20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第43回                第9話 新しいボス
オオカミは二匹の見張りを残すと、雪原に散らばり餌を探し始めた。薪が残り少ない。治は男たちを引き連れ外に出た。座り込んでいた見張りが首を持ち上げた。治たちが洞窟から離れると見張りが立ち上がり遠吠えをした。八人が弓を持って警護する後ろで、四人が斧を振り上げた。
新しいボスが一匹だけで現れ、治たちの動きを見ている。斧の音がコーン、コーンと響く中、ボスが遠吠えをした。やがて他のオオカミが集まってきた。開けた場所では治たちの不利は明らかだ。治たちが洞窟へ引き返すのを見届けると、オオカミは雪原に散っていった。

 治にはオオカミの意図が判らない。何故、餌探しを中断してまで薪取りの邪魔をするのか。花音の答えは明快だ。オオカミは諦めていない。あくまで狙いは私達を食う事だ。ただし短期決戦から長期戦に切り替えた。オオカミには薪を取ることの意味は判らないだろう。だけどボスは知っている。敵が自由に行動すれば、それは自分達が不利になることを。逆に言えば、オオカミに自由に餌を探させるのは、私達に不利となる。

 健太とシェークが真剣な顔をしてやってきた。健太が話しを切り出すと、他の男たちも集まってきた。
 「若者を入れれば男は十七人だ。オオカミが突進する間に矢は二回放てる。三十四本対三十一匹だ。一気に勝負をつけよう」
 治は男たちを見回して答えた。
「全員が二人のように弓が得意な訳ではない。最初の矢は外す者の方が多いだろう。二回目にはオオカミは目の前だ。近くを動く的は狙いにくい。三十四本の矢で倒せるオオカミは二十匹程度だ」
「もっと少ないわ。あんた達はみんなオオカミに食い殺されるわよ」
 男たちが驚いた顔で花音を見た。
「この前、一匹のオオカミに二本の矢が刺さっていた。三本の矢が刺さっていたオオカミもいたわ。矢の当たる数より倒した数はずっと少ないのよ」

治が健太の肩を叩いて言った。
「とりあえずオオカミを倒すことよりも薪を取ろう。夜に木を切るのはどうだろう。ここの夜は昔から真っ暗だ。夜はみな寝ている。グルも夜は襲って来なかった。オオカミも同じはずだ。松明を持って夜に木を切るのはどうだ?」
「治の言う通り、この星では夜に動き回る生き物はいないわ。でも、ここの男たちもこの星の生き物よ」
「叩き起こすさ」
「男たちが起き出すなら、オオカミも斧の音で目が覚めるでしょ」
「だけど真っ暗だ。ここには来られない」
「奴らには鼻がある。ここまで来るのは簡単よ。自分たちの臭いを辿れば良いのよ。そして松明に照らされた獲物を見つけるわ」

焚き火の炎が花音の目にキラキラと映っている。治は花音が戦闘機のパイロットだった事を思い出した。花音が考えながら、ゆっくりと話しだした。
「まずは、餌探しを自由にさせない事ね。奴らの邪魔をしながら木を切る。少しずつね。さっそく始めましょう。弓を持って外に出て。斧はまだ使わない」
 そう言いながら花音が出口に向かった。それを見て春菜が弓を持って付いて来る。
「大丈夫か?」
 治が目で春菜を指して言った。春菜は弓に自信を持っている。そしてオオカミの怖さを知らない。幼児の知能で突飛な行動をされては全員の安全に関わるのだ。
「縛るわけにもいかないわね。でも大丈夫よ、オオカミとは離れたままだから」

 洞窟から出ると、二匹の見張りが首を持ち上げて見ている。花音は治に小枝を渡しながら指示を出した。治が小枝を持って歩き出す。男たちが続く。見張りが立ち上がった。二十歩ほど歩くと遠吠えをした。治たちは目印の小枝を雪に刺すと洞窟へ戻った。花音と治は洞窟から顔をだして様子を見る。
今度は見張りの声だけで全部のオオカミが集まってきた。ボスは腑に落ちない様子だ。誰もいない斜面と見張りを見比べて戻って行った。治たちがまた洞窟からでて目印の小枝まで行った。見張りは吠えない。男たちの中から一人だけが三歩ゆっくり進む。見張りは黙って見ている。さらにもう一人がゆっくりと進む。見張りが迷っている。八人のうち五人が進んだ時、見張りが吠えた。八人がすばやく洞窟へ戻る。

集まったオオカミが見張りに低く唸った。見張りは尻尾を下へ垂らして後ずさりした。これを何回か繰り返すと変化が起きてきた。見張りが吠える距離が四十歩と長くなる。もう少しで木が切れる。
その一方でまずい事になった。雪原から集まっていたオオカミが、海へ続く道に戻って行く。干し肉を捨てた場所だ。オオカミはそれを探し当てたようだ。さらに進めば牛の残骸が海まで点々と続いている。

 それでも花音は戦法を変えない。やがてオオカミの集結が目だって遅くなりだした。五、六匹が遅れて来る。最後に来るのがボスだ。ボスに威嚇されて渋々来るオオカミが出始めた。花音の読み通りになってきた。治は片瀬大佐の有名な言葉を思い出した。「空中戦で一番重要なのは、相手の先を読むことだ」
花音は洞窟から太い枝を持ち出し斧の背で叩かせた。洞窟の前で二人の男がコーン、コーンと木を叩く。この音に慣れさせるのだ。また男たちが進む。四十歩先で立ち止まる。コーン、コーンと音が響く中、斧を持った二人がゆっくり進む。見張りは吠えない。
斧を持ち上げ木を切る。伐採した木の大枝を払い落とす。男たちが一斉に木に駆け寄ると見張りが吠えた。四人掛りで木を持ち上げる。他の四人は払った枝を持ち駆け足で洞窟へ戻った。 

 次の木を切りに行くとオオカミがすぐに吠える。見張りが交代したのだ。最初からやり直しだ。男たちはがっかりするが、花音は平気だ。オオカミに無駄足をさせるのが重要なのだと言う。
そう言いながらも花音は辛そうだ。洞窟の外で立っている時間が長くなるにつれ、以前に骨折した手足が痛み出したのだ。それでも花音は槍を杖代わりにして戦況を見つめる。

 翌朝、レンゲは囲いの中から外を見た。見張りの二匹が寝そべって前足の上に頭を乗せている。レンゲは外に出ようと蔦を緩めた。花音に声をかけられ返事をした。
「雪取る。子供お湯飲む」
「待って。様子を見るわ」
 花音が外を覗く。見張りはだらしなく寝そべっているが、片目でこっちを見ている。レンゲが蔦を解き終え、入り口を開けて囲いから出た。見張りがピクッと耳を動かした。
「待って。レンゲ戻って」
 花音は男達を呼んだ。念のため、隊列を作って外に出ろと言う。男達は顔を見合わせた。昨日からオオカミは襲撃をしてこない。奴らの餌探しと我々の薪取り、それの邪魔し合いが続いている。それでも男達は花音の言葉に従った。
槍を持った六人と弓を構えた六人が揃った。ソリを外して洞窟から出ると見張りが短く吠えた。男達の後ろから外に出たレンゲが見たのは、入口の陰から走り去る四匹の後姿だった。レンゲはその場にへたり込むと震えながら泣き出した。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 18876