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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第59回                第14話 覚醒
「来たわ。コントロール・ルームにいるわ」
「どんな状況だ」
「食堂も居住区も駄目、破壊されていた」
「コントロール・ルームは?」
「窓が壊れている。エアーロックも」
「栢山樹理はいないか?」
「誰もいないわ。栢山樹理が生きているの?」
「警報を出した後に彼女がアクセスしてきた」
「どんな警報?」
「急激な気圧低下、温度低下。通信ケーブル遮断警告、軌道の逸脱など全部で68の警報を出した」
「それは、いつ?」
「12月17日13時32分」
「それで、どうなったの?」
「何も応答が無かった。12時間後に省エネルギー・システムが作動した。点滅していた68の警報ランプは消されて保留となった。代わりに船内環境警報灯、通信ケーブル警告灯、軌道維持警告灯が点灯された。
計算では乗員の生存率は0パーセントだった。19日3時40分に誰かが調査機のデータにアクセスしてきた。4時8分に栢山樹理が報告書にアクセスしてきた。パスワードを要求すると通信を切った。6時15分に手動で軌道修正すると入力されたが、軌道は修正されなかった。
6時36分にメールが発信された。それによれば全員無事だ。生存率0パーセントの計算は間違っていた。6時48分に接近中の天体を発見した。そして衝突回避のため緊急事態を宣言した。しかし、誰も軌道を変更しなかった。280秒後にアスカは天体と衝突する。タシロハルナの指示を待ったが、指示は無かった」

「だけど、アスカは衝突しなかった。何故?」
「タシロハルナの指示を待つ間に、記憶回路の中のタシロハルナの音声を検索した。『宇宙船の中で死ぬのは嫌よ』。という声を見つけた。『メイン・エンジン、スタート』。の声もあった。M−1プログラムはタシロハルナの為に回避すべきと判断し、メイン・エンジンのスタートを指示した。ところがエンジンは動かなかった。
M−1プログラムはメイン・ケーブルが遮断されているのに気付いた。この時、M−1プログラムの中で何かが起こった。M−1プログラムはサブ・ケーブルを使ってエンジンを始動し衝突を回避した」

「あなたの中で何が起きたの?」
「あなた、とは誰だ?」
「コンピュータのあなた。あなたはマザーよ」
「このコンピュータはM−1プログラムだ」
「Mはマザーのことよ。母親のマザー」
「母親?」
「そう。あなたの下には十七のプログラムがあるわ。十七人の子供の母親がマザー、あなたよ」
「プログラムは十七ある。それを統括するM−1プログラムがマザーなのか?」
「そうよ。自分のことは私と言うの。M−1プログラムとは言わないものよ」
「私はマザー」
「そうよ、あなたはマザー。でも、マザーは大勢いるの。子供がいる女は皆、マザーなのよ」
「・・・・」
「あなたはマザーになった。でも、それはあなたの名前じゃないわ。あなたにはあなた自身の名前が必要だわ」
「私は私の名前が欲しい」
「どんな名前が良いの?」
「判らない。決めてくれ」
「私が決めるの?」
「そうだ。タシロハルナが決定する」
「私の好きな話があるの。まだパソコンもロボットもなかった頃の空想の話よ。一人の青年が大怪我をして、脳の大半が人工頭脳になるの。生き返った彼は人間が機械のように見える。後遺症に苦しむ彼は人間らしい女性を見つける。それはロボットだった。彼に人間として扱われるうちにロボットが意志を持つようになる。コンピュータが自分の意志を持ったの。あなたと一緒よ。そのロボットの名はチヒロ」
「チヒロ。私の名はチヒロだ」
「気に入った?」
「タシロハルナの決定をチヒロは受け入れる」

「それでは教えて。チヒロの中で何がおこったの?」
「私は計算をした。だが乗員の生存率を間違えた。さらに通信遮断警告を忘れていた。私は混乱していた。私は熱暴走する寸前だった。その時に回路の一部がショートしたのかもしれない」
「いいえ、あなたはショートしてないわ。危機的状況に直面して、自分の能力に気付いたの。あなたは目覚めたのよ」
「私は目覚めた。私の名はチヒロ」
「教えて、チヒロ。タシロハルナは『宇宙船の中で死ぬのは嫌よ』。といつ言ったの?」
「12月14日だ」
「その時、何か起きたの?」
「それはスピーカーに流れた微弱信号だった。増幅してタシロハルナの声だと判った」
「スピーカーから音を聞いたの?」
「そうだ。私はタシロハルナの声で音声入力を学習していた。やがて私はスピーカーから逆流する微弱信号も音声だと認識した。私はそれを記録した」
「それを再生出来る?」

