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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第48回                第3話 OTクライシス
春菜は信じられない気持ちだった。一ヶ月とはいえ今までの十倍近い給料と個室、部長と同格のレベル3のID。しかし、自分がそれに値する働きが出来るのだろうかと不安にもなる。保育士登録を済ませ自宅に戻ったが落ち着かない。家事を手早く済ませるとPCに向かった。惑星研究会のセカンド・プラネットを見る。今朝十時発表の政府広報がもう転載されていた。
「昨日10時33分、またアスカから連絡が入りました。過去に例を見ない大量の情報です。しかし、通信プログラム不調のまま送信した為、データに大量のバグが存在しています。その為、暗号解析ソフトが使えません。手作業での解析となりますが、一昨日の短いメールでさえ六時間を要しました。今回のデータの解析には数ヶ月を要すると見られています」

 巧みな発表だ。最初のメールの暗号数と文字数が一致しない理由をさりげなく説明し、このメールの正式発表までの時間も稼いでいる。部長の話では自分も会議に出るかもしれない。この文章を考えたような優秀な人を相手にするのだ、そう思うと自信が揺らぐ。とにかくアスカについて調べよう。
船内の絵を見て気付いた。昨日、部長は四つのブロックに分かれていると言った。よく見れば五つだ。トレーニング・タンクが非常脱出装置を兼ねていて気密室になっている。そうか、アスカに詳しい人は誰もいないのだ。皆が一昨日から慌てて調べ出したのだ。明日、レベル3のIDで自分も二日遅れとはいえ同じスタートラインに立てる。その前に予備知識を仕入れなきゃ。春菜は研究会のHPを丁寧に読み出した。

 クルーの紹介欄はHPの方が詳しい。省内ネットは年齢、出身くらいで簡略だったが、こちらには趣味や特技など盛り沢山だ。さすがに優秀な人材が揃っている。木本賢一は高校生でコンピュータ囲碁の世界チャンピオンになった天才プログラマーだ。石田悠太も天才と言われた天文物理学者。上原花音は有名な片瀬大佐の孫娘であり、祖父と同じく戦闘機のパイロットだった。
徳寺治の欄を見てさらに驚いた。OTクライシスの提唱者で、OTはオサム・トクデラの略だと書いてある。春菜自身も仕事で関わったOTクライシスだったが、日本人だと聞いた覚えはない。何故だろう?春菜はOTクライシスを調べてみた。

 2255年、アメリカのピーターソン博士が酸素濃度の低くなる危険性を発表。Oxygen(酸素) Thins(薄くなる)Crisis(危機)と名付けた。同年ブラジルの科学者より、101年前の2154年に日本の徳寺治が同趣旨の論文を発表していると指摘された。これを受け、ピーターソン博士はOTクライシスをオサム・トクデラ・クラシシスと訂正した。
しかし、この訂正はほとんど知られていない。その理由は徳寺治のイニシャルが偶然にも訂正前のOTと同じだった事と、彼の論文は使っている数値も大雑把で未熟だった事である。発表当時、徳寺治の論文は話題にもならず学会からは無視されていた。
最初に酸素濃度を精緻に検証したのがピーターソン博士だった。その意味では真の提唱者はピーターソン博士だとも言えるのである。オリジナリティを重視する欧米の一部の学者はオサム・トクデラ・クライシスと認識しているようだが、OTクライシスと略されるのが普通である。日本政府は提唱者としての名誉を主張し、OTはオサム・トクデラだと世界に宣伝すべきであろう。

 何とも奇妙な話だ。さらに調べてみると意外な事が判った。日本政府は未だに徳寺治の論文を、データの信憑性に欠けるという理由で認めていない。春菜はその論文を読んでみた。徳寺治は四十年後に酸素濃度の低下が始まるとしているが、実際にそれが始まったのは百年後だ。政府批判と思われる部分があった。
「政府の食料増産計画に疑問がある。食料は現在一応足りている。では何故、森林を伐採してまで畑にするのか?その狙いは飼料ではないのだろうか?だとすれば、それは商業主義の計画であり、美味と金を求める人間の欲望計画である。その欲望が酸素濃度の低下を招くのだ」

功名心というよりは、正義感に燃えての性急な文章だ。その性急さに、ふと思う。これは最初のメールに似ている。春菜は急いで惑星研究会のHPに戻った。徳寺治の居た循環システム室は船の一番後ろだ。一つのブロックだけが無事だったなら、それはコントロール・ルームではなく循環システム室だったかもしれない。
彼は循環システムの専門家だ。だから惑星データを生でしか送れなかった。だとすると誰が3Dマップを作ったのだろう。イズモ3Dマップ。イズモは惑星の名前だ。事故で大勢亡くなった後で惑星に名前を付けるはずがない。事故の前に船長が決めたに違いない。春菜の頭の中で漠然としていたものが明確になってくる。

惑星データを取って移住可能と知った。惑星に名前をつけ3Dマップを作った。事故に遭遇したのはその後だ。徳寺治だけが生き残った。二日間彼は何も出来ずにいた。気を取り直してメールを打った。何故、その時に惑星データと3Dマップを添付しなかったのだろう?翌日になってデータを送った。何故、本文なしなのだろう?判らない。情報が少なすぎる。明日になれば省内ネットで何か判るかもしれない。


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