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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第39回                第5話 吹雪
 四日目の朝、雨が上がった。空を見上げた治は懐かしさを感じた。白い雲が浮かぶ青い空。地球で見慣れた空がそこにあった。暑さも和らいでいる。次々と起こる変化に頭が混乱する。
花音はあっさりと、これで普通になったと納得している。理屈が合わないと納得出来ない治とは逆だが、自信にあふれた花音の言葉には妙に説得力がある。これが正常なら、今までは異常だった訳だ。
それは衝撃波の残っていた空だ。衝撃波は弱まりながらも惑星の上を二度、三度と駆け巡っていた。星がチカチカと瞬いていたのはそのせいだ。上空の気流で惑星の熱は閉じ込められた。
エアー・カーテンが消え、大地の熱気が宇宙に逃げていった。大気が安定すると大量の水蒸気が豪雨となって落ちた。それが蒸発し普通の雲を作った。この考えは正しいのだろうか、それとも単なる空想か?苦笑して頭を振ると治は歩き出した。さあ、今日も忙しいぞ。

 夜になって洞窟の中は明るかった。運んできた皮のなめしが終わると、火を小さくして皆は眠りについた。治は一人で考えていた。雨が上がった後も月は見えない。それは月が無くなったからではないのか。隕石ではなく月が落ちたのだ。
いや、そんな筈がない。月が落ちる?おとぎ噺の世界だ、あり得ない。待てよ、俺が言っている月は地球の月だ。ここでは月は十三日で回る。治は横になった花音に声をかけた。
「花音、教えてくれ。悠太はこの惑星に月があると言っていたか?」
「ずいぶん昔の話ね。月があったという記憶はないわ」
「俺もだ。月があったけど見つからなかった。何故だ?」
「小さくて見つからなかったんでしょ」
 そう言うと、花音は寝返りを打って治に背を向けた。

治は月のことを考えるうちに、鬼族のお婆の言葉を思い出した。
「赤子が生まれるのは十月十日じゃ。言い伝えが、何故八つの月と八つの日なのはワシには判らん。ワシは聞いた通りに覚えただけじゃ」
 十月十日とは百四十日だ。言い伝えが正しいとしたら、昔はそれが八ヶ月と八日、百十二日だ。昔は子供が早く生まれたのか?いや、逆に考えよう。子供が生まれるのは百四十日だ。昔はそれが八ヶ月と八日だとすれば、140−8=132、132÷8=16.5だ。昔は月が惑星を一周するのに十六日半だった。それが二十年前には十三日になった。
月は徐々に早く回るようになった。それは軌道が低くなったという事だ。小さくて低軌道の月をアスカは見逃した。そして二十年後に落下した。落下しながら月が最後の大きな潮を作った。それがあの津波だ。
さらに酸素濃度が下がった。それは何故だ?治はいつの間にか眠っていた。翌朝、治は花音に叩き起こされた。寝ぼけまなこの治に、花音は黙って西の空を指差した。

 男たちが牛を引きずったまま斜面を駆け上がって来る。太い木が何本も洞窟に運びこまれる。健太と浩二は松明を持って、男たちの荷物を洞窟の奥へ誘導した。牛を運び入れて、また外へ出ようとするプラトンを治が押しとどめた。
「外に何人残っている?」
「エジソンたち四人、ナポレオンたち四人」
「判った。お前はここに残れ」。そう言うと治は外に飛び出した。治もすでに五回、牛を運んでいる。斜面を駆け下りる足がもつれそうだ。耳は冷たいが身体は燃えるように熱い。空が急に暗くなり雪が降り始めた。エジソンたちが牛を運んできたので出会う。「もうすぐだ、頑張れ」。四人は目で返答した。息を切らしていて口が利けないのだ。
治は走った。丘に出たがナポレオンたちは見えない。いや、頭が見えた。丘の斜面で牛を引きずり上げている。「牛は置いておけ、すぐに戻るぞ」。五人で走る。雪がひどくなってきた。吹雪で前が見えない。
「おーい、こっちだぞ」。プラトンの声だ。「おーい、そっちに行くぞ」。プラトンを見つけた。頭の上に雪が積もっている。「こっちだ」。プラトンに続いて斜面を登ると洞窟が見えた。

 洞窟の入り口は牛の皮で二重にふさがれた。強風で皮がばたばたと音を立てて揺れる。花音が皮で服を作り始めた。女たちが花音の手元を見つめている。
治は一つの仮説にたどり着いた。何十億年か前、大気の主成分が窒素の時代だ。巨大な彗星か小惑星がこの星をかすめた。大気の一部がその天体の引力で宇宙へ飛び出し、惑星を回る軌道に乗った。宇宙空間で液体となった窒素は軌道上で合体し小さな月となった。
ここまで考えて治はため息をついた。小さな窒素の月で、衝撃波と冬の大惨事を引き起こすのだろうか?酸素が薄くなるだろうか?
花音はこんな事には関心はない。花音が心配しているのは冬がいつまで続くかだ。治はそれには答えられない。治は立ち上がった。隕石の正体はどうでも良い。花音のように直面した問題に取り組もう。花音の横で、治は靴を作り始めた。


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