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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第42回                第8話 オオカミとの戦い
 翌朝、オオカミが雪に埋もれていた牛の残骸に気付いた。冬が来た日に何頭もの牛を洞窟へ運んだ。洞窟で処理した残骸を投げ捨てていた。凍って雪に埋もれた残骸を、治たちは忘れていた。それをオオカミが見つけて食い始めたのだ。
治は入り口を開けると数人を引き連れ、斜面の上に出て弓を射った。オオカミが一斉に散るが、逃げ遅れた一匹を倒す。安全な距離まで逃げたオオカミが立ち止まり斜面を見上げた。

治はオオカミの群れを見下ろし、プラトンに数えさせた。プラトンは走っている牛の群れでさえ瞬時に数える。彼の数え方は独特だ。五匹を一束としてイメージで捉え、それを自分の指と対応させる。右手の人差し指が左手をさっと走り、その逆に走る途中で止まった。三、四秒の間だ。
「これだけのオオカミ、これだけ。それとこれだけ」
 プラトンの指を見て治は肯いた。5×9+2だ。プラトンは素早く数えるが、それを数字には出来ない。治は四十七匹の中の一匹に注目した。身体が大きく片耳が千切れている。治の視線に気付いたのか、そいつが牙を剥き出し低く唸った。千切れた片耳と引き換えにボスの座を手に入れたのだろう。

治はボスに向かって言った。
「昨日お前は八匹の仲間を失った。そして今日も一匹だ。俺たちにかまうな。ここを去れ。さもなければ、お前はさらに多くの仲間を失うぞ」
 言い終わると治は弓を持った手を高々と上げた。雪が降り始めた。治は手を下ろすと洞窟へ引き返した。やがて外は吹雪になった。吹雪の中を灰色の影がうごめく。オオカミは吹雪に紛れて洞窟の近くまで来て残骸をあさった。

 深夜になって風が収まったのを花音は浅い眠りの中で知った。目が覚めると明け方だった。毛皮のカーテンの隙間がうっすらと明るい。焚き火に枝を足し、火が大きくなったら治を起こそうと思った。
その時、何かの気配に気付いた。カーテンの隙間が広がった。花音の姿は焚き火に照らされて丸見えだ。花音はゆっくりと横になり寝ている治の影に入った。そこから暗闇を凝視する。赤い小さな点が二つ、焚き火の明りを映している。それが一つ、二つ、三つ・・・。
「起きて。オオカミが入ってきた」
 花音のささやき声に、治の手が静かに弓を掴んだ。治が健太を起こす。健太がシェークに手を伸ばす。花音の近くの五人が寝たまま弓に矢をかけた。
花音はまた静かに起き上がった。燃えている枝を両手に二本ずつ掴むと、いきなり暗闇に放り投げた。
「オオカミだ。みんな起きろ!」。叫びながら立ち上がり、壁に立て掛けた槍を握った。

 オオカミは暗闇の中で仲間がそろうのを待っていた。今、二本足が一匹起きた。身体を伏せる。ここは嫌な臭いがする。あの赤くチラチラ動く物の臭いだろうか。また、仲間が入って来て足音を立てずに闇に溶け込んでいく。
突然、叫び声と共に赤く光る物が飛んで来た。とっさに避ける。赤くゆらめく物に警戒する。次の瞬間、それが木の枝と判った。こんな物はどうでも良い。二本足に見つかった。襲い掛かって喉を引き裂き、血をすするのだ。
その時、二本足の後ろに怪物が現れた。黒くて巨大な怪物にオオカミはひるんだ。叫び声が洞窟内で反射してワーンと響き渡った。これは怪物の声なのか。一匹が後ずさりした。嫌な臭いがする。とても嫌な臭いだ。これが怪物の臭いなのか。
突然、尻尾がヒリヒリと痛くなった。驚いて振り返ると身体が赤く光っている、目が痛い、目が見えない。そいつは苦痛の叫び声をあげた。他のオオカミは怯えた。怪物が見えない牙で食いついた。そこへ矢が飛んできた。

