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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第5回               第3話 神話と英雄
治はまた檻に入れられてしまった。一人の若者が外から話しかけてきた。今日の戦いで、青族の額を叩いた勇気ある若者だ。
「僕の名はダブ。こんな事になって残念だよ。僕は反対したけど、僕みたいな若造が何を言っても無駄さ、まして長老様が決めたことだし」
「俺の名は治。ダブの勇気には改めて感謝するよ。俺には君たちのことがよく判らないんだ。君たちが俺のことを知らないようにね。俺は檻の中でも良いさ。そのかわり、時々話をしに来ておくれよ」
「ああ、判った。その時に食べ物も持ってきてあげるよ」

 翌日ダブは小さな実を一個持ってきた。そして昨日決まったことを話した。長老は治を大嘘つきの不能者と決め付けた。青族は治をスパイとして、この村に送り込んだ。戦いにわざと負けた振りをして、この村の秘密を探るのが目的だ。それも見抜けずにムシの森のことを喋ったので、治を檻に入れることになった。
そして青族の目的はもう一つある。大食らいの治を村に送り込んで、この村を内部から崩壊させるためだ。治の食事は特別扱いなしで、赤族と同じ量と決められた。

「君たちの食事は一日に何回なの?」
「小さい実だと、三日に一個くらいかな。大きい実は大勢で分けて食べるんだ。もしあれを一人で食べるとしたら二ヶ月くらい掛かるかな。それとお日様しだいだな」
「お日様?」
「もし、お日様が照ればの話だけどね。そんな幸運は滅多にないよ」
「小さい実が三日に一つでは俺は死んでしまうよ」
「僕はオサムが青族ではないのを信じているよ。戦いの時、オサムの姿は早すぎて見えなかったもの。だからオサムが青族よりも大食らいなのも仕方ないさ、そういう種族なのだろ。だけど、ここには食べ物はあまりないんだ。大きい実も小さい実も、なかなか見つからないんだよ。いっぱいあるのは食べられない実なんだ」
「毒があって食べられないのかい?」
「ううん、硬くて食べられないんだよ」
「煮れば食べられるんじゃないか?」
「ニレバって何さ?」
「煮るというのは、実を鍋に入れて火にかけることさ」
「そんな!危険だよ。火は危険だよ」
「そうかな?」
「君は知らないから、そんなことが言えるのさ」
「何を?」
「火のことだよ。そうだ、僕たちの話を教えてあげるよ」
ダブは鬼族の神話を語りだした。

「昔、昔、我らのご先祖様がまだ生えていた頃のこと、大地が揺れて山が燃える石を吐き出した。燃える石はご先祖様の森にも飛んできて仲間に当たった。仲間は倒れ、そして燃え出した。仲間を燃やした火は、隣に立っていた仲間に燃え移った。
それを見た若者は叫んだ。『みんな、根を切って逃げるんだ』しかし、大人たちはそうしなかった。『根を切ってどうやって生きていけるのかね。大丈夫、火はじきに消えるさ』若者はまた言った。『僕たちの太い根は二つに割れているだろう。それを交互に前に出して歩くのだ』幾人かの若者が、そうして歩いて逃げた。残った大人たちは皆、焼け死んでしまった。

 逃げてきた者たちは燃えなかったが、ひどく萎れてしまった。しかし根を切ってしまったので水が飲めなかった。若者は言った。『僕たちの幹には瘤があって、そこには穴があいている。それを口にして水を飲もう』皆は水を飲んだが、水だけでは栄養にならなかった。皆は口々に若者を非難した。『腹が減ったよう』『餓死するなら火に焼かれて死んだ方がましだった』そして一人の美しい娘以外は若者の元を去った。

 若者の名は、ニライといった。ニライは空に向かって叫んだ。『雲よ、太陽を隠してしまう雲よ、固まって地に落ちよ』すると雲は固まって地上に落ちてきた。それは香ばしい匂いにみちていて、食べると天空の味がした。二人が夢中で雲固を食うと元気を取り戻し、花が咲いた。雲が落ちたので陽がさしてきた。ニライに従ってきた美しい娘は名をカナイといった。強い日差しの下で、ニライとカナイは互いの花を合わせた。こうして、ニライとカナイが我らの祖先となった」

「どうだい、火がいかに恐ろしいか判っただろう」
「ああ、火の怖さは判ったよ。だけど、他のところが判らないな。『まだはえていた』とか、『ねをきってにげる』とか」
「なんだ、やっぱり大人たちが言うように、君はアホなのか」
「それと雲固とは何だい?」
「言ったじゃないか、雲が固まった極上の食べ物だよ」
「ダブも、それを食べた?」
「まさか!雲固を食べたのはニライとカナイの二人だけだよ。英雄だけが食べられるのさ」
ダブは治を馬鹿にしたような目で見て去って行った。

一人檻の中に残された治は考えこんだ。鬼たちは身体は大きいが食う量はほんの僅かだ。どうやって生きているのだろう。そしてダブの語った神話は訳が判らなかった。それよりも食料だ。このままでは飢え死にしてしまう。治は絶望的な気持ちになった。その時、突然もよおしてきた。
治は出した物の処置に困った。埋めたかったが土を掘る道具もない。そこへ鬼たちがキョロキョロしながら寄ってきた。
「なんだ、この良い匂いは?」
「ああ、私ヨダレがでちゃって、どうしたんでしょ」
「父ちゃん、こっちから匂ってくるよ」
「おおー、こっ、これは」
「まっ、まさか」

一匹の鬼が檻の中に入ってくると、治の出した物を舐めた。治は驚いたが、すぐに豚便所を思い出した。人の排泄物を豚や犬に食わせるのは、昔の地球では普通のことだった。未開地では二十世紀まで続いていたのだ。それが、この星で起こっても不思議はない。そう考えたものの、治は目の前の光景に居心地悪さを感じた。目を閉じて味見をしていた鬼が叫んだ。
「間違いない、雲固だぞー」

その声に村中の鬼が集まってきた。そして雲固を小分けにして全員に分けては恍惚の表情でそれを食べ始めた。その時、雲の切れ目から太陽が顔を出した。強い日差しに治は一瞬目を閉じた。薄目を開けると鬼が変身しているのを見て治は驚いた。鬼たちは太陽に向かい両手、両足を広げていたがその手足が異常に太くなっている。さらに肩も盛り上がっていた。よく見れば鬼たちは皮膚のウロコを立てているのだ。いや、それは葉だった。真っ赤な葉を太陽に向けて、エネルギーを吸収しているのだ。

治は鬼の正体が判った。鬼は植物が進化した生き物だったのだ。赤、青、緑、三色の植物がこの星に発生した。光合成で劣る赤色植物と青色植物は口から食べることにより、緑色植物に負けずに生き延びた。さらに歩けるまでに進化したのだ。

大人の鬼たちは更に変化していった。角からスルスルと茎が伸びると、その先に花が咲いた。そして男女が少し離れて向き合うと、両手を上げて見詰め合った。手を下ろすと胸の前で合わせて、深々とお辞儀をした。男と女の花が触れ合った。角は鬼の生殖器だったのだ。治は受粉という鬼の営みを見て治は興奮した。男としてではない、植物学者として興奮したのだ。
受粉を終えた鬼たちは誰からともなく言い出した。
「ニライ様の再来だ」
「雲固と太陽をもたらすニライ様の生まれ変わりだ」


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