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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第50回   50
春菜が新田チーフと資料室へ行くと、若い女性職員がまごついていた。
「昨日、ここに戻したはずなのに無いんです」
「その資料なら、さっき国防省の人に貸し出したけど」
「うそー、中身はキタキツネの毛ですよ。何で国防省が?何かの間違いじゃないですか」
「電話してみよう」。新田チーフがそう答えながら、春菜に言った。「アスカのは未開封ですね。開封するには課長以上の承認が必要です」
 新田チーフがアスカ資料を抱え受付へ戻る。国防省に確認すると女性職員に言った。
「棚番号を間違えたそうです。すぐに返しに来ると言っていました」
「良かった。私が間違えたのかと思って心配してたの」
二人のやり取りを横で聞きながら、春菜は課長に電話する。
「渋谷課長が承認しました」
 新田チーフがPCの画面を確認するとカッターで封を切った。箱の上にはメモリースティック三十本を訂正して三十一本と書き直されている。新田チーフがその数を確認すると、資料は春菜に渡された。

春菜は部屋に戻って改めて資料箱を見る。箱の上には『封印日2579年8月7日、封印者藤本』。と表示されているが、横に張ってある封は栗平の名になっている。ちょっと疑問を感じたが、メモリースティックをPCに差込み開いていく。メモリーはエンジン制御、ワープなどアスカのプログラムだ。
調べていくと違うメモリーがある。十数個のフォルダがあり、それを開くとまた十数個のフォルダがある。秘密めいた感じに期待が高まる。フォルダを開くといきなり卑猥な動画が始まった。慌てて閉じる。この中に局長専用コードが隠されているのかもしれない。だが春菜は見られない。渋谷課長に電話すると笑って否定された。
「男はそういうのを隅から隅まで見る。その中に局長専用コードは無いよ。そのメモリーは何かの間違いで紛れ込んだのだろう」

 三十一本のうち七本はアスカの設計図、銀河系マップなどのデータ、十七本がアスカのプログラム、五本がM-0プログラム。そして二本が卑猥な動画だ。
 一時間足らずで行き詰ってしまった。箱を抱えて資料室へ行く。
「この資料ですけど、封印者と封印の名前が違うんです。以前に開封されたと考えられないかしら?」
「そういう事は有り得ないはずですが。栗平さんに事情を聞いてみます」
「栗平さんって二年前に定年になった方ですよね」
「そうです」
「私、三年前に入ったんです。栗平さんは知っています。出来れば、私が直截お聞きしたいと思うんですが」
「それは出来ません。職員の個人情報は・・・」
話しながら春菜のIDカードに気付くと、新田チーフは驚いて顔を上げた。
「私、先月で退職したんです。それで今月だけの契約で・・・」
片手を上げて春菜の言葉を遮ると、新田チーフがキーを打った。退職者リスト画面が現れたが、それはロックされている。
「田代さんのIDで解除出来ます」

栗平は春菜の顔を覚えていた。懐かしがると共に訪問の意図をいぶかった。春菜は三十年前の引越しの様子から聞くことにした。
「資料室は簡単だったが、倉庫が大変だった。軍の倉庫の一部を借りてたけど、軍の入り口には銃を持った歩哨が立っていて入れないんだ。僕と藤本さんは倉庫の外を歩いたよ。大きな倉庫で八月の暑い日だった。反対側の科学省側の入り口に着くと汗びっしょりさ。ところが倉庫の中は蒸し風呂だった。冷房が効くまで炎天下で待っていたよ。軍との仕切りは天井まであって空調も別だったんだ。
倉庫にあった物の大半は廃棄処分だ。必要な物だけを藤本さんがチェックして僕が箱詰めした。最後がアスカだ。資料は山ほどあったけど、メモリー以外は廃棄しろという指示だった。捨てる書類袋の中にメモリーがあったりして面倒だったよ。それを藤本さんに渡して、僕はゴミの山と格闘さ」
「アスカのメモリーを箱詰めしたのは藤本さんですか?」
「そうだ。藤本さんはチーフだったから指示していたけど、アスカだけは藤本さんが箱詰めした」
「そうだったんですか・・・」
「藤本さんは八十二歳になったけど元気だよ。ちょっと耳が遠くなっただけだ」
「十勝に居るんですか?」
「いや、長野だ。僕の本家の近所なんだ。去年、法事で帰った時も藤本さんに会ってきた。電話してやるよ」
 藤本元チーフが歩いて来るのが電話画面に映る。背筋が真っ直ぐで足取りもしっかりしている。しかし、話が通じない。栗平の横にいる春菜を孫だと思い込んでいる。
「違うよ、藤本さん。俺の孫はこの春から小学校だ」
「そうか、小学校の先生になったか、偉いもんじゃ。俺の孫も春から札幌で働いとるわ。長野は駄目だな、ろくな働き口もない」
 二人のやり取りを見て春菜が笑っていると携帯が鳴った。渋谷課長からだ。春菜は栗平宅を辞し科学省に戻った。

