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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第45回                第11話 最後の言葉
治が目覚めると、花音は身体に黒曜石のカケラを貼っていた。治も起き上がり互いの背中に張り合う。その様子を春菜が見ている。花音が全員を起こした。治は花音の肩を借りて立ち上がった。
「みんな良く聞け。西の洞窟へ行くんだ。ソリに肉を積め。その上に皮を敷く、それから干草、また皮を敷く。そこに子供たちを乗せろ。女は槍を持て。準備が出来たらすぐに出発しろ。橋までは休むな、急いで行け。渡たり終わったら、橋を落とせ」
「夜が明けたらオオカミが追って来る。橋まで行くのは無理だ」
 健太が震える声で言った。治の返事が判っているのだ。
「オオカミは俺と花音に任せろ」
 浩二が泣き出した。プラトンが大きな声を出した。
「治と花音、俺達の知恵。死ぬ、良くない」
「俺達が年長者だ」
「治と花音、ソリ乗る。エジソン、ソリ引く」
「駄目だ、掟を忘れたのか」
治の言葉に男達が黙り込んだ。
「今日からは健太がリーダーだ。だが健太は若い。一人で決めるな。プラトンと相談して決めろ。準備に掛かれ」

 男達が黙々と準備を始めた。女達は順番に治の前で跪くと、立ち上がって花音に抱きついた。治は腰のこん棒を抜いた。二十年間すっかり手に馴染んだ治の分身だ。それを健太は黙って受け取った。歯を食いしばって涙をこらえている。空になった手を治は浩二の肩に置いた。浩二の肩の震えが激しくなる。
「これからは健太が俺の代わりだ。健太の言うことを良く聞け。十年後には健太を支えろ。二十年後、三十年後には仲間が増える。この場所で百人は養えない。半分は移動する。その時は浩二もリーダーだ」

浩二が肯いた。花音が健太と浩二を抱きしめた。身体を離すとソリの改造を指示する。浩二が泣きながらソリの後ろに枝を差すと、健太が歯を食いしばったまま蔦を強く結わいた。
レンゲが美貴を抱いてきた。花音が抱きしめると美貴が目を覚ました。治が花音から美貴を受け取ると、美貴が笑って花音にバイバイと手を振った。花音が手を振り返しながら顔をそむけた。治は美貴を抱きしめるとレンゲに返した。
「美貴を頼んだぞ」
 片手で口を押さえながらレンゲが肯いた。準備が整った。

洞窟を出ると、全員が治と花音の前に並んだ。
「プラトン、数えてくれ」
「赤ん坊を抱いた女、これだけ」
治が肯いた。四組、八人だ。
「ソリに乗った子供、これだけ、それとこれだけ」
 六人。
「歩く子供、これだけ」
 五人。
「槍を持った女、これだけ、それとこれだけ」
 十三人。
「弓を持った男、これだけ、それとこれだけ」
 十六人。
「全部で、これだけ、それとこれだけ」
 四十八人。一人足りない。

春菜が洞窟から出てきた。服を持ち上げて花音に見せた。黒曜石のカケラを身体に貼っている。弓を治に示して、花音の横に立った。
「駄目よ春菜。遊びじゃないの」
 春菜が首を振った。目は真剣だ。春菜なりに理解しているのだ。花音がいなければ春菜は一人ぼっちだ。女達には嫌われ、男達も相手にしない。
「花音、連れて行ってやろう。コイツは」。と、治は自分たちのソリを示した。「コイツは二号機じゃない、時空船アスカだ。オペレータが必要だ」
「判ったわ。春菜、一緒に行きましょう。これに乗って空に行くの。そこで私達は星になるの」
 春菜がコクリと肯いた。

治は全員の顔を見回した。
「冬はいずれ終わる。黒い雲とオオカミは去り、牛が戻って来る。太陽の光があふれ草は伸びる。その草を食べて牛は増えるだろう。海岸には黒い石がある。黒い矢じりで牛を倒せ。
お前達の子供は増える、その子供たちはもっと増える。そうしたら半分は別の場所へ行け。分かれる時は親子、兄弟は離れて別々になれ。血が濃くならないようにだ。
南に行けばシマウマがいるだろう。シマウマは牛に似ているがもっと早く走る。だが、お前達なら倒せる。シマウマを倒しても油断するな。シマウマは立ち上がって走り出す。血を流し、はらわたを引きずって走る。お前達もシマウマのように生きろ。血が流れても諦めるな。血を流しながら前へ進め。命のある限り進め。夜明けが近い。出発しろ」

 プラトンを先頭に薄明かりの中を歩き出す。最後尾は健太だ。健太は治を見た。治も健太を見る。二、三秒、言葉もなく見つめ合う。治が弓を持つ手を高々と上げた。健太も弓を高く上げ応えた。健太が振り向いて歩き出した。
薄明かりの中を四十八人が進む。やがて空が白んできた。遠くからオオカミの悲鳴が聞こえた。一つ、二つ、三つ。そこへ吠え声が加わる。悲鳴が聞き取りにくい。四つ・・・五つ、六つ・・・七つ。吠え声と悲鳴が重なりあって判らなくなる。吠え声が一段と高くなると突然静かになった。
全員が立ち止まった。そして振り向いた。その視線を遮るように健太が顔を上げて言った。
「立ち止まるな。前へ進もう」

 橋に着くと健太は言った。
「女、子供は疲れている。幼児たちも凍えている。橋を燃やして休ませよう」
「良い考え。プラトン思う。治もそう言う」
 丸太を一本対岸へ運ぶ。残り四本は川へ落とした。丸太が燃え出すと、紫色だった幼児たちの唇に赤みがさしてきた。
昼頃に次の川に着いた。その川を渡らずに岸に沿って上流に向かう。広い川原は流木でいっぱいだ。治がここを選んだ理由が判った。健太は川原の石を見た。明日は斧を作ろうと決める。
川岸に大岩があった。水が大岩にぶつかり渦巻いている。その大岩と絶壁の間に狭い通路がある。ソリから荷を降ろす。肉と幼児を担いで進むと洞窟が見えてきた。洞窟に着くと流木を集めて火を起こす。

健太とプラトンは引き返し、流木と石で通路を塞ぐ。大岩から蔦を一本垂らした。これが梯子の代わりだ。男達を呼び大岩の下の石を動かす。これでオオカミは大岩を飛び越える足係りを失った。
見張りをしていたシェークが弓を振った。オオカミが来たのか?健太とプラトンが顔を見合わせた。シェークの弓が西を指した。オオカミが来るなら東のはずだ。シェークの元へ急ぐ。西の空が赤い。夕焼けだ。黒い雲は去った。プラトンが呟いた。
「あれ血の色。治と花音の熱い血、雪溶かした。冬終わる」
 健太の目から大粒の涙がこぼれた。


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