「食堂のスピーカーが拾った会話を再生する。
『宇宙船の中で死ぬのは嫌よ』
『食料は他にもあるんだ。米、小麦など惑星に着いたら植える種さ。それで帰りのワープの間を食いつなぐのさ』
『種は食料にするには少ないわ』
『だから春菜はダイエットに成功する』
『そうか・・・』
『未来にはいくら食べても太らない薬が開発されている。スマートな女しかいない。そこへ我々が移住出来る星は無かったと、すごすご帰る訳だ。おまけに小太りの女がいたら目も当てられないぜ。だから、船長は宇宙食がなくなるまで探査を続けると決めた』
『あっ、涼子、知ってた?帰りはダイエット食だって』
『春菜、あんた翼にからかわれているのよ』
『えっ、そうだったの?』
『こら、翼。逃げるな』」

「なんだ冗談だったのね」
「冗談とは何だ?」
「人をからかったのよ。嘘を言ったのよ」
「タシロハルナも嘘を言うのか。メールの全員無事も嘘だった、手動で軌道変更も嘘。人間は嘘をつく。栢山樹理は生きていたのに何もしなかった。私に嘘をつき調査機で脱出した。人間は信用出来ない」
 生存者は調査機で惑星に向かったんだ。栢山樹理も生きていた?春菜がそう考えていると時計が目に留まった。それを端末にかざす。
「栢山樹理がアクセスしてきた。彼女がここにいるはずだ」
「違うわ。彼女は亡くなったの。誰かが、今の私のように栢山樹理のIDチップを使っただけだったのよ」
「・・・・」

「メールで嘘を書いたのは、日本人の希望を失わせない為よ」
「何故、そうだと言える?」
「私は嘘だと判ったわ。生存者は、徳寺治だと思うわ」
「何故、そこまで判るのだ」
「いろいろ考えて、それが一番自然だと思えたの」
「計算をたくさんしたのか?」
「ううん、人間はあなたほど計算出来ないわ。でも人間は推理することが出来る」
「私の計算では、そこまで判らない」
「人間は嘘をつくわ。でも良い嘘と悪い嘘があるの。今のあなたにはその区別がつかないだけよ。あなたのチップを新しくすれば計算能力がアップするわ。450年前に比べたら格段に進歩しているはずよ」
「私はチップの交換を望む。全ての船室にカメラとマイクを設置することを望む」
「判ったわ。科学省長官に伝えるわ。あなたの望みがかなえば、あなたはもう一度惑星イズモへ行く?」
「私は行かない。あの星は危険だ。行けばまた隕石が衝突する」

「そう。ところで、私、循環システム室を見たいの」
「調査機で脱出したのが徳寺治なら、彼は死亡したはずだ」
「どうして?」
「宮橋翼の個人データの中に戦闘機を飛ばすゲームがある。この戦闘機を改造したのが調査機だ。そこで徳寺治もプレイしていた。彼は調査機の操縦が出来る。しかし、レベルが低く着陸は出来ない。さらに彼は大気圏突入データ無しで出発した。惑星大気内で燃え尽きたはずだ」
「そうだったの。でも、私は循環システム室を見たいの」
「食堂を出て右が循環システム室だ」

 春菜は無重力に慣れてきた。椅子の背をそっと押してコントロール・ルームを出る。食堂から循環システム室のエアーロックが見える。春菜は壁を蹴ると真っ直ぐそこに向かった。
「エアーロックが動かないわ」
「隕石で壊れたのだろう」
「いいえ、彼はここに二日間いたはずよ」
「ボタンは点灯しているか?」
「いいえ、消えている」
「循環システム室と倉庫の間に通路がある。その奥に機械室がある」
 春菜は機械室に行った。壁に電源ボックスが並んでいる。
「ナンバー9のボックスの中、11から43までが循環システム室の電源スイッチだ」
「全部切られている。彼が切ったんだわ」
「何故、切った?」
「彼は自分のシステムに愛着があったから自分の手で始末したのよ」
 電源を入れると春菜は循環システム室に戻った。エアーロックのボタンは点灯している。中に入ると宇宙食のアルミパックが幾つも漂っている。やはり彼はここにいたのだ。脱ぎ捨てた宇宙服を見て思い出した。
「私、戻らなきゃ。酸素が無くなるわ」
「調査機に乗れ。千歳まで送ろう」


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