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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第44回   第10話 挟み撃ち
昼頃になるとオオカミの半分しか集まらなくなった。しばらく経ってから残りの半分がボスに追い立てられて来た。花音は牛の残骸を見つけたと推測した。三十一匹が集まるまで木が切れる。こうして三本の木を倒す。
作戦は順調だ。春菜も花音の横で大人しくしている。治は次第に緊張感が薄れていった。他の男たちも同じだ。オオカミと戦うのではなく遊んでいるようだ。午後も遅い時間になって同じ事を繰り返していた。見張りが吠え、オオカミはゆっくりと集まり出した。だが距離がある。まだ二十匹しか集まっていない。

突然花音の叫び声が響いた。
「春菜、どこ行くのっ!」
 治が振り返ると春菜が斜面を登って行く。身軽だ、獣のように素早く登る。その先を目で追って背筋が寒くなった。二匹のオオカミが上にいる。さらに三匹目が現れた。治たちの退路を塞ぐつもりだ。
「オオカミだっ、上にいるぞ。引き返せ」
伐採を止めて皆が洞窟へ歩き出した。それを気付いた二十匹が一斉に吠えながら向かって来た。「斧を捨てろ、走れ!」。治は叫びながら上を見た。三匹が迷っている。だが、一匹が走り出すと二匹も後を追って駆け下りて来た。
先頭が悲鳴をあげて倒れた。雪が血に染まった。それを見たオオカミが素早く横に飛んだ。走りながら射手を探している。春菜が二の矢を放つ。オオカミが倒れる。三匹目が春菜を見つけた。
春菜が跳ねるように立ち上がると奇声を上げながら走り降りて来る。笑っているのだ。自分を狙っている三匹目に気付いていない。オオカミが春菜に迫る。その距離がどんどん近くなる。二本の矢が飛んでオオカミに当たった。健太とシェークだ。

治は走りながら斜面の上を見た。四匹目、五匹目が見下ろしている。その横に六匹目が小道から飛び出して来た。目を戻せば仲間が洞窟へ走りこんで行く。治の周りには誰もいない。治は必死に走りながら振り返る。オオカミの群れが近くに迫っている。洞窟はすぐそこだ。
健太とシェークが洞窟の両側で弓を構えている。真ん中で花音が必死に手招きしている。治の両側を矢が飛ぶ、すぐ後ろで悲鳴が二つ上がる。花音とシェークが洞窟に入った。治は健太にぶつかるようにして方向転換して中へ転がりこむ。重なるように健太が飛び込んで来た。入り口が素早く閉ざされた。

遠くに集まっていたオオカミは二十匹だった。そうすると十一匹が斜面に揃うまでオオカミは離れて待っていた事になる。完全に裏を突かれた。新しいボスは思った以上に賢い。だが結果的には五匹を倒した。残りは二十六匹だ。しばらくして外に出ると四本の斧が見当たらない。オオカミがくわえていったのだ。

花音が久しぶりに弓を手に取った。花音と春菜を加えれば十九対二十六だ。
「なあ、花音。決戦になれば勝てるだろう。だが二、三人は死ぬはずだ」
「もっと死ぬわ」
「まさか」
「奴等の口の中はバイ菌だらけよ。手か足を噛まれただけで病気になる。でも、この雪で薬草はないわ」
「高熱で苦しみながら死ぬのか」
「ボスは賢いわ、決戦を避けるかもしれない。そうしたら私達は凍死よ」
「洞窟の奥まで探したが石は無かった」
「石ならあるわ。たった四個だけど」
「ああ、あの石か」
「そうよ。子供たちが助けてくれるかもしれない」

洞窟を出ると、治は両手を合わせてから石の上の雪を払った。大きさと形だけで選んだ石だ。やはり、と気落ちした。斧になる石は一つだけだ。一つだけでは割れない。だが、と思い直す。これさえ割れれば石が二つになる。それを打ち合わせれば斧になる。石を岩の上に置き、他の石を叩きつけた。叩きつけた方の石が割れる。次の石も同じだ。三つめの石も駄目だった。
最後の手段だ、斧になる石を岩に思い切り叩きつける。破片が飛んで治の足を直撃した。ボキッと音が聞こえた。離れて見守っていた健太と浩二が飛んで来た。苦痛をこらえながら石を見るとかすり傷一つ無い。割れて飛んだのは岩だった。

花音が枝と蔦で足を固定し冷たい肉を足に当てた。すこし楽になる。
「一月もすれば骨が付くわ」
 花音の言葉に肯くが、薪は四、五日分しかない。太い枝が残っている今、決断しなければ間に合わない。皆が寝静まった後、花音が起きて、肉を取り替えた。
「なあ花音、岬を回って此処へ来た頃を覚えているか?最初の頃、大人が次々に死んだ」
「覚えているわ。毒見で死んだのね。後で気付いてぞっとしたわ」
「年長者が毒見するのが此処のルールだ。平然と食って苦しんで死んでいった」
「何が言いたいの?」
「俺の番が来たってことさ」
「どういうこと」
「橋を渡ってむこうの洞窟へ移る。逃げる時間を誰かが稼がねばならない。そして俺が年長者だ」
「嘘よ。私の方が年上よ」
 治は首を横に振った。
「花音は二十歳だ。ここで赤ん坊から始めただろう」
花音が治の手を握って言った。
「私も行くわ。もう橋まで歩けないもの」
 治は花音の眼を見つめた。そして、ゆっくりと抱き寄せると耳元でささやいた。
「ああ、一緒に死のう」
「あのソリで行くの?」
「いや、子供たちが乗るのにソリは要る。もう一つ作るんだ、簡単なので良い」
「いつ?」
「明日、ソリを作る。出発は明後日の夜明けだ」