 花音が投げた松明にオオカミの姿が浮かび上がった。治たちは素早く半身を起こすと狙いを定めた。オオカミたちは壁を見上げて立ちすくんでいる。一匹が火に包まれて悲鳴をあげた。
最初の矢で四匹が倒れた。次の矢で逃げようする一匹を倒す。治は松明を持つと高く掲げた。
「動く物がいれば射ろ」。治がゆっくりと洞窟の中央へ進む。健太とシェークが弓を構えながら続いた。プラトンとエジソンも二人の弓手を引きつれ左右の隅まで探索する。
「大丈夫だ。他にオオカミはいない」
治は振り返って花音に言った。花音は槍を手に焚き火の後ろに立っていた。その影が壁に大きく映って揺れていた。それは身長三メートルの黒い生き物のようにも見えた。エジソンが槍でカーテンをめくると、外から様子をうかがっていたオオカミがパッと散っていった。入り口の囲いの蔦が噛み切られ穴があいていた。
 
その日の午後になってオオカミの動きが変わった。斜面の下から一匹が途中まで登ってきた。矢が届く距離だ。見張りが矢を射ると、予測していたオオカミは横に飛んで避けた。そして小馬鹿にしたようにこちらを見ると降りていった。また別の一匹がゆっくりと斜面を登ってくる。
「矢を無駄にするな。しばらく様子を見よう」
「挑発的ね。外に出て来いと誘っているみたい」
 治と花音の話にプラトンが割り込んだ。
「外にいるの、これだけのオオカミ、これだけ。それとこれだけ」
 治と花音は顔を見合わせた。数が合わない。四十七匹の五匹を倒したのだ。プラトンの指は三十六だ。六匹足りない。
「今朝、洞窟にいた五匹は待機していた。仲間を待っていたのよ。何匹になったら襲うつもりだったのかしら。こっちを何人だと思っているのかしら」
「最初の時、俺達は六人だった。そして斜面に出て矢を放った時が五人だ。奴らに姿を見せたのは、その二回だけだ」
「最初が六人、足りない六匹と同じ数ね」
「まさか、奴らは数を数えるのか?」
「算数は無理でも、感覚的にこのくらいとは判るのかもしれないわ。それに地球のオオカミとは違うのよ」
「確かにそうだ。俺はサルにしては賢い奴にやられるところだったしな」

 治は花音と計画を練った。準備はオオカミに悟られないように夜と決めた。補強した入り口を改造する。ソリをすぐに外せるようにし、囲いの上部の隙間を大きくする。凍った肉を積み上げて足場を作った。
翌日、またオオカミの挑発が始まった。治は作戦を実行に移す。六人が弓を持って外に出て並んだ。広くなった出入り口から槍を持った六人が素早く続き、前の六人の後ろに隠れる。斜面のオオカミたちが唸る。二、三匹がゆっくりと近づく。治たちも前へ出た。斜面のオオカミが一斉に吠えだすと駆け上がって来た。

そちらに弓を引きたい誘惑を振り切り、治は右へ反転する。いた。三匹が飛び掛ってくる寸前だ。至近距離で矢を放つ、同時に後ろの三人が槍を突き出した。左でも同じ事が起こっていた。
正面のオオカミが間近に迫る。赤い舌と鋭い牙の一本一本までが見える。二の矢を放つ時間はない。素早く後退しながら前後を入れ替える。六本の槍がオオカミに向けられた。駆けてきたオオカミが一瞬ひるむ。一本の槍にはオオカミの死体が突き刺さったままだ。その重みで槍先が低い。そこへオオカミが殺到する。
「放てっ」。花音の声と同時に治たちの頭上を矢が飛ぶ。若者達が足場の上から矢を放ったのだ。それに続いて治たちが二の矢を放つ。オオカミがばたばたと倒れた。
「撃ち方止め。勝ったわ、オオカミが逃げていく」
「隊列を崩すな。槍の死体を外せ。このままゆっくり前に出る。左右に気を付けろ。倒れているオオカミに止めを刺せ」

 斜面の上まで出て隊列を解く。オオカミは離れてこちらを見ている。倒したオオカミを裂いて矢を回収すると下へ放り出した。十匹の死体が斜面に転がった。
「また仲間を失ったな。忠告したはずだぞ。ここを去れ」
 数匹のオオカミたちがボスに向かって唸りだした。ボスも唸りながら後ずさりする。一匹がボスに飛び掛ると、四匹がそれに続く。五匹のオオカミの塊の中でボスの姿は見えなくなった。すぐに塊が散ると、真っ赤に染まった雪の上にボスが横たわっていた。最初に飛び掛ったオオカミが治に向かって吠えた。額の毛が白い。これが新しいボスだ。


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