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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第58回                第13話 保育士は宇宙へ
春菜は高高度偵察機用の飛行スーツを着る。春菜には大きすぎて、ジープに乗り込むのも不自由だ。ヘルメットを持った長官が心配そうな顔で横に座った。調査機に向かって走り出すと通信機が鳴った。受話器を取った空軍中佐が、兵士に停車を命じると振り向いて言った。
「コブラが出動しました。代わりの者が来ます」
不気味な言葉に不安顔の春菜に長官が説明する。
「対テロリストの特殊部隊だ。陸軍だが事件があれば海でも空でもどこでも行く」

ヘリが飛んで来て二名の隊員を降ろした。小柄な一人は飛行スーツを着ている。迷彩服の隊員が敬礼して言った。
「陸軍特殊部隊第一小隊長、東大尉。瀬島科学省長官に報告します。陸軍参謀長唐木中将の命令により、田代春菜さんの代わりに部下がアスカに向かいます。尚、この命令は黒川統合情報部長の進言によるものです」
「黒川さんのお気持ちは有難いですけど、私が行くしかないと思います」

 空軍と陸軍の将校は目を合わせた。統合情報部長を親しげに呼ぶ、この女性は何者だろう。東大尉が女性隊員を示して言った。
「和泉少尉はその旧型機の操縦が出来ます。万一の場合は徳寺治を射殺し帰還することも可能です」
「私が田代春菜さんの代わりに行きます。徳寺治は田代春菜さんの顔を知らないはずです」

 春菜は和泉少尉を見た。男のように髪を短くしているが、長髪にしてカールした方が似合うと思った。
「徳寺治は気など狂っていません。彼は正気です」
そう言って春菜は長官を見た。長官が春菜に肯くと和泉少尉に言った。
「田代君は先ほど彼と話した。君が代わりに行っても声で見破られる」
「あの旧型機は二人乗りです。和泉少尉を連れて行けば役に立ちます」
「彼はとてもナーバスになっています。私以外の人がいると・・・うまくいかないと思います」
「貴女一人では危険です。私が同行します」
「民間人を危険にさらすな、これは首相の意向です」
春菜が返答に困っていると長官が言った。
「これ以上の詮議は無用だ。私が全責任を取る。田代君一人でアスカに向かう」

ジープが走りだそうとすると和泉少尉が叫んだ。
「ちょっと待ちな。そのスーツじゃ死ぬよ。アタシのを着て行きな」
 そう言いながら和泉少尉が脱ぎ始めた。春菜は有難かった。しかし、ここは管制塔から丸見えだ。スーツの下は下着同然なのだ。躊躇する春菜に気付いた和泉少尉が叫んだ。
「全員降車、整列して壁を作れ」
三人の男が車を降りると東大尉も加わって整列したが、こちらを向いている。
「こらっ、見世物じゃないんだよ。気を付け、回れ右」

 和泉少尉が春菜の着替えを手伝いながら、次々に指示を出す。
「スーツを何かに引っ掛けて破れたら即死だよ。酸素は六時間分あるけど、慣れないアンタには五時間しかもたないよ。吐いたら死ぬよ。吐いた物が酸素ホースを塞いで窒息するんだ。何だって?胃はからっぽかい。そりゃ良かったね。それから、これを持ってきな」
 和泉少尉が春菜の腰に拳銃の付いたベルトを巻いた。
「私、武器は要らないです」
「中身はただの圧縮空気さ。アンタ、無重力の体験も無いだろ。ただのOLだもんね」
「私はただのOLではありません。保育士の資格を持っています」

その意味に気付かない和泉少尉は怪訝な顔をしながらも指示を続けた。
「宇宙船にちょっと触れただけで、反動で身体は宇宙をさまよう事になる。そしたら、こいつを行きたい方向と反対に撃つんだ。そうならないように気をつけることだね。宇宙ではゆっくり動くんだよ。よし、終わった。全員元へ、回れ右」
 和泉少尉は下着同然の姿で叫んだ。男たちがこちらを見る。長官だけが慌てて後ろを向いた。春菜が驚いて言った。
「あなた、そんな格好で」
「訓練の時は、いつもこんな格好さ。最後に大事なことがある。コースは南東と指示するんだよ。太平洋上空を飛ぶんだ。ロシアや中国の領空を飛んだらミサイルが飛んでくるからね」

 宇宙空間に釣鐘のような物が浮かんでいる、ワープ装置だ。その先の小さな銀白色、それが近づくにつれアスカだと判る。調査機はアスカの周囲を一回転した。春菜にはアスカが回ったように見えた。
「見えたわ。胴体に穴が開いている。隕石の衝突した跡だわ」
「その位置と大きさを知りたい」
「胴体下側の真ん中よ。大きさは胴体の幅の三分の一くらい。中が見えたわ、穴は食堂の床に開いている」
「内部を知りたい。アスカに移れ」

 調査機がアスカの翼に着陸した。五、六メートルほど先に胴体がある。その上に入り口が見えた。翼の上を這って行こうとするが身体が浮く。プールの底を泳いでいるようだ。ガス銃を撃つと春菜の身体は胴体に当たって跳ね上がった。冷や汗が流れる。ガス銃は五発までだ。落ち着け。
その時、細いロープを見つけてしがみつく。ロープが入り口に繋がっているのが判った。ロープを手繰って中に入る。そこは食堂の天井だ。入り口から中を覗くと床に開いた穴が見えた。穴の縁はギザギザだ。あれに飛行スーツを引っ掛けたら即死だ。ロープを握ったまま食堂の天井に立ち周囲を見る。中央通路に気付いた。ロープに掴まりながら天井を歩いて通路へ入った。エアーロックが壊れている。怖い。誰かの遺体があるかもしれない。途中の部屋を素通りしてコントロール・ルームに入った。


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