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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第47回                第2話 アドバイザー契約
 部長室では解析が終わったところだった。部長を手で制すると、長官はPCの前に座り昨日のメールを開いた。メールの文字数が九十一だが、八桁の暗号数は百二十九個だ。春菜が首を傾げると、長官は肯いて言った。
「メールにはアスカの位置情報などが自動的に入る。その情報数はどのメールでも同じはずだ。129−91=38、これが情報数だ。では十八番目のメールを調べるか。ん?このメールにはファイルが付いているぞ」
「あら?確か十八番目だと思ったんですが」
 長官がメール一覧を開いて調べる。
「これだ。十九番目が添付ファイル無しだ。では数えよう。暗号数が百三十六、ここから情報数三十八を引くと九十八だ。さて文字数を数えるか・・・百七だ。九個多い。間違いないな、船長のサインは暗号で一文字だ。それが本文では十文字になる」

長官は満足げに三人を見渡した。
「昨日、奴らの前で言ってやりたかったが、仕方ない。さて、解析の結果を教えてくれ」
「3Dマップは極軌道で一回に経度三十度分を走査しています。計算では必要な高度は千キロ。この高度での周期は百分になります。一周三十度で三百六十度をカバーするには十二周、つまり千二百分。二十時間です。
最初のメールの後、惑星データを取るのに四時間。軌道計算と軌道変更に一時間。3Dマップに二十時間、合計で二十五時間となります」
「そうか、判った。何故メールに本文がない?」
「宇宙服の酸素は六時間しかもちません。メールを打った後で、惑星データを取り軌道計算と軌道変更をすると五時間です。そこでマップが完成したらデータを送るように設定した。だから本文はない」
「辻褄は合うな、合いすぎているくらいだ。そうは思わんかね?」
 長官はそう言って春菜を見た。

「事故から最初のメールまで二日あります。その間の酸素はどうしていたのかしら?」
「アスカは四つのブロックに分かれている。そのうちの一つは無事だったのだろう」
「だとしたら、そこで二十時間待つことも出来たはずですわ」
「二日間でそこの酸素が底をついた、とも考えられる」
「酸素は充分あった可能性もあります。宇宙服はたくさん余っていたはずだし、酸素が無くなれば注入出来る。生存者は負傷していたのかもしれない」
「さきほどの話ですけど、私には全然判らない事ばかりで、軌道とか高度とか。それで思ったんです、生存者もそうだった可能性があるのでは?」
「どういう事だ?」

「アスカの乗員を大雑把ですけど二つに分けます。船員と船客です。今までの話は生存者が船員だと仮定しています。でも船客だったかもしれない」
「データと3Dマップを送信出来たのは、君の言う船員だったからだろう」
「事故からメールするまでの二日間、何をしていたのかしら?そう思った時、生存者は船客のように思えるんです」
「仲間が大勢死んだ、そのショックから立ち直るには時間が必要だろう」
「他にもあるんです。皆さん三人共、生データだと驚かれていました。生データなのは素人だからじゃないかしら?」
「確かに疑問点は多い。だが、さっきも言ったように素人では3Dマップは作れない」

  黙って話を聞いていた長官が口を開いた。
「可能性は色々あるだろう。最初の大谷部長の案もその一つだ。非常に有力な案だったが、僕は辻褄が合いすぎていると敢えて否定的に言った。それは別の可能性も考えて欲しかったからだ。今の田代君の船員と船客の例えも面白い。そこで、どうかね。データ解析のプロである君達二人と、アマである田代君。それぞれの立場で思いつく解釈を出してくれないかね」
「判りました」
「あの・・・私も考えたいんですが、今日で退職なんです」
 長官が驚いて春菜を見つめた。その視線から逃れるように春菜が部長に言った。
「人事課に行く時間なんですが」
「判った。行きたまえ」

 春菜の足音が消えると長官が口を開いた。
「彼女は辞めてどうするんだ?」
「保育士になるそうです」
「保育士!」
 長官はそう言うと黙り込んだが、やがて笑い出した。
「科学省を辞めて保育士か、面白い子だ。しかし惜しいな」
「彼女は」。と部長が話し始めた。「計画通りに辞めたのだと思う。僕の想像でしかないが、彼女は成績で大学を決められた」
「決められた?」
「はい、十勝の法学部といえば最難関です。その合格者数で高校のランクが決まるほどです。教師に強く勧められて受験した。だが、法学部へ入って自分には向いてないと感じた。やはり小さい頃からの夢だった保育士になろうと思った。科学省に入ったのは一般職員に残業がないからでしょう。彼女は最初の半年で入学金を貯めて、秋の募集で夜間の保育専門学校に入り三年経って卒業した」
渋谷課長が小さく部長に肯いた。それを見て長官が言った。
「そうだったのか。彼女は腰掛で科学省を選んだか。一般職員にしては優秀なはずだ」
「すぐには就職出来ないそうです。登録して順番待ちと言っていました」
「どのくらい待つのかね?」
「一、二ヶ月は待つらしいです。アルバイトを探すと言っていましたから」
「それならウチで雇いましょう。一ヶ月パートで来て貰えば良い」

 部長の言葉を長官が否定した。
「パートを会議に出す訳にはいかんだろ。君のアドバイザーにしよう。部長付けアドバイザーで一ヶ月契約だ。手続きがあるから、明後日からだな。10月2日付の契約書に彼女のサインを入れて僕に回してくれ」
 部長付けアドバイザーに驚いている二人に長官は言葉を続けた。
「状況が判っているのかね。メールの字数だよ。今朝の政府発表を数えたか、九十一文字だ。あのメールと同じ数にした。ところが暗号数と合わない。船長のサインを十文字にしたからだ。さっきのメールと比較すれば暗号数とのずれは一目瞭然だ。おまけに通信機不調と発表した矢先の大量のデータだ。
何たる失態だ、世界は日本に注目しているぞ。それというのも統合情報部案を採用したからだ。いや、我々が情報部案を論破出来なかったからだ。君達を責めているのではない。僕も気付かなかった。気付いたのは田代君だけだ。アドバイザーにして次の会議には連れて行くつもりだ」


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