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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第53回                第8話 少佐の挑発
 あちこちから驚きの声が上がった。
「静粛に。田代君、発言を続けたまえ」
「先ほどのお話では証拠品は軍の倉庫から見つかった。その理由として長野では軍の倉庫の一部を科学省に貸与していて、その時に紛れ込んだ。でも、それはあり得ません。何故なら、軍と科学省の間には天井までの仕切りがあったからです」
 統合情報部長の後に座っていた男が手を挙げた。三十代後半だろうか、目つきの鋭い男だ。議長が八幡少佐と名を呼んで発言を許可した。
「まるで見てきたように言うが、三十年前なら田代さんは生まれていなかったように見受けられる。何故、それを知っているのかね?それとも本当は実際に見たのかね?」
 統合情報部から笑い声が起こった。
「八幡少佐は発言に注意したまえ。統合情報部は静粛に」

 春菜は八幡少佐を無視して、その上官に質問した。
「それでは、統合情報部長にお伺いします。逆に軍の資料が科学省に紛れ込むと思われますか?」
「それはあり得ない・・・仕切りはあったはずだ」
「ありがとうございます。軍の資料が紛れ込まないように仕切りがあれば、その逆もあり得ません。そして証拠品の青い箱は三十年前から科学省にありました。何故なら、三年前、私は資料室でその箱を見ているからです。
当時、私は入省したてで何も知りませんでした。ナスカの土器片を資料室から持って来い、と言われた私は間違えてアスカの箱を開いたのです。ナスカとアスカ、一文字違いで字面まで似ています。そそっかしい私が間違えたのもやむを得なかったかもしれません」
 一気に喋ったせいで春菜は一息ついた。会議室が静寂に包まれる。聞き手が頭の中でナスカとアスカを比較して納得している雰囲気を八幡少佐は感じた。この小娘は意外とやり手かもしれない、例の手でつぶすべきだと彼は思った。

「中にはメモリーとその青い箱が入っていました。その時、壁の注意書きに気付いたのです。『開封には課長以上の許可が必要です』。改めて資料名を見て私は間違えに気付きました。そのうえ封を切ってしまったのです。そこへ資料室の栗平さんが通りかかりました。泣きそうな顔をした私を見て、栗平さんは封をやり直してくれたのです。議長、その箱の切られた封の名前が読み取れますか?」
「平の上は・・・栗だ。栗平に間違いない」
「それでは上部の封印者の名前を見てください」
「藤本と書かれている」
「その藤本という人が三十年前に封をした方です。それを私が切ってしまったのです」
 八幡少佐が挙手した。
「それは証拠にはならない。彼女は十日前にアスカ資料を開けている。その時に封印の名前違いに気付いた。そして青い箱も同様ではないかと推測しただけだ」

 議長の後ろから係員が一枚のメモをテーブルに置いた。議長が素早く目を通す。<田代春菜氏の発言を確認。軍と科学省の仕切りは天井まで。ドアも無く通行不能>議長はメモをつまむと後ろ手で係員に返した。
「証拠はまだあります。青い箱の上には局長専用と書かれていますが、底にも局長専用と書いてありました。この距離では私は箱の字は読めません。まして箱の底を見るのは不可能です。三年前にこの目で見たから知っているのです」
「田代君の言う通りだ。底にも局長専用と書いてある。この箱は三年前に科学省資料室のアスカ資料の箱に入っていた事になる。それが何故、軍の倉庫で見つかったのかね?」

春菜よりも早く八幡少佐が手を挙げた。
「科学省の封印がいい加減なのが証明されただけです。アスカ資料に入っていたのを誰かが持ち出し、そこらに放り出しておいた。局長とは今の科学省には無いポストだ。しかし軍にはある。それを拾った者が軍の資料と勘違いしたのだろう。そして科学省は資料の紛失を誤魔化すため再度封印をした」

 議長の前にまたメモが置かれた。議長は走り読むとメモの上に手を置いた。後ろに控えていた係員がそれを見て立ち去った。
「科学省の封印はいい加減ではありません。私が泣いて懇願したので渋々承知したのです。その方は定年になった後でも後悔していました。長年、科学省で真面目に仕事をしてきたが唯一あれが汚点だと悔やんでいるのです。原因が私だけに自慢出来る話でもありませんが」
「今の発言に疑問があります。彼は若い女の涙だけで、一生後悔するような過ちを犯したのでしょうか?それに見合うだけの対価を要求したと考えるのが一般的だと思いますが」
 春菜は一瞬、怒りで顔が赤くなった。作り話でなければ挙手も忘れて抗議したに違いない。
「八幡少佐、今の発言を取り消す機会を君に与えたいが」
「議長、申し訳ありません。只今の発言を取り消します」

 春菜は考えた。何故、少佐は挑発的なのだろう?今の発言も取り消されるのを承知で言っている。少佐は退席にならないギリギリを知っている。そう思ったとき、彼の狙いに気付いた。
冷静になって春菜は統合情報部を見た。末席の若い男が真剣な顔で少佐と議長のやり取りを聞いている。その視線が動いて春菜と目が合った。自信にあふれた目だ。キタキツネの資料を借り出したのは彼だ。それを返した時に、彼は別の資料を借りたに違いない。つけ入る隙は与えてない、そんな自信を彼に感じた。そして八幡少佐は余裕の笑みさえ見せている。議長に促されて春菜は立ち上がった。

「先ほどの八幡少佐のお話ですが、局長というポストは確かに今の科学省にはありません。しかし、そのポストがあるのは軍だけでは無いのも事実です。科学省にあった局長専用の箱が、そのポスト名だけで三つも先のビルにある軍の倉庫まで行くでしょうか?その手前にある教育省や通信省へ紛れ込むと考えた方がまだ自然です」
「今の発言は、先ほどの科学省の封印がいい加減だという事実を認めたわけですね」
 八幡少佐の反論を聞きながら春菜は考えていた。あの若い男だけなら論破出来るかもしれない。しかし、二対一では勝てない。弱気になって下を向いた春菜に長官の握り拳が見えた。怒りだろうか、口惜しさだろうか力を入れすぎて小刻みに震えている。


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