゃろう?」
「なんでワシに聞く?そこにニライ様がおるじゃろ。ニライ様に聞け」お婆はそう言うと、年寄りとは思えぬ鋭い視線を治に向けた。
「いや、俺は・・・俺はあなたたちの事はまだ良く判りません。どうぞお婆様が決めてください」
「ふむ、そうかい」お婆は目をつぶると、二人の鬼に聞いた。
「ヌタバの親はヌルデとガジだったな」
「はい」
「アシジはニカリとキンテの子だな」
「はい、そうです」

お婆は目を閉じたまま上を向いてつぶやいた。
「あれはワシの最初の娘のラサが生まれた日じゃった。もうすぐ生まれそうだとワシがしゃがんで待っていると、ニカリとキンテが『赤子が生まれたぞ、男の子だ』と喜んでおったわい。その後すぐにラサが生まれた。
ワシがラサを抱いて家に戻ろうとした時に、ヌルデが急いで歩いてくるのに出会った。『どうしたヌルデ』と聞くと、『今日は子供が生まれる日なのを忘れてた』と答えた。『もう生まれたかもしれんぞ』とからかうと、ヌルデは背伸びして手をかざして畑を見た。『いや、まだだ。ガジがしゃがんで待っている』と答えたわい」
「先に生まれたのはアシジだ」
「長老になるのはアシジだ」
「ヌタバのおっちょこちょいは、オヤジゆずりだったんだ」鬼たちが、どっと笑った。

長老の葬儀が始まった。鬼たちは枯れ枝を集め、蔦で結んで担架を作った。それに長老を乗せると、新たに長老となったアシジを先頭に葬儀の行列は歩き出した。行列は川にぶつかると、川に沿って下りはじめた。
やがて川幅が広くなり、海が見えてきた。河口近くで鬼たちは担架を流れへと押し出した。そして、近くの丘に登った。そこからは川を流れ下る長老を乗せた担架が見えた。そして海の向こうには陸が見える。

「ダブ、あっちの陸にも赤族は住んでいるの?」
「判らないよ。誰も行ったことはないし、誰も来たこともない」
「泳いで渡るのは無理だな」
「泳ぐなんて、とんでもないよ。僕たちは海に入るとしおれてしまうもの。だから海は僕たちの墓場なんだ」
治は道とレーザーガンを思った。陸続きなら、青族がレーザーガンを拾うかもしれない。ここが島か別の大陸なら、その可能性はない。その代わり治が向こうに行くことも出来ないだろう。あの道の正体を確かめるのも無理だ。

長老を乗せた担架は、川の流れに乗って海に出た。すると海流に乗ってみるみる岸を離れていく。
「長老さまー、さようなら」
鬼たちはいっせいに叫んで涙ぐんだ。その間にも担架は沖へ流され、やがて見えなくなった。
「さあ、長老様もこれで無事にあの世へ旅立たれた。帰ろう」
鬼たちは丘を降り始めた。治は一人、まだ担架の流れ去った先を見ていた。これだけ強い海流があるのは、向こうの陸とこちら側が繋がっていないからだ。治は安心すると共に、がっかりもした。
「ニライ様、帰りましょうー」丘の下からダブが呼んでいる。
「今行くよ」治は丘を駆け下りた。


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