 翌日、治はプラトンとエジソンを呼んでソリを作らせる。二人は怪訝な顔をしたが、黙って治の指示に従う。治と花音の考えは彼等には及びもつかない。二人に従って何度も危機を乗り越えてきたのだ。

夜が更けると花音が牛の脂身を枝に刺して火にかざした。溶けた油が枝を伝って灰の上に落ちる。それを掻き集めて手で揉んでいる。手がベタベタだ。
「矢じりを作った時に黒曜石のカケラがいっぱい出たでしょ。それを身体に貼るのよ。オオカミの口の中で突き刺さるわ」
「そいつは良い。丸呑みすれば腹が痛くなる。死ぬかもしれない」
「偉いでしょ。ご褒美ちょうだい」
「何だ?」
「奴よ。奴を私にやらせて」
「作戦があるのか?」
「奴は何処にいると思う?」
「多分、群れの真ん中だ。奴らは五、六匹ずつかたまって寝ていた。それが五グループあるはずだ。三番目の中にいる可能性が高いな」
「私もそう思うわ。最初の二つはやり過ごす。三つ目を攻撃するの」
「だが、後ろからやられる」
「ソリの後ろに枝を突き出したら。それとスピードが必要ね」
「洞窟の前の斜面で勢いをつければ良いだろう」
「私が前よ。治は後ろから援護して」
「判った」
「薄暗いうちに出発よ。奴の白い額は良い目印ね」
 花音が楽しそうに笑った。

「花音、死ぬのは怖くないのか?」
「死ぬのは怖いわ。でも戦闘機のパイロットにとって死は身近なのよ。平時でも事故で死ぬ。戦争になれば生き残る方が少ないわ」
「人間はいつか死ぬ。それは判っている。そして俺が自分で決めた事だ。それでも覚悟は出来ない」
「人間はいつか死ぬ。そう考えても納得いかないのよ。死ぬのは一年後か一月後だろう、明日じゃないだろうと思うのよ。そうじゃなくて、生き物が死ぬのは自然なことなの。自然の摂理を人間も受け入れるしかないのよ」
「覚悟とは自分の意志だろう」
「違うわ、受け入れることよ」
「花音は神を信じているのか?」
「この星に地球の神はいないわ。さあ、もう寝ましょう」

そう言いながらも花音は焚き火を見つめている。治も引き込まれるように炎を見つめた。赤い炎がチラチラと揺れている。治はその揺らめきの中にシマウマを見た。炎の揺らめく一瞬にシマウマが生まれ上空へ駆けて消えていく。
生と死は正反対のものだと治は思っていた。しかし、この瞬間そうではないと気付く。生と死はむしろ限りなく近いものかもしれない。いや、生の喜びとは死の影があってこそ成り立つのだ。死があってこそ生があり、心があり、意志がある。
死のない生があるなら、永遠の命があるなら、それは永遠の退屈、永遠の怠惰、永遠の無意志でしかないだろう。俺が今日まで花音と共に懸命に生きてきたのは、共に死を迎える為だったのだ。治がそう思った時、花音が静かに身体を傾けると治の腕の中に入ってきた。

その夜、治は夢を見た
誰かが牛の皮を丸く切れと言った。俺は不思議に思いながらもその言葉に従った。切り取った皮を広げた瞬間、俺は啓示を受けた。円とは聖なる領域であり無限の時間だ。それを俺に教えた声の主は絶対者だ。すると花音の声が聞こえた。「この星に神はいないわ」。
雪原をソリが滑っている。花音と俺を乗せてソリは滑る。次々とオオカミが襲ってきては矢を受けて倒れる。オオカミの群れの中に何かが走っている。シマウマだ!シマウマがどんどん近づくとシマは黒い記号の集まりだと知る。それは数式だ、数学の公式や物理法則だ。それは宇宙の普遍的な真理だと俺は直観した。するとソリは輝き光輪を作った。一瞬ソリは特別な場となり、一瞬二人は無限の時を生きた。懐かしい声が聞こえる。「ワープ準備完了」。俺と花音が呼応する。「ワープ開始」。二人は一筋の光りとなって虚空へ消え去った。
二人が消えるとオオカミはシマウマを襲った。倒れたシマウマをオオカミが食う、途端にオオカミが苦しみだした。口から血を流し、あるいは腹を丸めて悶えている。するとシマウマは立ち上がり内蔵を引きずり血をたらしながら走り去った。



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