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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第41回                第7話 灰色の影
六日目の夕方に海岸に着いた。予定よりかなり早い。翌朝、ソリに黒曜石を積み帰路につく。この旅の最後の日も天候は良かった。黒曜石を取ってから雪は降っていない。治はこれを幸運だと思っていた。だが、想像さえもしなかった事が起こっていた。
この日の朝、夜明けと共に動き出したものがいた。灰色の影が大岩の渡しを軽々と飛び越え、食い物の臭いに気付いた。一声短く吠えると、次々と灰色の影が集まった。治たちの足跡を嗅ぎながら灰色の影が唸り合った。二日前の匂いと足跡が消えなかった幸運を喜んでいたのかもしれない。

 ソリは重くなったが、明るいうちに帰れる。空を見渡しても吹雪の来る気配はない。四人はこの旅に満足だった。三つ岩の先を曲がると目印が見えた。長い棒に毛皮が旗のようにぶら下がっている。その横で何かが動いた。二人が手を振っている。小さいのは浩二だろう、もう一人は誰だ?プラトンか?やっぱり、プラトンだ。突然、二人の様子が変わった。こちらを指差して叫んでいる。何事かと振り返ると、氷の上に黒い点が見えた。たくさんある。こっちへ向かって来る。

治が叫んだ。「肉を捨てろ」
 毛皮ごと肉を落とす。ソリが軽くなり、時間も稼げるかもしれない。ソリは勢いよく滑り出した。治はソリを押しながら振り返った。さっきよりも距離が縮んでいる。奴等の足は速い。吠え声が聞こえる。オオカミだ。俺たちの臭いと足跡を追って来たのだ。
目を前に戻す。丘が近づいてきた。そして絶望的な気持ちに襲われる。丘の斜面は吹き溜まりになっている。ソリはおろか、俺達が丘を登るのさえ手間取る。腰までの雪と格闘している間に、奴等が後ろから飛びかかってくる。浩二の目の前で、俺と健太が食われるのだ。
何か方法はないのか?俺は食われても健太を助ける手立てはないのか?もっと南に行けば丘は低くなる。馬鹿な、その前に追いつかれる。ソリを捨てて走るか?いや、もう遅い。ソリは猛スピードで滑る。丘の上の目印と人影がどんどん迫る。顔に当たる風が冷たい。

突然、治に一つの思いが浮かんだ。俺は以前にどこかで、これと同じ体験をした。筏で海を渡った時だ。風を受けて筏はどんどん岸に近づいた。砂浜に乗り上げると思った筏は激突するように当たった。予想以上の衝撃で俺は放り出された。あの時と同じだ。あの時と同じになれば良いのだ。
「砂浜で右に曲がるぞ、ソリを倒すんだ」
 治はもう一度振り返った。先頭のオオカミたちが肉に食いついた。
「砂浜に着いたら、シェークは手を離せ。エジソンは蔦を引っ張れ」
 治は反対側でソリを押す健太に叫んだ。
「シェークが手を離したら、後ろに逃げろ」

 丘が目の前に迫る、オオカミの吠え声が迫ってくる。治はもう振り返らない。シェークが手を離した。健太が治の視界から消えた。ソリが砂浜に乗りあがり斜めに傾く。エジソンが蔦を引く。治は浮いたソリの下にこん棒を差し込んだ。こん棒を両手で立てる。ソリがこん棒の上を滑りながら傾いていく。と、反対側の脚が折れた。黒曜石が崩れ落ちる。
「エジソン、ソリを斜面に掛けるぞ。二人は黒い石を拾え、一個でいい」
 治とエジソンはソリの両側を持つと、吹き溜まりに突っ込んだ。ソリを突き刺すように立てると斜面へ倒した。丘の上の二人が駆け寄り弓を構えた。

健太がソリを駆け上がり丘の上へジャンプした。シェーク、エジソンが続く。最後に駆け上がる治のすぐ横を矢が飛ぶ。シェークと健太が素早く肩から弓を外すと矢継ぎ早に射る。エジソンは槍を手に正面で待ち構える。
治は目印の棒を取りに走った。棒を手に急いで戻り、ソリにあてがう。プラトンが手伝う。二人で斜面に立てかけたソリを海側へ倒した。息を切らせながら治が言った。
「・・・これで・・・奴らは・・・すぐには登ってこられない。急いで戻るぞ。黒い石は?」
 健太が足元から二つの石を拾い上げた。シェークも二つの石を手に笑った。
「一個でいい、と言ったはずだぞ」
治はそう言って笑うと、健太とシェークの肩を叩いた。そして振り向くと、すぐ側の山を見上げた。津波の時に木にしがみついて登った山だ。
「奴等は臭いで追ってくる。その山を登って帰ろう。奴等には登れない」
 プラトンが首を振って指差した。雪の上に足跡があった。浩二とプラトンの足跡だ。浩二がぽつりと言った。
「僕たち、迎えに来ない方が良かったのかな」
「何を言うんだ。お前たちがいなければ、俺たちは食われてしまったよ。さあ、洞窟へ帰ろう。そこで仲間全員でオオカミを迎え撃とう」
 
 斜面にはエレベータのソリが一つ残っていた。治たちはそれを引いて洞窟へ入る。
「これで入り口を塞げ。隙間には木の枝をあてがい蔦で縛れ」
 異様な雰囲気に花音が立ち上がった。
「どうしたの、みんな無事?健太は?」
「皆、無事だ。だが、とんでもない客を連れてきてしまった。オオカミの群れだ」

 入り口が固められた頃、最初の一匹が来た。真っ直ぐに洞窟の下まで来ると、立ち止まってこちらを見上げた。やがて洞窟の下は灰色のオオカミでいっぱいになった。矢の届かない場所からこちらをうかがっている。暗くなるとオオカミは身を寄せ合って丸くなった。

洞窟で男たちは黒曜石を割って矢じりを作る。女たちは棒に羽をはさむ。鋭い矢が次々に出来上がる。
夜も更け、治の話を聞き終えた花音がため息をついた。
「この黒い石に命を懸けたわけね。治の宝物ね」。そう言うと、何か思いついた花音が急に笑い出した。
「黒い石は鬼ヶ島の宝物だったのよ。治は桃太郎。それなのに、あはは。桃太郎は家来に襲われたのね。二十年前はサルに襲われて、今日はイヌ。次はキジね、あはは」
 笑い終わった後、花音は真面目な顔に戻って言った。
「オオカミは向こうの大陸から海を渡って来たのね。だったら遅かれ早かれここに来る。不意に襲われたら大勢死んだはずよ。私たちは運が良かったのよ。治のせいでオオカミが来たんじゃないわ。治のおかげで大勢の命が助かったのよ」


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