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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第46回   第4部 2609年   第1話 データとマップ
「二十八番目の太陽系に到着。残念ながら、人類の生存に適した惑星はありません。しかしクルーの意気は盛んです。すでに次の星を探索中。通信機不調のため惑星データは割愛です。アスカ船長 入生正平」
渋谷課長はニュースを消すと大谷部長に言った。
「完全にやられましたね」
「含みを持たせた文章だ。十年、二十年経っても連絡が来ない、それは通信機が壊れたからと想像させる。希望を残しつつアスカは忘れ去られる。我々の分析も無駄ではなかったと思うが、負けたのは確かだな」。部長が寝不足の赤い目で言った。
「卑怯な手ですよ。細かい事実を並び立てて、虚像を真実だと思い込ませる」
「それも手腕のうちだろう。ウチのは100%想像でしかないからな」
「長官は当分、ご機嫌斜めですね」
「そうだな」
 電話が鳴った。部長秘書が告げた。
「渋谷課長に田代さんから電話が入っています」
「繋いでくれたまえ」
 部長から受話器を受け取った渋谷課長の顔色が変わった。
「すぐに持って来てくれ」
 課長が受話器を握ったまま部長に言った。
「アスカから、またメールが届きました」

「何だ?空メールだぞ。たちの悪いイタズラか」
「添付ファイルが付いている。開いてみよう」
ファイルを開くと数字の羅列が続いている。やはり悪戯だ、渋谷課長がそう思った時に部長が言った。
「暗号プログラムで開いたという事は本物だ。だとすれば惑星データのはずだが」
「1.095、1.189、0.028・・・・この数字は何だ?」
「田代君、そっちのPCでアスカ、生データで検索してくれ」
二人は互いの頭をくっつけながら画面を食い入るように見ている。

春奈は素早く机を回り込みキーを叩くと読み上げた。
「惑星データは解析の効率化のために項目も単位もない数字だけで処理される。そのままでは判読出来ない。このデータはAlt+Ctrlキーでフォーマットされる」
「何故、フォーマットしないで送信したのだろう」
「駄目だ、まるで判らん」
課長がため息をつきながら、二つのキーを押した。
「やっても無駄だ。フォーマット・ソフトは入ってないぞ」
「判ってますよ」
「あの・・・順番は同じだと思うんですが」
「そうか!」。部長が横から春奈のPCに手を伸ばした。画面に前回の惑星データが現れる。
「上から順に読んでくれ」
「惑星の軌道要素。楕円軌道の短径、及び長径。単位AU。離心率・・・」

 すでに部長は受話器を握っていた。
「アスカからメールです。そうです、間違いありません。本文なしで惑星データが生で来ています。いや、それはまだです。これで向こうの根拠がと思い一報しました。・・・はい、判りました」
 部長の顔を見て、渋谷課長が不満そうに言った。
「ヒューズ説は崩れたはずですが」
「いくらでも言い抜けできるだろう。もっと確実なものを見つけろ、とのお言葉だ」
 課長がうなだれて床に目を下ろした。部長は天井を睨んでいる。しばらくして部長が春菜に声をかけた。「続けてくれ。データを送ってきたからには・・・」

その時、ドアが開くと長官が現れた。
「生データと聞いて見たくなってね」
そう言いながら長官は春菜に鋭い視線を投げると部長に言った。
「何故、一般職員がここに居るのだ?」
「昨日の解析は、主にこの田代君の力によるもので」
「田代?何かレポートを出したな」
「第二次OTクライシス訴訟の環境調査を書いたのが田代君です」
長官は改めて春菜を見つめると、今度は直接声をかけた。
「あのレポートは興味深く読ませてもらったよ。君に聞きたい事がある。そこで待っていたまえ」
 春菜は自分の足が震えているのを感じた。さっきの空想の中の怖い老人を思い出す。春菜に代わって課長が惑星データ項目を読み上げた。それが終わると長官が呟いた。
「地球によく似た星だ。ちょっと小さいだけだな。平均気温は14度。気圧は低いが酸素は30%もある。移住は可能だ。だが、我々はこの惑星まで移動する手段を持たない。計画は失敗だ。もう一つファイルがある。イズモ3Dマップ、これも開けたのかね?」
「いえ、まだです」
「すぐに会議室を取るんだ。田代君も来たまえ」