 会議室には長官や部長をはじめ十人ほどが集まっていたが渋谷課長の姿はない。部長が春菜に気付くとプロジェクターのスィッチを入れた。惑星イズモの周りを白い光が飛んでいる。長官たちはすでに見たのだろう、こちらには無関心だ。
「長径130キロ、短径90キロの巨大な彗星だ。3Dマップの最後にこれがあった。近地点260キロ、遠地点30,000キロの楕円軌道、周期は7時間だ」
「アスカはこれと衝突したんですか?」
「いや、この彗星の噴出物と衝突したのだろう」
「彗星の尾ですか?」
「彗星の砂粒や小石は、隕石として惑星に落下していく。それと衝突した可能性が高い。これだけ大きな彗星が惑星をかすめれば壮大な宇宙ショーが見られるだろう。地上からは光る尾が地平線から天頂まで見える、それは満月より明るく輝くはずだ。イズモに雲が無ければの話だが」

「出来ました」
そう言いながら渋谷課長が入って来てメモリーを入れ替えた。長官たちが集まってきた。春菜は後ろに下がる。新しい映像には赤と白の二つの光がイズモを回っている。
「赤いのがアスカです。ご覧のようにアスカは極軌道、彗星は赤道面を回っています。二つの軌道は九十度ずれていますが、3Dマップを作る二十時間の間に六回交差します。実際には時間差と高度差がありますが、彗星の大きさを考慮すると途中で一度は軌道変更して彗星を避ける必要があったと思われます」
「それでマップ作成に二十五時間掛かったわけか」

「さらに重要な事が判りました。これは普通の彗星ではありません。彗星の大きさと軌道から計算すると軽いのです。そして、いずれは惑星に落下すると思われます」
 会議室がどよめいた。
「これが衝突すれば、惑星の生物は絶滅するだろう」
「仮説ですが」。と渋谷課長が話しだした。「我々の太陽系では火星と木星の間に小惑星帯があります。同一軌道上に二つの惑星が成長し衝突してバラバラになったと考えられています。
ここではそれが木星で起こった。そうすると液体水素が主成分の小惑星が出来る。その液体水素の塊に彗星が衝突し合体した。本来は太陽を回る彗星は衝突で減速し、手前にあったイズモに捉えられた。この天体のひょうたん形は、それで説明できます。比重も氷と液体水素の間です」

「面白い説だ。楕円軌道は太陽を回っていた時の名残と考えられる。氷で出来た彗星ならば、イズモに接近した時に潮汐力によって破壊されるはずだ。しかし、液体水素があれば変形する事でかわせる」
 長官が皆の顔を見回しながら言った。その視線が渋谷課長に戻った。
「イズモに衝突するのは、いつ頃だ?」
「単純計算では十九年で落下します。しかし、七時間で一周する度に彗星は僅かですが物質を放出し軽くなっていきます。質量が減ることで引力も小さくなり落下が先延ばしになる。コンピュータ・シミュレーションをしても正確にそれを割り出すのは難しいでしょう」

「衝突したらどうなるのかね?」
 長官が部長に言った。部長は考えながらゆっくりと話し出した。
「大気圏に突入すれば摩擦熱で液体水素の表面は気化し燃え出します。その熱でさらに気化が促進される。つまり急激に膨張しようとする。その一方で落下による大気の抵抗で液体水素は急激に圧縮される。
膨張と圧縮という相反する作用で、地表に達する前に分裂する。さらに、その先でまた分裂を繰り返す。最後に拡散した水素が一気に燃焼して直径数千キロの火の玉となる。
落下したのが陸地なら大陸全体が炎に包まれる。大陸の生物は高熱と酸欠で全滅する。他の大陸にも熱波が行くがさほどの被害はないはずだ。しかし、大量の煤により惑星全体が寒冷化する。白亜紀の恐竜絶滅と似た状況になるでしょう。
海に落ちれば一瞬で大量の海水が蒸発し、周囲の海水がそこへ流れ込む。それは高さ数千メートルの津波となる。その被害も甚大です」
「アスカの乗員もそう思うかね?」
「乗員に天文物理学者がいました。当然、予測出来たはずです」
「彼等はイズモに住むつもりで3Dマップを作ろうとした。巨大彗星の存在に気付かなかったからだ」
「130キロの大きさでも30,000キロ離れていれば発見は困難でしょう」
「3Dマップを作っている最中に彗星に気付いたはずだ。それでも危険を冒してマップを完成させた。それは彗星の軌道計算が出来たからだ。ならば彗星が落下する事も予想出来たはずだ。アスカの行動は矛盾に満ちている」


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