20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第51回                第6話 首都だった長野
  謎は深まるばかりだ。省内ネットもアスカのHPも隅々まで見たが新事実は出てこない。最後の望みは藤本さんだ。封印の名前が違う事、メモリーの数が三十から三十一に訂正されている事。どちらも些細な事だ。だが、それ以外には手がかりが無くなった。無駄かもしれないが長野に行こうと決める。三十年前まで首都であり、アスカが出発した453年前も首都だった長野。そして春菜が書いた「第二次OTクライシス訴訟の環境調査」。の舞台でもある長野だ。

 リニア・ユニット・カーが整備されたのは長野が首都だった時だ。全ての路線は長野に合流し分岐する。しかし、今は多くのユニットが長野は通過するだけだ。十勝駅で乗った長野行きの半分は空席だった。
駅前は高層ビルに囲まれているが閑散としていた。登山者が売店で簡易酸素ボンベを買っている。春菜はビルの隙間から山を見上げた。麓にあるマンション群の上には、隙間なく並んだ一戸建てが見える。中腹には木々の間に邸宅が散在している。三十年前に見捨てられたゴーストタウンだ。春菜は深呼吸をしてみた。市街地の高度なら息苦しくはない。麓が高級住宅地だったら首都移転はなかったかもしれない。

 藤本は春菜を見て嬉しそうに笑った。
「この前は失礼したのう。あんたがワシの孫と似ていたもんでな。それで栗平君のお孫さんだと勘違いしてしもうた。栗平君の話では科学省にお勤めでアスカの事を調べているそうだが」
 春菜も笑いながら思った。元気で明るいお爺さんだ。それでいて人生の威厳のようなものを感じる。実際に会うのが初めてとは思えない、親戚のお爺さんのような親しみを感じる。春菜はゆっくりと大きな声で言った。
「アスカ資料の封印の名前が違うんです」
「おう、ばれてしまったか。わはは、もう時効じゃろう。しかし、アスカの資料がワシの生きている間に開封されるとは思ってもいなかったわい」

藤本はお茶を一口飲むと話を始めた。
「あれは暑い日でのう、ワシも栗平もミスばかりじゃった。倉庫の中は冷房を入れていても蒸し暑かったんじゃ。アスカのメモリーはまとめて保管してあったが、一個だけ大倉専用と書いた書類袋に入っていた。大倉とは局長の名前だ。それでワシは他のメモリーと区別しようと青い小箱に入れた。小箱に大倉専用と書こうとしたが、思い直して局長専用と書いた。
何故なら書類を全て破棄すれば大倉が誰だか判らなくなる。局長の方が判りやすいと思ったのじゃ。ところが、ワシは箱の底に書いていたんじゃ。そのくらい暑さで頭がボーとしていたんじゃ。もちろん上に書き直し、表紙を貼って側面に封印をした。それをメモリーの箱に入れて封印をした。それで仕事は終わったでな、ワシはリストの最後の欄に「アスカ資料、封印者藤本」と書いた。

封印はな本当は封をする時に押すのじゃ。栗平はそれが面倒で最初にまとめて押していた。ワシがアスカを封印すると白紙はもう無かった。余った封には栗平の印が押されていたんじゃ。帰り間際になって栗平がアスカの模型を持ってきた。精密な良く出来た模型だで、ワシはお偉いさんの物と思った。誰かに拾われても後が面倒じゃで、ワシは模型を壊した。するとその中にメモリーがあったんじゃ。ワシはそれも青い小箱に入れるべきだと思った。

しかし、表紙の封印者はワシの名じゃが、残った封印は栗平の名しかない。表紙の封印者を栗平にするとリストを全部書き直しじゃ。どうしたもんかと考えたんじゃが、結局やり直すことにして封を切ってメモリーを局長専用の小箱に入れた。封印を取りに行こうと倉庫のドアを開けたんじゃが、外は猛烈な暑さじゃ。熱中症で倒れるかもしれん、それに誰も見ないアスカの資料じゃ。そう思って栗平の封印を使ったんじゃ。科学省資料室に三十年勤めたが、あれが唯一ワシの汚点じゃ」
「そんなことはありませんわ。封印の名前が違うくらいたいした事ではありません。藤本さんは立派にお仕事をなされたと思います」
「そうかのう」
「はい。そして、藤本さんのお話を聞いて判りました。最初はメモリーが三十だった。後から一つ出てきたので三十一に訂正したのですね」
「おお、そうじゃ。確かに三十から三十一に書き直した」

「もう一つお聞きしたい事があるんです。私が封を切ったんですが、青い小箱は入っていませんでした。小箱を入れ忘れたとは考えられませんか?」
「いや、確かに入れたはずじゃ」。そう言って藤本は考え込んでいたが、テーブルをポンと叩いた。「もしも入れていなければ、メモリーは二十九のはずじゃが」
「三十一個ありました」
「それとな、名前が違っていたのは、一旦開封して小箱を入れたという事じゃ」
「確かにそうですね」
 二人は顔を見合わせて笑った。笑い終わると藤本は急に真顔になって春菜に尋ねた。

「あんたマザー戦争を知っとるかね?」
「話には聞いてますけど、詳しくは知りません」
「あれはワシが十歳の時じゃ、あの時は大変じゃった。二、三日は全てが止まった。電気、水道、電車、車・・・全部ストップじゃ。コンピュータを止めたからのう。それでも日本には爆弾は落ちなかったでな、まあ良かったわい」
「そうですね。ロシアと中国は悲惨だったようです」
「今はプログラム・エラーという事になっているらしいが」
「何がですか?」
「戦争の原因じゃよ。当時は別の話もあったんじゃ。ワシは子供だったがよう覚えておる。学生が劇をやったんじゃ。二人の子供が家の敷地の境界線でもめるんじゃ。『ここは僕の土地だ』『違う、俺のものだ』。そして家に帰って母親に告げる。母親が家から出てきて喧嘩になり爆弾を投げたんじゃ。すると別の家の母親も爆弾を投げた。子供達が慌てて母親のヘソを押した。すると母親はピタッと動きを止めた。その時、警官が来て学生たちをしょっぴいて行ったわ。
家に帰って親に話したら、外では口に出すなと厳しく言われたわい。それでワシにも判った。子供が国で母親がマザーだとな。ワシは大人になってから調べたが、マザー戦争の原因はプログラム・エラーとしか出とらん」
「私もそう聞きました」
「悪いのは国境紛争をした人間じゃ。矛盾するデータでコンピュータが混乱して暴走したんじゃ」

帰りのリニア・ユニット・カーの中で春菜は考えた。藤本さんがボケているとは思えない。局長専用の青い小箱はどこへ消えたのだろう。春菜は溜息をついた。長野では思わぬ収穫があった。だが、それは謎を深めただけだ。科学省に戻った春菜は、念のため動画の作成日を見たが三十年以上前だ。局長が隠し持っていたのは卑猥な動画だったのだろうか。それを書類袋や模型の中に隠していたのは納得出来るような気もした。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 20729