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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第49回                第4話 最後のメール
部長アドバイザーになった春菜の部屋は、一ヶ月という短い期間でもあり、応接室を転用することになった。ソファの奥に置かれた事務机が不釣合いだが、春菜は自分にはもったいない豪華な部屋に思えた。挨拶に行くと、部長が春菜の顔を見るなり言った。
「昨日またメールが来た。『十秒後にワープ開始、最終目的地地球』。これだけだ」
 あまりの急展開に春菜は何と言ってよいのか判らない。部長が力なく言葉を続けた。
「もうメールは来ないだろう。これで最後だ」
「どうしてですか?」
「ロシアの二の舞だろうな」
 部長が説明する。ロシアの乗組員は六十名だった。四十人が着陸し二十人は母船に残っていた。この二十人が地球に帰還する予定だった。ところが惑星からの救難信号で十二名が救助に向かったが、そのまま連絡が途絶えた。
残った八名で地球への帰還を試みるという連絡を最後に行方不明だ。もう370年前のことだ。ワープに失敗して時空のはざまを漂っているに違いない。全ての担当者が揃っていなければ宇宙船は巡航出来ないのだ。アスカも同じ運命を辿るだろう。生き残りの一、二名では帰還出来ない。しかし、と部長が言葉を続けた。
「真実を明らかにする、という我々の試みは続けられる。三つ目のメールが来たことで事態は一層複雑になった。十日後に合同会議がある。それまでに科学省の見解を整理するんだ。君もそのつもりでいてくれ」

 春菜は困惑した。ワープが出来るのは船長かオペレーターだ。生き残ったのが徳寺治ではないか、という仮説は崩壊した。生データのメールの謎が深まる。自分の部屋に戻って、レベル3で省内ネットを見る。クルーの紹介欄を見るが、内容はレベル1と同じだ。徳寺治とOTクライシスに関しては何も書いていない。その時、扉がノックされ渋谷課長が現れた。
「やあ、なかなか良い部屋じゃないか。昨日は色々と新事実が明らかになってね。それを教えに来たんだ。添付ファイルの無いメールだが、君は十八番目と言ったが十九番目だった。あれは君が正しかったんだ」
「どういう事ですか?」
「二番目のメールは公表されていない。それで順番が一つ狂ったのさ。レベル3なら見られる」

 春菜は開いていた省内ネットを見る。 
「これは局長宛の個人メールです。精神科医としての個人情報が含まれているため、二重に暗号化してあります。局長専用コードbRで開いてください。栢山樹理」
 報告書という名の添付ファイルがある。ソファに座って頭の後ろで腕を組んだまま、渋谷課長が説明を始めた。春菜もソファに移る。
「そのメールが届いたのは2174年、出発の十八年後だ。当時の航空宇宙局でずいぶん調べたようだが、局長専用コードは見つかっていない。大倉局長は出発の年に死んでいる。自殺説と東京マフィアによる他殺説がある。死後に局長の口座や自宅から六億円が見つかった。大規模な汚職事件があったのは間違いないが、真相は不明だ」
「そんな人が局長だったのですか」

「未公表のメールはもう一つある。二十二番目だ。届いたのは2517年。マザー戦争の二十年前だ。メールの中身はM−1プログラムだ」
「マザー戦争とアスカが関係あるんですか?」
「アスカのプログラムはM−0、マザー・システムの試作品だった。その改良プログラムがM−1だ。それを元に日本でマザー・システムが開発された」
「アスカはマザー・システムだったのですか?」
「まさか、違うよ。マザー・システムの開発には八年もかかっている。アスカがM−1プログラムを送信したのは船内時間で10月29日、事故の五十日前だ。地球で八年掛かったのを、たったの五十日、しかも一人で開発するのは不可能だ」
「M−1プログラムをアスカは採用したのですか?」
「いや、M−1は実験段階だった。だからマザー・システムとして実用化するのに八年かかった」
「未完成なのに送ってきたのですか?」
「アスカが出発した361年後に届いたが、誰も思い付かなかった斬新なプログラムだった」
「彼は天才だったんですね」

 課長が肯くと話を続けた。
「当初、日本は惑星移民計画には不参加だった。ところが、静かの海の地下に巨大な鉄隕石が見つかった。日本が国連から割り当てられた月の鉱区だ。日本は二年遅れで宇宙船の建造に乗り出した。だが、国力が乏しい。
それを補ったのが木本賢一だ。M−0プログラムで船の自動化が進み、少人数での運航が可能になった。つまり小さな宇宙船なら日本でも造れた訳だ」
「他の国のようにドーナツ型の母船は造れなかったのですね」
「そうだ。飛行機型のアスカでは人工重力も作れなかった。だからトレーニング・タンクを付けた。あの中だけが高速回転して模擬重力を生み出せた」
「日本だけが母船であるアスカが着陸するシステムにした。そして、アスカは着陸だけで燃料を使いきってしまう。だから着陸前の精密な探査のために調査機を積んでいたのね」

「大型母船の運航要員は二十人以上だが、アスカは僅か九名だった」
「船長とアスカ・パイロット、循環システム、そして六名のオペレーターですね」
「残りの七名が君の言う船客だ。医者が三名、科学者二名、調査機パイロット二名だ」
「船員の九名が全員揃わなければ運航出来ないのですか?」
「生き残った一、二名で地球帰還は不可能だ」
「仮に戻って来るとしたら、いつですか?」
「地球との距離は201光年だ。アスカの最大ワープ距離は約50光年。必要な回数は四回か五回、微妙なとこだな」
「ワープ・エネルギーを貯めるのに五日と書いてありました」
「もし戻って来るなら十五日後か二十日後だな。あくまで仮の話だが」
「ちょっと不思議ですね。201年後だと思ってしまいそう」
「メールを打ったのが201年前だ」

「私、混乱しちゃって。これから何をすれば良いのでしょう?」
「君だけじゃない。昨日の会議はひどいものだった。隕石事故でコントロール・ルームにいた二、三人だけが生き残った。彼等はとりあえず業務を続行し、惑星データと3Dマップを送信した。アスカの船体には事故で穴が開き着陸は出来ない。残る手段は地球に戻るだけだ。それが不可能でも他に道はない」
「大筋は通っていますけど、細部が詰めきれてない感じですね」
「長官はこう言われた。結論は推測にもなっていない、ただの空想だ。我々はアスカに関して何の知識も無い。長官はアスカに関する事実を全て明らかにするよう指示された。具体的には二番目のメールの解読と資料の見直しだ」
「資料があるんですか?」
「資料室にある。四百年以上眠ったままの資料だ。これを君に調べてもらいたい」


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