 照明を落とした会議室の中央に直径一メートルほどの球体が浮かんだ。全体が白い雲で覆われている。誰も触れようとしない。春菜が目を上げると、長官が肯いた。春菜がそっと雲に触れると、その箇所の雲が消えた。その点があっという間に広がり惑星の表面が現れた。
「おっ!」。誰かが叫んだ。春菜が呟いた。「なんて綺麗なの」。青い海、緑の大陸。大陸に走る茶色い線は山脈のようだ。南北の極が白いのは雪と氷だろう。長官が両手を前に出して陸地を拡大した。そこは深い森のようだ。長官が拡大部を移動すると海にぶつかった。陸地に挟まれた海に島がある。
「富士山みたい」。長官の横から見ていた春菜が小さな声で言った。長官が島をズームする。「海から突き出した富士か。この山を眺めていれば淋しくないのか。それとも日本が、地球が恋しくなるのか。もういい、灯りを付けてくれ」

「イズモか。雲の多いこの惑星にふさわしい名だ。さて3Dマップがあった事でヒューズ説は崩れた。そして、新たな謎が出来たわけだ。何故、生データと3Dマップを送ってきたのだ?それも二十五時間後にだ?本文がないのは何故だ?」
「二十五時間は3Dマップを作るのに要した時間ではないでしょうか」
「そうだな、まずはそれを確かめよう。大谷君と渋谷君はデータを解析してくれ」

 長官はそう言いながら椅子に座った。部長と課長は慌しく会議室から出て行く。取り残された春菜に長官が声をかけた。
「君も座りたまえ。昨日の会議でうちの旗色が悪かったのは知っているかね?」
「いいえ、知りません」
 長官が手短に説明した。春菜案は検討、補強され科学省の説として発表した。それに対して統合情報部は別の解析をした。それはメールの内容を正しいと考えている。隕石が衝突してアンテナのケーブルを損傷した。修理して通電するとヒューズが飛んだ。損傷が他にもあったからだ。さらに修理したが、またヒューズが飛んだ。電気系統のトラブルではよくある事だ。全ての箇所を修復した時には正規のヒューズを使い切ってしまった。
規格外の容量の小さなヒューズしか残っていない。これを使えばヒューズは飛ぶが送信不可能ではない。計算ではヒューズが飛ぶまで百分の三秒だ。短時間で送信する為に文字数を少なくした。メールは九十一文字しかない。船長名がないのもその為だ。最後の通信なのはヒューズが残り一個で説明がつく。
科学省では、乗員の安全よりも通信機能を優先している不自然さを指摘しているが、状況を考慮していない。隕石衝突後、二日間経過した時点で乗員の関心は通信機能だ。全員無事なのは当然のことなので後回しにした。

「この解析を君はどう思う?今日のメールが届く前の状況として考えてくれ」
「今までのメール見て思ったんですけど、船長の名は誰でも打てるんですか?別人がアスカ船長 入生正平と打ったら・・」
「我々がデジタル署名をするのは偽造防止だ。アスカのクルーが犯罪をするとは想定していないと思うが」
「誰でもサイン出来る方が不自然な気がしますが」
「・・・デジタル署名ではなく、船長のIDとパスワードでサインインしたかもしれん」
「メールの暗号と組み合わせれば?」
「顔認証などで自動的に暗号化すれば簡単だ」
「だったら暗号で一文字じゃないかしら。アスカ船長 入生正平で一文字だと思います」
「それなら統合情報部のメールは成立しないかもしれない」
「過去に一度だけ添付ファイルの無いメールがあります。確か十八番目のメールです。それと比較すれば簡単に判ると思います」
「調べてみよう。他には?」

「乗員の安全が当然のことなら、触れることも無いでしょう。その分を破損状況の説明に回すはずです。例えば・・・本船は12月17日、隕石によりアンテナ・ケーブルを損傷。修復に予備ヒューズを使いきる。よって、これが最後の通信となる。日本の未来に幸あれ。アスカ船長 入生正平・・・船長のサインを一文字とすれば七十字です」
「『被害は軽微なれど通信機能を損傷』。この文言を統合情報部は鵜呑みにした。本当に軽微なら書く必要はない。むしろ、それが危機を暗示している。それが君の解釈だな」

春菜は肯くと、さらに論拠を追加する。
「それと時空船です。普通は単にアスカと呼んでいます。今日、あるHPでアスカの記事を読みました。そこで時空船と書いてあったのは、出航の時だけでした。時空船アスカという正式名を使うのは出航セレモニーにはふさわしいでしょう。そしてアンテナ故障に使うには不自然です。正式名を使ったのは、それを使うべき状況だった・・・」
 その先を春菜は言いよどんだ。長官は肯いて言った。
「判った。大谷君の部屋へ戻ろう。船長のサインを確認するんだ」


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