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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第55回                第10話 開かずのメール
長官と春菜は黒川統合情報部長から食事に招待された。そこで長官と黒川氏は思い出話を始めた。二人は大学の同期生であり、それ以来のライバルだったのだ。黒川氏は春菜を気に入ってくれた。孫の嫁にしたいが、まだ中学生だと笑う。長官がウチのは高校生だと勝ち誇ったように言う。春菜が結婚対象外だと言うと、黒川氏がこの勝負は引き分けだと宣言して笑った。
そんな二人に請われて春菜は種明かしをした。さらに春菜は藤本元資料室チーフのもう一つの話を二人にぶつけてみる。マザー戦争の原因だ。とたんに二人は高級官僚の顔に戻り、曖昧に否定した。

 統合情報部から返却された箱には二つのメモリーが入っていた。一つは秘密にするような物ではない。模型の中に隠されていたのが、徳寺治の監視を命じたメモリーになる。それが何か変だと春菜は思った。航空宇宙局が監視を命じたならば、隠す必要はないはずだ。監視指示は局長の独断かもしれない。
汚職で自殺した、あるいはマフィアに殺された大倉局長とはどんな人物だったのだろう。その局長が秘密にしていた指示に正当性はあったのだろうか?春菜は最初のメールを思い出した。「日本の未来に幸いあれ」。気の狂った者が書く文章ではない。春菜の関心は局長を離れて徳寺治に向かう。
オサム・トクデラ・クライシスの功績を無視され、精神異常者扱いされた彼に同情する。彼についてもっと知りたいと思った。春菜はネット・ニュース社の会員になることにした。入会金と年間購読料を合わせると高額だが、過去七百年分のニュース・データを持っている。

徳寺治が論文を発表した2154年5月を検索すると、当時の野党第一党が論文を絶賛し政府批判を展開している。その後は反論の嵐だ。科学的根拠に欠けると酷評され、徳寺治への個人攻撃まである。ところが7月の記事に驚く。
「食料増産計画に国民の半数以上が反対と驚きのアンケート結果。4月のアンケートで賛成78%だった世論が逆転、反対が64%と急増した。このままでは年末に控えた総選挙で与党の敗北は必至か」
8月に政府が計画を縮小したのを受けて、9月の反対は48%に減っている。そして12月には22%と急落した。解説では、食料品の相次ぐ値上げで国民は名より実を選んだとある。

彼の論文は科学的審査の前に、政治的に利用されたのだ。そして政府の計画を縮小させた。翌2155年、彼はアスカの乗員に選ばれた。日本の夢と希望を担う栄誉ある若者、その輝かしい光の中に春菜は宇宙追放という影を感じる。いや、むしろ彼は日本社会からの脱出を望んでいたのかもしれない。
春菜の中で徳寺治のイメージが膨らむ。惑星研究会のHPにあった彼の写真はどれも良く撮れている。けっこうハンサムだ。その笑顔の裏に暗い影がつきまとう。彼が出航したのは二十五歳、春菜と同じ年齢だ。そして気付く。もしも、彼が地球に返ってくれば二十五歳なのだ。アスカの中で経過した時間は五ヶ月でしかない。

政府は統合情報部案を採用した。科学省でも徳寺治狂人説が大勢を占めている。認めていないのは春菜だけだ。彼が狂人だとは思えないからだ。しかし、それを証明することも出来ない。
もう一度、原点に戻って考えよう。しかし、資料は五つだけだ。最初のメール、惑星データ、3Dマップ、地球帰還メール、そして監視指示書。出航前日に監視の指示を出したのは、直前に何か起きたからだ。その日に最後の家族面談があった。ホテルで家族水いらずの最後の食事だ。そこで何かトラブルが発生したのだ。
その当日に指示が出されている。局長の独断だったのは会議に諮る時間が無かったからとも思える。数時間で局長は監視指示書を書き、専用コードを三種類用意した?そんな事はあり得ない。しかし、bRとあるからにはbP、bQもあったはずだ。専用コードは前もって用意されていたのだろうか。もう一つ可能性がある。アスカの出航は翌日だ、それまでに専用コードを用意したのかもしれない。
しかし、何故三種類もあるのだ?ともかく、その中から栢山樹理はbRを選んだ。何故、bRなのだろう? 考え込む春菜の目の前に資料がある。普通のメール、惑星データ、3Dマップ、アスカには三種類のメールがある・・・。

春菜は部長室に駆け込んだ。
「部長、例の開かずのメール。あれを3Dで開いてみて下さい」
「報告書を3Dで開く?馬鹿な、あれは文章ファイルだ。何も映らんぞ」
「それが盲点かもしれないんです。専用コードbRはアスカの三番目のメール形式を示していると思うんです」
 会議室でプロジェクターが動き出した。何も映らない、真っ暗だ。突然、白い文字が浮かび上がった。文字の列が次々に現れ奥に消えていく。これは映像のない字幕だけの3D映画だ。

「徳寺治の母親が発狂したのではないか、という大倉局長の危惧に対する私の見解を述べたいと思います。母親の徳寺美佐は治との最後の別れにさいして感情を抑え自らを叱咤して耐えている様子でした。それが突然くずれ気が動転したのは、叔父の高弘の名が出た直後です。映像は斜め上からですが、美佐の表情が一変したのが見て取れます。私はここに注目しました。美佐と共に、叔父である徳寺高弘の詳細な経歴をワープまでに要求した所以です。
二人の経歴を調べるうちに、自分の予想を上回る結論に達しました。この結論に私は戸惑い、私の妄想ではないかと危惧したほどです。ビデオと経歴だけで診断するのは精神科医としてやるべき事ではありません。しかも、私は二人の秘密にまで立ち入ったのです。
この私の想像の産物、絵空事のような結論に、私自身は何故か確信を持っています。医者の勘と言えるほどの臨床経験はない私ですが、妙に自信があるのです。その理由は徳寺治です。彼の明るい外面の奥に潜む暗い影、複雑な心の綾。そこに私は彼の母親の影を感じました。

母親の美佐は中学三年間学年トップという才女でした。しかし、名門である長野北高校での成績は思わしくありません。その後、上田大学から一流企業である長野証券に入っていますが、総合職ではなく事務職です。勤務も長野本社ではなく、上田支店が採用した一般事務員です。
ここで注目すべきは、美佐は高校だけは長野市に通いましたが、その後は上田大学、長野証券上田支店と地元から離れなかったことです。そこに私は、自信を喪失して新天地を目指す意欲を無くした美佐の沈んだ心を見る思いがします。高校の同級生は医者、弁護士、キャリア・ウーマンへと羽ばたこうとしている時、美佐は地方都市に埋もれるような生活を選んだのです。

 一方の高弘は長野北高校、信濃大学、財務省とエリート・コースを歩んでいましたが、突然財務省を辞職しアメリカへ去りました。記録では財務省での高弘には何の問題もない、むしろ将来を期待される有望な若手という評価をされています。
  この二人は長野北高校に同時期に在学していました。一学年上の高弘は秀才でスポーツ万能でもあり、校内の球技大会や水泳大会でも活躍しています。まして写真でも判るように美男子です。高校では女子生徒の憧れの的であったでしょう。後輩の美佐も高弘に憧れた一人だったと容易に想像されます。一方の高弘は目立たない美佐の存在さえも知らなかったかもしれません。


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