冬になって一ヶ月が過ぎた。海は厚く凍っている。島に渡る絶好の機会だ。治は思い起こす、黒曜石のあったのは上流に近い場所だ。海岸からは長い登り道だが、ソリを引いて登れるのではないか。急傾斜は二ヶ所、そこは荷を降ろしソリと荷を別々に分けて運ぶ。四人で足りるだろう。海を渡るのに一日、さらに川まで三日。石探しに二日。帰路は海岸まで二日、海の上を一日。合計九日。吹雪が三日として、食料は十二日分。
治は花音に相談した。厳冬の中の危険な旅だ。迷った末に健太を連れて行くことにした。治が死んだ後、リーダーになる健太には良い経験になるはずだ。花音も渋々承諾する。 さらに二人を選ぶ。エジソンは三十代半ばか。治が池に来た時は少年だった。話すのは苦手だが、人の話は理解できる。もう一人は若くて元気なシェークだ。シェークスピアが正式名だが、最初から略したシェークで呼んでいる。仲間随一の弓矢の名人だ。留守を預かるのは花音とプラトンだ。
風が収まった早朝、四人は出発した。治は御山の上から眺めた地形を思い出しながら、見当をつけて進む。海岸の近くは氷がでこぼこだ。流木が海に浮かんだまま凍りついている。ソリで進むのが困難になってきた。津波の被害がこれほどとは思わなかった。 上陸する前に計画変更だ。ソリはここに置く。島に上陸してからは、流木を乗り越え倒木の下を潜り奥に向かう。暗くなる前に雪洞を掘って野営した。
二日目、出発して直に歩きやすくなる。津波の到達地点を越えたのだ。森の中に小道があるはずだが、雪でそれも判らない。突然、開けた場所に出た。治の記憶にない場所だ。道を間違えたか、治は周りを見渡して気付いた。ここは村だ、赤族の村があった場所だ。赤族の粗末な小屋は衝撃波で飛んでしまったのだ。雪が降ってきたが、この先は迷うことはない。 吹雪になり森で雪洞を掘る。治は鬼族の末路を想像した。最初の津波で数人が流されたかもしれないが、村は無事だった。だが衝撃波で村も赤族も吹き飛ばされた。簡単に手足が折れてしまう鬼たちは、この時点で壊滅的な被害を受けた。僅かに生き残った者がいても、あの豪雨とこの寒さだ。鬼族は滅んだのだ。
翌朝になっても吹雪は収まらない。午後になって天候が回復して、治たちは川原に立った。川原には流木が積み重なるようにある。豪雨で川が荒れ狂ったのだ。このあたりにあった黒曜石は下流に流されたかもしれない。治は大岩の渡しを思い出した。大きな岩がダムのように水を堰き止めていた。あの場所で探した方が見つけやすいだろう。川に沿って下りながら今夜の野営地を探す。
四日目は一日中吹雪だ。五日目の朝になって吹雪が突然止んだ。歩きながら治は三人に話した。 「黒い石が光るのは切り口だけだ。塊は黒いけど光らない。川原には丸い石が多いが、黒い石は丸くならない。割れると角ばる。黒くて丸くない石を探すんだ」 「あれが黒い石?」。健太が指差した。 「あれは大岩の渡しだ」。と治は答えて、「あっ」。と叫んだ。急ぎ足で近づき大岩に乗った。そうだ、これは黒曜石の大きな塊だ。自然に出来たと思っていた割れ目は、青族が割ったのだ。自分たちだけが渡れるように割れ目を広げたのだ。治は青族の長の冷徹な顔を思い出した。カインという先祖もあんな顔だったのだろう。
健太とシェークが面白がって黒曜石をどんどん割る。すでに四人で持てる量を越えている。海岸まで二往復すれば持ち帰れる。だが、治は日程と食料を計算して諦めた。「ソリさえあれば」。と思わず口に出す。それを聞いたエジソンが「ソリ、ある」。と指差した。エジソンの指は海岸を指している、と同時に別の物も指しているのに治は気付いた。 治は木の枝を力まかせに折り取った。二股に分かれた木の枝を折り、Y字形にした。棒で補強して毛皮を敷く。黒曜石を乗せ、余った毛皮を被せて固定すれば立派なソリだ。それを見て、健太とシェークがまた黒曜石を割り出した。エジソンが森から三本の枝を引きずって出てきた。
枝のソリを引きながら森の中を歩くと、少し開けた場所に来た。ここで休憩することにした。雪の中にこんもりと盛り上がった物がいくつもある。座るつもりで雪を払うと、赤茶けた物がある。 治が叫んだ。「赤族だ」。顔を見るが誰だか判らない。他の三人も赤族を雪の中から掘り出す。治は顔を見て回った。ニーナだ。四十歳になったニーナが横たわっていた。その先の雪を払う。ダブだ。ニーナと手をつないだまま息絶えたのだ。治の目から涙があふれた。二人を埋め戻そうとして、ニーナの角の先の実に気付く。赤く熟している。治はその実をそっと取り上げると荷物に加えた。健太が別の女の実を手に取った。治が肯くと自分のリュックに入れる。他の二人もそれを真似た。
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