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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第38回                第4話 禁断の火
翌日も晴天だ。暑さの中で冬支度は着々と進む。
「やっぱり、あっちから来るのかしら?」
 皮をなめす手を休めて、顔を衝撃波が来た南に向けて花音が言った。
「どうかな?この星にどんな風が吹いているんだろう。地球の場合は舞い上がった塵は偏西風に乗って広がったはずだ」
「偏西風って地球の自転で出来る風じゃないの?」
「そうか、それなら此処でも西から来るはずだ」
 二人は西を見た。空は晴れている。
「男の半分を干し肉に振り替えたが、明日には肉が腐り始めそうだ。何しろこの暑さだからな」
「暑くなければ干し肉は出来ない。ジレンマね。女の半分もそっちに回す?」
「そうしたいが、時間が経つと脂肪が固まって皮が駄目になるだろ」
「そうね、困ったわね」
「この暑さに、皆まいってる」
「水を飲んでも汗で出ちゃう」。そう言うと花音は草を引き抜いて舐めた。
「草が美味いのか?」
「ちょっとだけ塩が付いてるのよ。子供たちが気付いたの」
「そうか、海水が蒸発して塩が残ったんだ。草原に水たまりが出来ていたよな」
「もう干上がって塩が出来てるはずだわ。肉を塩漬けにするのね」

 治は丘の上からプラトンを探した。
「プラトン、肉を大きな塊のまま持ってこい」
 プラトンが手を広げた。治は首を振って自分の手を大きく広げた。プラトンが肯いて肉を切り始める。治は海を見ながらプラトンを待った。海は相変わらず凪いでいる。
二日間変わらぬ光景に治はふと違和感を覚えた。潮の満ち引きがない。これはどういう事だ?プラトンが肉を持ってきた。草原に出来た塩の上に肉を転がす。手で塩をすり込む。プラトンが肯いて笑った。
「これ簡単。この肉大きい。干し肉止める」
「俺はこれを洞窟の奥の涼しい場所に持っていく。プラトンは他の男達に教えろ」
 治は洞窟に肉を置くと三枚の毛皮を手にした。健太と浩二を連れて岩場に行くと潮溜まりは干上がっていた。
「砂が混じってもかまわん、どんどん塩を取れ」

 一時間ほど経っただろうか、冷たい風に三人は顔を上げた。黒い雲が頭上に差し掛かろうとしている。治は西の空を見た。地平線は明るい。ずっしりと重くなった皮を抱えて歩き出すと、じきに雨が降り始めた。冷たい雨が火照った身体に心地よい。
干し肉が雨に打たれている。それを見て無駄にしたと思ったのは肉ではなく、掛けた時間だった。健太と浩二が蔦を引っ張って木の枝から外すと、通り道から離れた場所に投げ捨てた。
洞窟に戻った頃には豪雨になっていた。男たちが外に出て雨を楽しんでいる。身体を流れる雨を両手で受けて飲んでいる。ずぶ濡れのナポレオンが言った。
「黒い雲、来た。冷たい、気持ち良い。ナポレオン、良かった」
「これは雨雲だ。黒い雲が来たら雨ではなく雪が降る」
「ユキ?それ何だ?」
「草原も山も白くなる。そして寒い」

 洞窟に入るとプラトンが寄って来た。皮袋を手にしている。
「プラトン、塩持ってきた」
「偉いぞプラトン。俺達も塩を取ってきた」
「治の塩、大きい。だけど砂ある。悪い塩。プラトンの塩、小さい。だけど良い塩」
「あはは、そうかな?プラトン、ちょっと待ってろ」
 治は皮の端を四人に持たせると、重さでたるんだ皮の下を軽く叩きだした。重い砂は沈み表面に塩だけが残った。
「どうだプラトン」
「すごい。治の塩、良い塩になった。治、賢い」
「哲学者に褒められるとは、たいしたものね」。花音が笑った。

治は禁断の火を試すことにした。この豪雨は良い機会だ。洞窟の入り口で、治は弓の弦を緩めて棒に巻きつけた。弓を前後に動かせば棒は激しく回転する。火は枯れ草と小枝に燃え移る。それはすぐに燃え尽きるが、水気を含んだ牛の脂肪なら適度に燃えるだろう。花音が濡らした皮を持って万一に備える。
 治は弓を動かした。木の台と棒から煙が立ち始める。小さな火の粉が弾けては消え火が付かない。花音が濡らした皮を健太に渡した。一度雨に当たってずぶ濡れになった花音が身体を低くする。
治がもう1度やり始めた。火の粉が飛び出すと花音が息を吹きかける、と枯れ草に火が付いた。小枝に燃え移りパチパチと燃え出した。脂肪はジュウジュウと煙を出すだけだ。
「あら、地球と同じじゃないの。これなら焚き火が出来る。冬が越せるわ」

 雨は降り続ける。暑さは止んだが、肉の腐敗は徐々に進んでいく。花音は肉を焚き火の煙で燻すことを思いついた。洞窟を出る男たちの背に花音が声を掛ける。
「皮のなめしはここでやるから、内蔵を捨てたら皮付きで持ってきて」
 プラトンが振り返ると手を挙げた。花音はさらに指示を出す。
「あんた達は倒れた木をここまで運ぶのよ。子供たちは枝を集めて。女は荷物を片付けて、皮をなめす場所を開けるのよ」

 雨は三日間降り続いた。牛が次々に運び込まれる。数人の男達は木を伐採し始めた。洞窟の奥には干し肉、塩漬け肉、燻した肉、なめした皮が積み重なった。薪の山が幾つもできる。だが、冬は何ヶ月続くのか判らない。治と花音は仲間を励まし、作業を続ける。
夜になると治は考えた。疲れやすいのは暑さだけでなく、酸素濃度が下がったからだ。酸素濃度の低下、津波、潮の満ち引きが消えた事、これ等が隕石落下とどう結びつくのだろう?


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